それからは淡々と事が進んでいった。
 
 状況からみて僕が捕まるかと思ったけれど、事情を把握していたらしい警察は気絶している男を容赦なく連行して、僕らは救急車で隣街の病院へ搬送された。

 キサさんの怪我は大したことなく軽い打撲で済んだ。僕の方も左腕は数針縫ったけれど、その他は打撲で済んだ。肋骨位折れていそうだったが、上手く防御出来ていたらしい。怪我をしないように身を守る方法はここ数年で身についている。これは母のおかげと言えば聞こえはいいだろうか。

 治療の後は事情を聞かれた。

 僕はありのままの事を答える。知らない男が暴力を振るっていたので対抗したと。

 過剰防衛になるのかもしれないと思ったけれど、その心配はないと言われて安心する。捕まってしまったら爆破の続きが行えない。

 これだけ大事になったらばれてしまうだろうか。少なからず、あの男は気が付いていた。他の人が気付くのも時間の問題だろう。

 僕よりも長い時間、話を聞かれていたキサさんも今日は家に帰っていいとのことであった。

 駐在のパトカー車でアトリエまで送られる。

「本当は親に連絡するのが決まりなんだけどね~」

 面倒事を嫌う駐在さんはこれ以上こちらの事情に踏み込んでこようとはしなかった。

「わがままを聞いていただいてありがとうございます」
「ちゃんとあなたが家まで送り届けてね」

 去って行くパトカーのテールランプを眺めながらキサさんは呟く。

「それで問題なかったよね」
「はい。ありがとうございます」
「それじゃ帰ろうか」
「はい」

 僕達はそれぞれ、違う方向へ足を踏み出す。

「こらこら。そっちじゃないでしょ」

 襟を掴まれて首が締まる。

「なにするんですか?」
「いやいや、なに一人で帰ろうとしているの」
「なら送ってくださいよ。駐在さんにも言われたじゃないですか」
「じゃあ君を送った後、私は一人で帰れと?」

 そこまで考えていなかった。僕の家に泊めるのは論外だし、かといって一人で帰らせるのはあんなことがあった後では気が引ける。そうなると選択肢は一つ。

「ね。泊まっていきなよ」

 先ほどまで凄惨な事件に巻き込まれていたとは思えないほど清々しい笑顔を向けられる。

「それに駐在さんは今日中に送れとは言ってないから」
「屁理屈ですね」
「頓智が働くと言ってほしいね」

 仕方ないとはいえ、キサさんとあの質素な家で二人きり。何も起こらない事はわかっていても緊張してしまう。一晩を共にするということは、一緒にご飯を食べる事とは全く異なる。

「スケベエだな」

 僕の思考をよんだキサさんは薄ら笑みを浮かべる。

「違いますから」

 慌てて否定すると、くつくつと喉を鳴らして笑った。

「ほら、行くよ。知りたいんでしょ。私の事」

 月が雲の切れ間から顔をだして神秘的に辺りを照らす。

渡会杞紗(わたらいきさ)のことをさ」

 これが僕が初めて彼女の事を知った瞬間であり、憧れ以外の感情を抱いていることを自覚した瞬間でもあった。