怪我をしている僕には出来ることは限られている。寧ろ、足手まといならないようにすることがその殆どだった。

「僕のいる価値ってなんでしょうね」

 下で梯子を支えながらぽつりと呟く。

「一人でやるより二人の方が楽しい。それで十分でしょ」

 キサさんは潜めた声で、嬉々として爆弾を仕掛けている。今日で町の三分の二は仕掛けたことになる。計画も終盤をむかえていた。

「一人の方が集中できません?」
「それはそうだけど時間を盗まれたみたいで勿体ない気持ちにならない?」

 表現が独特で上手く理解できない。
没頭している間はそのことだけを考えられる。それって楽しい事ではないのだろうか。

「ま、誰かと時間を共有したいってことだよ」
「共有して何があるんですか?」
「時というのはどの芸術よりも美しい」
「はあ……」

 巧みな言い回しに煙に巻かれて、結局何が言いたのかよくわからない。

 暗闇の空に中秋の名月が僕らを見張るようにポツンと浮かんでいる。騒音の様であった虫たちの合奏はだいぶ静まり季節の変わり目を見せていた。

 物事には全て必ず終わりがくる。計画が完了した後の事をそろそろ本気で考えなくてはならない時期に来ているのかもしれない。

 軽くなったリアカーを押しながら引いているキサさんの背中を見つめる。僕はこの背中を追いかけていたいけれど、それは今の僕に許されることじゃない。

「そうだ。朱鳥」
「何ですか?」

 名前を呼ばれることにもだいぶ慣れてきた頃、キサさんは振り向くことなく不意に何かを放り投げる。それを取りこぼしそうになりながらなんとか受け取った。

「落としたらどうするつもりですか」

 手の中にあったのは最新機種のスマートフォンだった。

「これからはそれで連絡を取ろうよ。設定はしてあるから。使い方わかる? ま、若いからすぐになれるよね。それとこれからの集合場所はアトリエにしよう。いつもの場所は色々と人目につくからね。私が連絡するからそのタイミングで来て欲しい」

 早口で言ってリアカーを引いていく。

「いや、ちょっと、こんな高価なものいただけませんよ」
「今回の件は、とても、反省している」

 口調はたどたどしくて、緊張の色が伺える。

「朱鳥との連絡手段があったら、危険にさらすこともなかったでしょ。それに私だって連絡を貰えれば事前に逃げることもできた」
「それはそうですけど、だからといってここまでしなくても」
「だから反省してるんだってば」

 僕に向けている背中は弱々しく力がない。

「それに朱鳥に何かあった時、今度は私が助けられるでしょ。その為の物でもあるんだ」
「まあ、そこまでいうなら。全てが終わったら返しますからね」
「うん。それでいい」

 新品のスマートフォンを剥き出しのままポケットにしまう。腿にあたる固い異物に落ち着かず、何度もポケットに手を入れてそれを確かめてしまった。