翌日、つつがなくバイトは終わり倉庫を後にする。
「お疲れ様」
キサさんはいつもと変わらぬ様子で買い物袋を両手にぶら下げていた。二人で食べるには少し多いように思えるが、食材は余っても後に使用すればいい。
「自宅で待っててもらって良かったんですけど」
誰かに見られたら直ぐに良からぬ噂になる。
僕たちの目的の為には目立つことはしない方がいいのではないだろうか。
「私がいると邪魔?」
「別に……」
その聞き方はずるい。
「僕は噂にならないか心配しているんです」
「その辺は平気でしょ。いつもはリアカー引いてるし」
言われてみればそうだ。リアカーを引いた男女なんて目立つに決まっているが今のところそれらが噂になっていることはない。
「だからさ」
いたずらスイッチが入ったキサさんは僕の腕に絡みつく。甘い清らかな香りが漂い距離の近さを実感させる。
「なんだか新婚の気分になるね」
「なりませんし、こんなところ見られたら色々と面倒です」
胸が高鳴ってそれどころではない。
「良いじゃん。美人な彼女って事にすれば」
「嘘は直ぐにばれますよ」
「美人は否定しないんだ」
いたずらな笑みを浮かべて満足な表情を見せる。
「本当に美人なんだから否定する意味もないでしょ」
「うん。まあそうだね」
視線を泳がせてくすぐったい表情をする。だんだんと対処の仕方に気づいてきた。
「ところで君は変なところを気にするね。高校生が彼女の一人や二人、普通なのでは?」
「そりゃしますよ。ここは娯楽がないですから、ちょっとした変化には敏感です。それに目立ったっていい事は一つもないですから」
出る杭は打たれる。打たれるだけならまだましだ。出過ぎた杭は抜かれてしまうのがこの町の風習だ。
「ま、その気持ちはわからないわけでもない。だけど……」
ふっと風が通り過ぎるくらいの僅かな間、キサさんの表情が曇る。
「一人でいるのは不安なのさ」
「え?」
「なーんてね」
すぐにいつもの明るい表情に戻して買い物袋を振り回しながら先を歩く。
すっかり忘れていたが、キサさんはあのミグラトーレである。常に作品や動向に注目を集める、本来なら僕なんかが関わることの出来ない別世界の人間だ。常に周囲から関心を向けられることが、どれだけ精神に負担をかけているのか、僕の想像なんかでは足らない。
「キサさん」
「ん?」
子供のように首を傾けて振り向く彼女を僕は何も知らない。知っているのは出会ってからの僅かな期間だけの彼女だけ。
無邪気で、からかいたがりで、そのくせ責められると弱くて、爆弾魔で、芸術家。
ころころと変える表情の下に隠した本音を僕は知らない。
「何でもないです」
「なに? 気になる」
あなたの事がもっと知りたいです。
危うく口からこぼれてしまいそうになる言葉を飲み込む。
きっとこれを言ってしまったら僕たちの関係は少し変わってしまう。そしてその変化が致命的になってしまう。本能的に僕はそれを悟っていた。
僕の絵を現実に起こしてくれる存在。
「ハンバーグ、大きいのが一つか、小さいのが複数か、どっちが良いかなと」
「……大きいのがいいかな」
聞きたいことはそんなことではないとキサさんも悟っているけれど、追及してこようとはしてこなかった。
これでいい。僕らは近づきすぎてはいけない。
爆薬と一緒で、僕らは近づきすぎると爆発してしまう。
「お疲れ様」
キサさんはいつもと変わらぬ様子で買い物袋を両手にぶら下げていた。二人で食べるには少し多いように思えるが、食材は余っても後に使用すればいい。
「自宅で待っててもらって良かったんですけど」
誰かに見られたら直ぐに良からぬ噂になる。
僕たちの目的の為には目立つことはしない方がいいのではないだろうか。
「私がいると邪魔?」
「別に……」
その聞き方はずるい。
「僕は噂にならないか心配しているんです」
「その辺は平気でしょ。いつもはリアカー引いてるし」
言われてみればそうだ。リアカーを引いた男女なんて目立つに決まっているが今のところそれらが噂になっていることはない。
「だからさ」
いたずらスイッチが入ったキサさんは僕の腕に絡みつく。甘い清らかな香りが漂い距離の近さを実感させる。
「なんだか新婚の気分になるね」
「なりませんし、こんなところ見られたら色々と面倒です」
胸が高鳴ってそれどころではない。
「良いじゃん。美人な彼女って事にすれば」
「嘘は直ぐにばれますよ」
「美人は否定しないんだ」
いたずらな笑みを浮かべて満足な表情を見せる。
「本当に美人なんだから否定する意味もないでしょ」
「うん。まあそうだね」
視線を泳がせてくすぐったい表情をする。だんだんと対処の仕方に気づいてきた。
「ところで君は変なところを気にするね。高校生が彼女の一人や二人、普通なのでは?」
「そりゃしますよ。ここは娯楽がないですから、ちょっとした変化には敏感です。それに目立ったっていい事は一つもないですから」
出る杭は打たれる。打たれるだけならまだましだ。出過ぎた杭は抜かれてしまうのがこの町の風習だ。
「ま、その気持ちはわからないわけでもない。だけど……」
ふっと風が通り過ぎるくらいの僅かな間、キサさんの表情が曇る。
「一人でいるのは不安なのさ」
「え?」
「なーんてね」
すぐにいつもの明るい表情に戻して買い物袋を振り回しながら先を歩く。
すっかり忘れていたが、キサさんはあのミグラトーレである。常に作品や動向に注目を集める、本来なら僕なんかが関わることの出来ない別世界の人間だ。常に周囲から関心を向けられることが、どれだけ精神に負担をかけているのか、僕の想像なんかでは足らない。
「キサさん」
「ん?」
子供のように首を傾けて振り向く彼女を僕は何も知らない。知っているのは出会ってからの僅かな期間だけの彼女だけ。
無邪気で、からかいたがりで、そのくせ責められると弱くて、爆弾魔で、芸術家。
ころころと変える表情の下に隠した本音を僕は知らない。
「何でもないです」
「なに? 気になる」
あなたの事がもっと知りたいです。
危うく口からこぼれてしまいそうになる言葉を飲み込む。
きっとこれを言ってしまったら僕たちの関係は少し変わってしまう。そしてその変化が致命的になってしまう。本能的に僕はそれを悟っていた。
僕の絵を現実に起こしてくれる存在。
「ハンバーグ、大きいのが一つか、小さいのが複数か、どっちが良いかなと」
「……大きいのがいいかな」
聞きたいことはそんなことではないとキサさんも悟っているけれど、追及してこようとはしてこなかった。
これでいい。僕らは近づきすぎてはいけない。
爆薬と一緒で、僕らは近づきすぎると爆発してしまう。