放課後はいつも通りバイトをする。週四回のバイトも慣れてしまえば部活の様なものでたいしたことはない。それにバイトの後は必ずキサさんが迎えに来て待ってくれている。僕たちが爆弾を仕掛けるのは決まってバイトの後であった。
 
 重たい荷物を積んだリアカーをわざわざここまで持ってくるのは人目に付きそうだし、肉体的な苦労も絶えないだろう。
 
 それに僕は一度、母の食事の準備の為に帰らなくてはならないので二度手間なのだ。キサさんにはアトリエで待ってもらって、僕が迎えに行く。その方が効率的にいい。それを何度言ってもキサさんは散歩のついでだからと、気に留めていない。

 もしかしてアトリエに来てほしくない理由があるのだろうか。勝手に使っていたことを僕はまだ謝っていない事に気づく。今更だけどきちんと謝ろう。

 そんな事を考えながら、今日もいつも通り荷下ろしをしていると、見覚えのない荷物が目に付く。よく見ると籠台車丸まる一つ、その荷物が積まれている。

 無地の段ボールにきっちり梱包されたそれは、持ち上げるとずっしりと引っ張られるような重みがある。箱には取扱注意のラベルが張られている。

「裕司さん。すみません。これって」
「あーごめんね。これは僕の個人的な荷物だから開けなくて良いよ」

 箱を受け取った裕司さんは台車ごとに慌てて外へ運んでいく。

 店の備品とも考えたが個人的な荷物と言っていたしそれはないだろう。しかしあの重さは尋常ではない。そんなものを個人で何に使うのだろう。

 気にしても仕方がない。一緒に住んでいるのだから、個人的な荷物ならいつかわかることだろう。

 台車を運び終えた裕司さんは額の汗を拭いながら戻って来る。

「今後もああした荷物があったら教えて。僕が受け取るから」
「わかりました」

 今後も来る可能性があるのか。いったい何が入っているのか。

「そういえば、夜に不審者が出るって話だけど聞いてる?」
「不審者ですか?」

 内心気が気でないけれど、それを表に出さないようにする。

「一昨日の夜にフードを目深に被った男が何かぶつぶつと呟いて女性に近づいてくる事件が起こったんだよ」

 自分たちでなくて良かったと安堵する一方で、不審者と活動時間が重なっている事が気にかかる。出会う運命は避けて通りたい。

「心当たりでもあるのか?」
「ないです。その話もう少し詳しく聞いて良いですか?」

 少し不審に思われただろうかと危惧したが、裕司さんは探りを入れる表所を見せることなく続ける。

「事の発端は一週間くらい前かな。長浜さんの奥さんが、男に人を探しているって尋ねられてね。特徴を聞くと気味が悪い程に詳しく答えたらしいんだ。身長や体重の具体的な数字、髪長さ、瞳の大きさ、性格、癖、さらには匂いに至るまで」

 まるでストーカーだ。だが、この町には無縁のように思える。

「その男が不審者ですか?」
「そう。長浜さんが他の人たちにその男には近寄らないようにと伝えたそうだけど、それが仇になって夜に現れるようになったらしい」

 町の外から来た人間を簡単に受け入れないこの町の風習が、防犯の役に立つどころか不審者を生んでしまった。本当に碌なことがない。

「駐在さんには伝えたんですか?」
「知っているよ。だけど、実害があるわけじゃないし、あの人は面倒事を嫌うからね」

 今の駐在は殆ど仕事をしない事で有名だ。先日の風車の爆破や原付バイクの爆破も大事にならないのはそれが影響している。

「外見的な特徴とかは」
「たしか、度が強い眼鏡を掛けて右の頬に大きなほくろがあるって言っていたよ」
「ありがとうございます」
「帰りとか気を付けるようにね。本当は朱鳥くんを送っていきたいけれど、それをするとね」

 裕司さんは全てを言わず、苦笑いを浮かべる。その先の言葉はわかっている。母が良い顔をしないのだ。こんな事には慣れてしまったので今更傷つきはしない。

「大丈夫ですよ。不審者も高校生の男を襲おうなんてしないでしょうし」
「そうかもしれないが、油断は禁物だよ」

 小さい子供に言い聞かせるようにして裕司さんは店内に戻っていく。

 母に気に入られたいからとか、僅かな邪推すら入り込む隙が無いくらいに裕司さんは僕の事を本気で心配してくれている。それが僕にとっては少し重荷に感じてしまう。いっそのこと僕なんてどっかに放り出して捨ててしまって良いのに。

 不良先輩の後は不審者か。この町は何も変わらず退屈そうに見えて、危険な匂いだけは充満している。仕掛けられている爆弾もその一つだ。


 バイト後、影で隠れているキサさんと合流する。

 僕が指示される通りリアカーで爆弾を運び、キサさんはそこで爆弾を仕掛ける。その間、僕は見張りに徹する。話し合って決めたわけではないけれど自然とそういう形になっていた。実際にどんな風に爆弾が仕掛けられているのか僕は知らない。

 日が経つにつれて、慣れてきたのかスムーズに作業は進む。その反面、キサさんが荷物に紛れて荷台に乗っている時間は増えた。狭い町と言っても歩き続けるのには体力が必要だ。僕は日々の移動が徒歩なので一般の人よりかは足腰が鍛えられている。大河に比べればたいしたことないレベルだけれど。

