「これで寒くないよね?」
「はい。大丈夫です」

 夜明け前の外は想像以上に寒く、コートを着ていない僕に彼女がマフラーを巻いてくれた。
 舗装されていない道を足元に注意ながら下るが、それよりも首に巻いている白いマフラーが気になって仕方がなかった。

 甘くていい匂いのするマフラーが歩くたびに揺れて、まるで首に腕を回されているようで落ち着かない。

「どうしたの? マフラーは苦手?」
「いえ、そうじゃないです」
「もしかしてコートの方が良かった?」
「大丈夫です。全然。これで十分ですから」

 コートを着た時を想像して必死になる。彼女の匂いのするコートを着たら抱き着かれているような気持になりもっと落ち着かない。

「それより、これから何をしようっていうんですか?」
「結論を急がないの。いずれわかるから。それより、あっさりついてきたね。そんなんだと誘拐されちゃうよ」

 彼女は相変わらず僕の事を子ども扱いする。高校生にしては小柄な方だが小学生に見えるわけではあるまい。

「僕はあなたに逆らえる立場にないですよ」
「なんで?」
「なんでって……不法侵入してますし」
「あー、そのこと。それなら心配しないで良いよ。アトリエにやってくる人間を拒むなんてことしたら、芸術の神様に叱られちゃうから。これからも好きに使って」
「ありがとう……ございます」

 この人のこういうところがこの町の人間にはない。隙があるというか、器がひろいというか。思わず頼りたくなってしまう。

「そんな事よりも、君は何が好物?」
「何ですか? 急に」
「いや世間話でもどうかなと。無言で歩いててもつまんないじゃん」
「そうですか……ハンバーグです」
「意外と可愛いところあるね」

 また子供扱いされてしまう。
 正直に話した自分が馬鹿みたいだが、この人の前だと嘘をつけなくなる。
 
 その後も僕たちは町をふらふらと歩き続けた。いい加減、何の目的があってこんなことをしているのだろうと不安になってくる。東の空が白みを帯びてきており、夜明けが近い事がわかる。

「もしかして、道に迷ってます?」
「うん。ちょっと」

 道に迷うのにちょっとも何もない。

「何処に行きたいんですか?」
「大丈夫。もうわかったから」

 立入禁止と書かれたフェンスは人が入れるほどの隙間が空いて意味をなしていない。先にはアトリエへ向かう道と同じような舗装されていない道が続いている。さらにその先にあるのは忌々しく僕らを見下ろす回らない風車。
ずっと避けて通ってきた場所。まさかこの先に行こうというのだろうか。

「ほら。行くよ」

 足に根っこが生えたようになる僕に彼女は手招きする。

「風車に何の用があるんですか?」

 絶対に行きたくない。そんな意志を込めて放った言葉も彼女には全く効果がない。

「やる事なんて一つだよ」

 僕の手を取り引っ張ると、簡単な事とでも言うように彼女は清々しく宣言した。
「君の絵を現実にするんだ」

 魔法の様な言葉に力を抜き取られた僕は抵抗することなくフェンスの向こう側に連れていかれた。