「モデルを目指しているんですよ」
 私がそう言うと、なるほどという顔をして
くるみさんがいる居間を直視していた。
「ゴホンゴホン。え―と、戻りますけど」
 咳払いをしている彼はくるみさんの容姿に
うつつを抜かして正気を失っていた。だが自
力で現実に戻ってきた彼は、原稿用紙に目を
通して私に言った。
「はっきり言いますけど、これではダメです。
松岡さんの見込み違いだったのかもしれませ
ん」
「な、何でですか?」
「さっきも言ったけど、バス運転手の心情は
伝わってくる。でも、もっと辛いっていう気
持ちがほしいんだよ。辛いのは分かるけど、
何が辛いのか具体的な感情が足りないんだよ」
 あー、やっぱり。私が書くといつもこうだ。
 辛さが伝わらない。
「……」
「そういうことだから。俺があなたに教える
ことは何もない。あの松岡さんだから期待し
たんだけどね。俺は帰らせてもらうよ」
 田中さんは立ち上がろうとしたので、私は
彼が立ち上がる前にすかさず聞いた。
「では、私の小説はなかったことになります
か? 私の書いた原稿用紙だけは持っていっ
てもらいますか」
 私の必死な表情が彼に伝わったのだろう。
「……分かりました。原稿用紙だけは持って
いきます。では」
「……また機会がありましたら、書いてきま
すから。その時はよろしくお願いします!」
 田中さんは、苦笑いで私に微笑んだ。
 そして、彼はれんかちゃんに声をかけた。
「れんか、行くよ」
「もういいの?」
「ああ、終わったから」
 れんかちゃんは、私の目を逸らさずに見て
きた。
「分かった」
 その眼は、私を見透かしているような目を
していた。
「今日は、ありがとうございます」
 私は田中さんに礼をした。
 彼は私なんかに律儀に礼をしてくれた。  
 彼はれんかちゃんの耳元で何かを言ってい
た。田中さんに言われたのかお姉ちゃん、バ
イバイとれんかちゃんは言って、彼に手を握
られて親子で微笑みながら帰っていた。
 私は外まで行き、自電車に乗っている親子
の背中を見送り、古本屋『松岡』に戻った。
「はあ」
 私はひとりため息をついた。
「ダメだったか」
 居間に行って以降、出てこないと思ったら、
彼女はお菓子を食べていたのか。
 くるみさんはポリポリとビスケットを口に