「飲みますか? 水ですけど」
「ありがとう。だけど、大丈夫だよ」

 大丈夫。キサさんは直ぐにその言葉を使う。実際、大丈夫でなかったことはないから本当に大丈夫なのだろうが、頼られていないように感じて心に隙間風が吹くような気持になる。

 今日最後の家。普段通り、僕は警戒を怠らない。

 そこで飼われている柴犬と睨みあいをしている。目を逸らしたら吠えられるからだ。キサさんが戻ってくるまで、一瞬も気が抜ける状況ではなかった。
愛玩用だけでなく防犯としての役割も期待されているはずの柴犬は僕にはきっちりと仕事をこなす一方、キサさんの侵入は容易に許し、さらには頬の肉をもしゃもしゃとされて尻尾を千切れるくらいに振っていた。

 きっと昼間に手懐けたのだろう。ここの犬は僕以外の人になら誰にでも懐く。

「大人しくて良い子だね。ばいばい。また来るから」

 柴犬は気持ちよさそうに頬をもしゃもしゃされている。僕を見るその視線は勝ち誇って見えた。

 別に僕は頬をもしゃもしゃされたいわけじゃない。

「今日は終了。おうちに帰ろうか」

 キサさんは少し疲れた顔で笑う。ちゃんとご飯を食べていないのだろうか。荷台に乗った彼女は糸が切れた操り人形のように力なく座り込む。

「どうした? ほれほれ。運転手さん早く出してください」
「はい」

 何を聞いてもきっと大丈夫と言われてしまう。

 引いているリアカーには荷物を載せているような重みを感じられない。

「明日は休みますか?」

 思わず聞いてしまう。帰ってくる言葉なんてわかりきっているのに。

「大丈夫。明日もどんどん仕掛けるよ」

 答えは予想通り『大丈夫』であり、決意表明をするように宣言する。しかし、その声には出会った時のような張りはなく疲れが混ざっている。

「ちゃんと寝ていますか?」
「寝てるよ」
「どれくらい?」
「三時間くらい。私にはこれくらいで十分なんだよ」

 言い訳のように言葉を付け加える。どんなにショートスリパーの人間であっても、それは十分に寝ているとは言えない。

「ちゃんと食べていますか?」
「食べてるよ……」
「何を?」

 続かない言葉を促すように聞き返す。

「……シリアルバー」
「ちゃんと食べてないじゃないですか」
「もう、うるさい。君は私のお母さんか」
「僕はキサさんの協力者ですよ」

 後頭部をチョップして抗議するキサさんに冷静に答えを返す。街灯の下で足を止めて振り返ると、明りに照らされた顔をしっかりと見るために顔を寄せる。

「え? なに?」
「やっぱり。無理してますよね」

 少しやつれて唇も僅かにひび割れている。ちゃんと栄養を摂取していない証拠だ。目も充血していて、さらに頬が少し赤い。

「ちょっと失礼します」
「ええっ!」

 額に手を当てて熱を測る。幸いな事に熱はなさそうだ。それなのに先ほどよりも顔が赤くなっている。

「キサさん?」

 うるうると湿った瞳は僕を捉えて離さない。はにかんだように唇をゆがめ、茹でられたように真っ赤になったところで、その変化の原因に気づいてしまう。

「もしかして」
「ない! 全くない!」

 僕の手を弾くと慌てふためいてこっちに背を向けてしまったが、耳まで真っ赤になっているので誤魔化しきれていない。こんな風になるキサさんは新鮮だった。

 いつもの仕返しをもっとしたかったが、へそを曲げられて倍返しされても面倒なので仕方なくリアカーを引くことを再開する。

 虫の声と蛙の声が合唱する田園地帯を歩く。周りのやかましさが沈黙をいい具合に埋めてくれる。

「疲れているのは君の言う通りだよ」

 暫くして気分の落ち着いたキサさんは、ぽつりと負けを認めるように呟く。

「やっぱり明日は休みましょう。それに不審者が出てるって話ですし。体力が万全じゃない時に出くわすのはまずいです」
「不審者……か」

 リアカーからキサさんの緊張が伝わって来る。

「男らしいです」
「ほかに情報は?」

 僕は裕司さんから聞いたことをそのまま話す。

「そう……気を付けるよ」

 明らかに何か知っているような態度は気になるが、キサさんは自分については何も話さないので追及する気にはなれなかった。聞いたところでまた大丈夫とはぐらかされてしまう。

「では明日はごはんを作りますよ」

 自分で話を逸らす。あのままだと会話の糸を暗い空気に持っていかれて迷子になりそうだった。

「ホント! 助かるよ」

 それにキサさんはオーバーなリアクションで乗っかる。

「リクエストはありますか?」
「ハンバーグが良いかな」
「子供っぽいですね」
「君の好みに合わせただけだよ。ちゃんとした食べ物は久しぶりだな」

 拗ねたように唇を尖らせる態度はいつものキサさんだった。背後ではしゃぐ音がしてリアカーが揺れる。ハンバーグでここまで喜ぶなんて本当に子供みたいだ。

「いま子供だなって思ったでしょ」
「思ってませんよ」

 虫と蛙の声が彩る夜にこの人の喜ぶ声は一層綺麗に聞こえる。荷台の軽さを感じながら少しは役に立てているだろうか思案する。

「フライドポテトとかあると最高だね。でもジャーマンポテトも捨てがたい」

 尚も続くリクエストを聴きながら遠くで犬の吠える声が聞こえたような気がした。