「はい、ではまた」
 松岡さんは、ひきつっている顔を笑顔にし
ながら返事をした。
 ドアの閉まる音が耳の中で繰り返し、リピ
ート再生されるかのように林総理大臣がいた
という現実が古本屋『松岡』に突き刺さった
気がした。古本屋『松岡』だけではなく、松
岡さんにも。
 彼の心の傷がようやく分かった。
 理解しても何もできない自分がいるけど、
彼の悲しい表情だけは見たくないと思えた。
 彼が傷つける根本的な原因は何なのかを知
りたい。
「松岡さんの父親って、林総理大臣なんです
か? 初耳ですよ、俺」
 林総理大臣と太橋さんは帰っていたので、
口を出していいと思った昇哉さんは言った。
「親父です。本当の父親ではないですけど」
「……そうだったんですか」
 空気を読んだのか、彼に何も聞かずに返事
だけをした。
 すると、コバさんの姿が見えない。
「コバさんは?」
「小林さんのこと? それなら、多分トイレ
だと思うけど、トイレにしては長いね。どう
したんだろうね」
 松岡さんは、黙っていた。
「私、見てきます」
 知りたいんです、松岡さん。
 どのような心の傷を持っているのか。
「陽琉、いい俺が行く」
「……いいや、私が行きます。そんな顔でコ
バさんに会えますか?」
 私は、はっきり彼に答えた。
 コバさんが心配なのは分かるが、今は自分
自身を心配してほしい。
 松岡さんは、げっそりした顔をしていて、
さっきの明るい表情とは違い、疲れている様
子だった。
「……明日の面接は、もうバッチリだな。分
かった。俺の代わりに行ってきてくれ」
「分かりました。行ってきます」
 私は松岡さんに返事をして居間に向かった。
 だが、トイレに行っても何処を探しても見
つからなかった。
 裏口から外に出て、コバさんを探すことに
した。
 歩いても、一向に見つからない。
 近くに小さい公園があった。そこに、ブラ
ンコがあり、ゆっくりと誰かが動かしていた。  
 誰かなとふっと見ると、変な恰好をしてい
るコバさんだった。
 駆け足でコバさんの所へ向かった。
「コバさん」
 彼は、ブランコの下にあった砂を足で子ど
ものように蹴飛ばしていた。
 私が彼の名前を呼ぶと顔を上げた。
「お前、なんでここに」
「だって、トイレ行くって昇哉さんに言って、