大河は疲れという言葉を知らないのか、文句ひとつ言わずにせっせと働いた。どんな荷物も難なく運んでくる。そんな中、キサさんは相手にされなくて拗ねてしまったのか、いつの間にか姿を消していた。
 
 荷下ろしは早かったが、仕分けの方は経験がものをいうので、仕事の終わる時間は僕がやっているのとたいして変わらなかった。それでも慣れてしまえば、僕よりも倍近い速さで終わらせてしまうだろう。早く怪我を直さないと本当に仕事を取られてしまう。

 これから町を破壊しようというのに、そんな心配をしている自分がおかしかった。

「お疲れさま」

 裏手の自販機で二人分のミネラルウォーターを買って片方を手渡す。

「ちょうど水分が欲しいところだった」

 大河はそれを受け取ると近くのベンチに座って豪快に飲み干した。

「今日は助かったよ」
「今日だけじゃなく明日も働くぞ。ご指導よろしくお願いします。先輩」
「だから、その先輩ってやめてよ。気持ち悪い。ところで大河はどうしてこの仕事引き受けたの?」
「朱鳥なら怪我していようが平気な顔して働きそうだなって思ってさ。そう思ったら勝手に身体が動いてた」

 考えるよりも身体を動かす。大河らしい。それよりも僕の思考を読まれていることに驚く。

「それに働いてる時間があったら描いてほしいからな」

 後付けのように付け加えたがこれが本来伝えたいことなのだろう。

「大河もか。わかってたけどしつこいね」
「毎日説得するって言っただろ」

 いっそのこと破壊する絵を提出してしまおうか。そうすれば皆も納得するはずだ。

 あんなに頑なに描きたくなかった気持ちが揺らいでいる。

 実際に町が破壊されている絵を提出すれば、推薦してくれた唯織や大河の立場だって危うくなる。そんなことは決してしたくない。

「朱鳥は高校卒業したらどうする気だ?」

 唐突な質問に困惑する。実際どうする気なのだろう。昨日はここに就職するなんてことを言ったが、計画が成功すればこの店だって吹き飛ぶのだろう。十分に良くしてもらっている裕司さんを困らせるのは忍びないが、ここだけ残しても意味はない。やるなら徹底的にやらなくては。

「まだ決めてない。大河は?」

 結局、無難な答えにまとまった。今の僕に将来の事を話す余裕はない。今の事すらちゃんと出来ていないのに。

「ここを出て薬学系の大学に行って最終的には家を継ぐ予定」

 具体的な答えに驚く。

「過疎化の進んだ町に戻るよりも、都会の薬局に努めた方がよくないか?」
「そうだよな。親もそう言ってる。だけど俺はこの町が好きなんだよ。具体的な所は言葉に出来ないけど、心の底がそう言ってる」
「大河らしいね」

 僕とは対照的な思いに果てしない距離を感じる。僕がこの町を吹き飛ばそうとしていると言ったら大河はどんな顔をして怒るのだろうか。

「だけど親のいう事もわかるよ。今の町は昔みたいな活気はないし、外からの人には冷たく当たる。それに殆どの人が変わることを諦めてる」

 大河は嘲笑して遠くを見る。そして心の底に溜まった澱を吐き出すように呟いた。

「いっそ町が無かったら帰ろうとは思わないんだろうけどな」

 いつも明るく振る舞う大河だからこそ、その一言には受け取った側が沈み込んでしまうような重みがあった。影を落とした表情は冗談を言っている様子には見えない。

「それはきっと僕の父親の所為だ」
「違うな。あれは皆の所為だ。俺の親父も、館山の親父も、唯織の親父だって、風車の完成が直前になって怖気づいたんだ。それに丁度、朱鳥の事でマスコミが押し寄せて来た時期で混乱してたからな。こんな状態で外からの人たちに対応できるのか、ここまでして活気が戻らなかったら、こんなことは長く続かない。今でも俺の親父はことある事に愚痴ってるよ。皆で朱鳥の親父さんを嵌めたのは間違いだったってさ。だったら謝れば良いのにそれすらできない。意気地なしだよ」

 空になったペットボトルが乾いた音を立てて潰れる。

 大河がそんな強い思いを抱いていたとは考えもしなかった。大河だってあの時は当事者ではなく何も知らない子供だったので、今話したことは後から調べたのだろう。それだけこの町に想い入れがあるという事だ。

「この町の皆は朱鳥に何をされても文句ひとつ言えないと思うぞ」

 思い返せば大河とこんな風な話をした覚えはない。僕の方が自分の殻に閉じこもって聞こうとしなかった。

「だから俺は朱鳥がどんな絵を描いても文句は言わない」
「もしかして、僕がどんな絵を描いているのか知ってるの?」
「さあ、どうだろうな」

 知っているような口ぶりだが驚くことではない。唯織と仲良くしているのだからそれくらい知っていると考えるのが普通だった。僕が勝手にばれていないと思っていただけ。

 もしかしたら、僕の絵をコンクールに送ることを提案したのは大河なのかもしれない。

「それじゃ、俺は走って帰るから」

 まだ身体を動かしたりない大河は暗くなった夜道を颯爽と走って行った。また熊に間違われないか心配しながら、逞しくも寂しさをたたえる背中を見送る。今度、反射バンドを渡そう倉庫の隅に在庫がまだあったはず。

「話は終わったかい?」
「盗み聞きですか?」
「何も聞いていないよ。私は大人だからね」

 子供のように振る舞うキサさんは表情に痛々しさを残して微笑む。部外者であるキサさんがそんな風になる必要はない。

「今日も行きますか?」
「続けるの? あんな話を聞いても」
「それとこれとは別です。大河がどう思っていようと、僕の壊したい気持ちが無くならないわけではないので」

 非情と思われただろうか。それでもいい。ここで退いたらキサさんと過ごした時間を否定してしまう。僕にとってはその方が非情だ。

「では仰せの通りに」

 キサさんは読めない表情でリアカーを引いていく。

 リアカーは車輪を回すたびにこっくこっくと軋む音を立てている。今日も荷台には大量の荷物が積まれていた。