今朝は早くに目が覚めたがアトリエに行く気になれず、無為に時間が過ぎるのを待った。
窓を開けると秋の匂いは薄くなり、厳しい寒さの気配が漂っている。
折れ曲がった風車を眺めながら、頭の中でアトリエを爆破しようとするがうまくいかない。今の僕には木造のアトリエすら破壊することが出来ないでいる。
押入れの奥にしまったマフラーを取り出す。わずかに漂う甘く清らかな香りが僕の胸を締め付ける。
今頃はあのくたびれたソファーで寝ているのだろうか。
「ねえ……」
扉越しに声を掛けられて慌ててマフラーをしまう。
「何?」
扉を開けると母が不機嫌な表情で立っていた。
「最近何かあった?」
「何もないよ」
「そう……」
キサさんとのことがばれたのかと思ったけれど、特に確信があったわけではないようで目で中の様子を伺うとそのまま下へと降りて行った。
僕は逃げ出すように鞄をひったくるようにもって家を出た。
今日も爆弾が仕掛けられているとは思えないほどに平凡な時間は過ぎ、昼休みを迎えて美術室に向かう。
床や壁、机に沁み込んだ絵の具の匂いが心地よい。
美術雑誌が収められている棚の前に立つ。一年前まであった書店が閉店してからはこの棚が更新されることはなくなった。
思わず手に取るのはやはりミグラトーレが乗っている雑誌。
ミグラトーレは何者なのかという記事を読みながら僕は優越感に浸っていた。僕だけが知っているミグラトーレの正体。この記事に書いてあることは殆どが出鱈目だ。ライターの憶測と希望が随所に垣間見える。
でも、と考える。
僕の知っているミグラトーレは本当のミグラトーレなのか。
キサさんが本当の事を語ってくれない以上、僕にはその判断を下すことは出来ない。
「朱鳥いる?」
息を切らして唯織が入って来る。
「なに? 予餞会の事は説得しても無駄だよ」
「そのことなんだけさ……」
唯織は言いづらそうに視線を落とす。後ろには大河が付き添うように立っていた。
「言いにくいなら俺が言うぞ」
「大河は黙ってて」
気遣う大河の言葉を無下に断って中に入る。
「座って」
扉を閉めて適当な椅子を持ってくると座るように要求する。
僕が大人しくそこへ座ると、二人は面接官のように僕の対面に座った。
「下絵の件だけど、他の子に決まった」
唯織は苦虫を噛みしめるかのような表情で告げる。
「そう。よかったね」
「よくないよ。絶対に私は朱鳥の方がいいと思ってる」
「仕方ないよ。周りを説得しきれなかった俺たちの力不足だ」
今にも泣きだしそうな表情で悔しがる唯織を大河がフォローする。
「でもあんな根も葉もない噂流されて悔しいじゃん」
「噂?」
「朱鳥が変な奴とつるんでいるって噂が流れたんだ。直ぐにそれが嘘だってわかったんだけど、その所為で他の生徒会役員は慎重になって、先生にもそういう意見が出たんだ」
トラブルの種は積んでしまおうという考えなのだろう。それは正しい。噂の出どころは不明だけれど、その噂はあながち間違えというわけではない。
「決まった以上はその子の事ちゃんとフォローしてあげた方がいいよ。僕の事は気にしなくていいから。こもとから断るつもりだったし」
僕は二人を置いて美術室を出る。
これで心置きなくキサさんとの作業に専念できる。
他の人に決まれば吹っ切れると思っていたけれど、消化不良を起こしたように後ろめいた気持ちが残っていた。
窓を開けると秋の匂いは薄くなり、厳しい寒さの気配が漂っている。
折れ曲がった風車を眺めながら、頭の中でアトリエを爆破しようとするがうまくいかない。今の僕には木造のアトリエすら破壊することが出来ないでいる。
押入れの奥にしまったマフラーを取り出す。わずかに漂う甘く清らかな香りが僕の胸を締め付ける。
今頃はあのくたびれたソファーで寝ているのだろうか。
「ねえ……」
扉越しに声を掛けられて慌ててマフラーをしまう。
「何?」
扉を開けると母が不機嫌な表情で立っていた。
「最近何かあった?」
「何もないよ」
「そう……」
キサさんとのことがばれたのかと思ったけれど、特に確信があったわけではないようで目で中の様子を伺うとそのまま下へと降りて行った。
僕は逃げ出すように鞄をひったくるようにもって家を出た。
今日も爆弾が仕掛けられているとは思えないほどに平凡な時間は過ぎ、昼休みを迎えて美術室に向かう。
床や壁、机に沁み込んだ絵の具の匂いが心地よい。
美術雑誌が収められている棚の前に立つ。一年前まであった書店が閉店してからはこの棚が更新されることはなくなった。
思わず手に取るのはやはりミグラトーレが乗っている雑誌。
ミグラトーレは何者なのかという記事を読みながら僕は優越感に浸っていた。僕だけが知っているミグラトーレの正体。この記事に書いてあることは殆どが出鱈目だ。ライターの憶測と希望が随所に垣間見える。
でも、と考える。
僕の知っているミグラトーレは本当のミグラトーレなのか。
キサさんが本当の事を語ってくれない以上、僕にはその判断を下すことは出来ない。
「朱鳥いる?」
息を切らして唯織が入って来る。
「なに? 予餞会の事は説得しても無駄だよ」
「そのことなんだけさ……」
唯織は言いづらそうに視線を落とす。後ろには大河が付き添うように立っていた。
「言いにくいなら俺が言うぞ」
「大河は黙ってて」
気遣う大河の言葉を無下に断って中に入る。
「座って」
扉を閉めて適当な椅子を持ってくると座るように要求する。
僕が大人しくそこへ座ると、二人は面接官のように僕の対面に座った。
「下絵の件だけど、他の子に決まった」
唯織は苦虫を噛みしめるかのような表情で告げる。
「そう。よかったね」
「よくないよ。絶対に私は朱鳥の方がいいと思ってる」
「仕方ないよ。周りを説得しきれなかった俺たちの力不足だ」
今にも泣きだしそうな表情で悔しがる唯織を大河がフォローする。
「でもあんな根も葉もない噂流されて悔しいじゃん」
「噂?」
「朱鳥が変な奴とつるんでいるって噂が流れたんだ。直ぐにそれが嘘だってわかったんだけど、その所為で他の生徒会役員は慎重になって、先生にもそういう意見が出たんだ」
トラブルの種は積んでしまおうという考えなのだろう。それは正しい。噂の出どころは不明だけれど、その噂はあながち間違えというわけではない。
「決まった以上はその子の事ちゃんとフォローしてあげた方がいいよ。僕の事は気にしなくていいから。こもとから断るつもりだったし」
僕は二人を置いて美術室を出る。
これで心置きなくキサさんとの作業に専念できる。
他の人に決まれば吹っ切れると思っていたけれど、消化不良を起こしたように後ろめいた気持ちが残っていた。