その後も僕はクラスメイトに囲まれて大変な一日を送った。さらには放課後に先生に呼び出されて色々と事情を聴かれた。先生は僕たちの関係を聞いてくることはしてこなかったけれど、態度にはありありと現れていて、最終的には危ないことはするなと説教をされてしまった。

 こんなこんなどたばたとした日はあの日以来で、自分の事として受け入れるには時間がかかりそうである。

 身体を動かしたわけではないのにかなり疲労感に襲われて、この後のバイトに支障をきたしそうだ。

「朱鳥、ちょっと待て」

 帰ろうと昇降口で靴に履き替えていると唯織に声をかけられる。

 最近の唯織は予餞会の準備で忙しそうにしていた。今だって僕に話しかけている余裕はないはずである。

「予餞会のことなんだけど、ちょっとトラブルが起こって、下絵を頼んでた子が急に自信がなくて描けないって言いだしちゃったの」
「え? このタイミングで?」

 予餞会の日時から逆算するとそろそろ下絵が出来ていないと完成させることができなくなる。

「投げ出すような子じゃないから信用してたのに」

 昼休みの館山の事が思い出される。あの険しい表情でプレッシャーを与えたのだろう。

 やり方がほとんど脅しだ。

「だったら代わりの人を探せば」
「それが館山の奴が。もう! 今思い出しただけでもイライラする」

 唯織は先ほどまでの事を思い出したのか、地団太を踏んで悔しさを顕わにする。

「とりあず、落ち着いて。何があったのか全然伝わってこないから」
「委員会で代わりの人の選出をしたてたんだけど、いきなり館山が乱入してきて下絵は俺が描くって言いだしたの。私は朱鳥を推薦する気だったのに」
「館山ってどんな絵を描くの?」
「これ」

 唯織は乱暴にスマホを操作して、イラストコミュニケーションサイトを僕に見せる。サイトには複数のイラストが公開されている。

 瑠璃色の海で泳ぐクジラ、小さな魚たちが集まって作り上げる竜巻のような煌びやかな渦、深海で浮遊する多数のクラゲ。

「これが館山の絵?」
「そうだよ。ちゃっかり上手いのが気に入らない」

 どれも海を題材にしているものばかりで、僕の想像よりも遙かにレベルが上だった。子供の時のままで止まっている自分とは比べ物にならない。

 反射的に右手が鉛筆を握りたそうに空を握る。

「それで皆は賛成したの?」
「とりあえず保留。でも私たちとっては渡りに船だからこのままだと決まりだと思う」

 心底気に入らないのか口を尖らせて話す。

「私は絶対館山が脅したと思うの。そう思わない?」
「確かに」

 でも何故こんなことをしたのかがわからない。館山の望みは僕に絵を描かせることのはず。自分が目立ちたいわけではないだろう。

「ねえ、朱鳥が描いてくれない?」

 縋るように唯織は僕を見つめるが、僕はその期待に応えられる自信がない。

「学校が滅茶苦茶に破壊された絵を描くかもしれないよ」
「それでも良いよ。朱鳥の絵なら。きっと周りも納得する」

 冗談で言ったのに、素直な笑顔でかえされると何も言えなくなる。

「まだ描くなんて言ってないよ」
「意気地なし。逃げるな」

 どうしてみんな僕に描かせたがるのか。

 どんなに逃げても絵を描くことから逃げ切れない。僕は絵を描かなければならない呪いにかかっている。

 言葉でいくら否定しても、気持ちが、身体が、描きたくて疼いている。