う。見て叶えるように努力するのが夢だろ?
お前、前はそんなこと言わなかっただろ?
どうした?」
「……ひよっちみたいに、簡単に夢を見られ
なくなったんだよ。生まれも育ちもいい人に
は分からないよ」
右手に拳を握りしめて、コバさんは下に俯
いていた。
松岡さんは、黒目だけ左側を見て悲しい顔
をしていた。
その目は、私が知っている目ではなく、哀
れでもう思い出したくない目をしていた。
「あ、あの……」
この状況を見て、私は何かを発しなければ
ならないと思ったその時であった。
「……だからなんだよ! お前、夢は他人の
せいにしちゃダメじゃないか。俺は、俺自身
で生きてる。だから、生まれも育ちも関係な
いと思うが」
何かをしなければならないと思っていたら
苦しそうに松岡さんらしくない言葉がコバさ
んに向けられた。
「……ゴメン。でも、夢は見るもんじゃない
と思う。俺はもう分からねぇんだよ。夢を諦
めてもう会社員でもなろうとか思うだよ」
私は松岡さんの隣にいて、様子を窺ってい
た。
深く深呼吸をして松岡さんはコバさんに話
しかけた。
「……コバ。金銭面は、俺がなんとかするか
ら大丈夫だぞ。そこを気にしてるのか? そ
れか、なんかあっちであったのか?」
コバさんは、ハッと顔を上げて松岡さんを
見た。
「……いや別にない。そんなことより、バイ
ト代のお金はどっから出てくるんだ? お金
はもしかして……あの人から貰ってんのか?」
「お前が気にすることじゃない。だから、金
銭面は俺が払うから大丈夫だ。会社員になん
てならなくても大丈夫だぞ!」
まだ右手で拳を握りしめてコバさんは下を
俯いていた。
「そういう問題じゃない。ひよっちには、世
話にかけぱっなしだし。大人として、問題だ
からだよ。もう一つのバイトは見つかったけ
ど。俺は、夢はもう夢を見るのは御免だ。俺
はもうわかんねぇよ!」
彼はそう言ってズボンのポケットに手を入
れて出ていた。
「あいつなに考えてんの。わかんねぇ―帰っ
て来てそうそう」
両手に頭を抱えて彼はしゃがみ込んだ。
「コバさんは元々ああいう性格なんですか」
「いや、もっと。明るかった。中学生は、秘
密基地作ったりして、屋根に登ったりして。
飛行機を作れるかっていう無謀なことをして
たよ」
なんて、無茶なことを。
男の人ってなんでそんなことするのかな?
まあ、子どもの頃はそんなもんか。いや、
でも仲良い男子でもそんな遊びしてたっけ?
私が知らないだけか。
「それで、今は?」
ヨイショと立ち上がり彼は、一瞬私を見て
言った。
「……分からない。一年会ってなかったから
な。心境も変わるかもな。でもあいつが戻っ
て来れるように、ここの従業員として、籍は
おいてたんだ」
「……コバさんはその一年何をしてたんです
か?」
「カメラの修行。カナダだっけな。一人でカ
メラの腕極めるって言って。それきり、帰っ
て来なかった」
少し寂しそうな表情を浮かべて、強く瞼を
閉じていた。
「……そうだったんですか」
瞼を開くと松岡さんは口を開いた。
「あ、悪い。仕事中だったよな。続けてくれ」
「……コバさんは、諦めてはないと思います」
私、何言ってんだ。
そんなこと思ってないくせに。
「……本当かな?」
私は、はいと答えた。
嬉しそうに松岡さんは微笑んでいた。
「そうだな、うん。心配することないよな。
ありがとうな、陽琉」
そう言って腕を組みながら頷き、いつもは
揃えていない靴を珍しく綺麗に揃えて奥の部
屋に戻っていた。
その後ろ姿を見送って仕事に戻った。
数時間後
松岡さんと私しかいない古本屋に一本の電
話が鳴った。
プルプル プルプル
それに気づいた松岡さんは、段差がない所
でこけそうになりながらも慌てて靴を履いて
会計場所の隣にあった電話機に出た。
ガシャ
「はい、古本屋『松岡』です。あ、先日はお
世話になりました。あ、いえどうも。はい、
あの件について。あ、え? 本当ですか。は
い、ありがとうございます。はい、ではお伝
えしておきます。失礼します」
ガチャと電話を切った。
彼は、満面な笑みで私に言ってきた。
「陽―琉。ちょっと来て」
彼は人差し指でちょいちょいとこっちへ来
てアピールをしてきた。
私は、古本の整理をしていたので、駆け足
で彼の所へ行き話しかけた。
「なんですか?」
「陽琉、よく聞いて。明後日までに陽琉が書
きたい小説を書いてきて」
「はい? なんで明後日まで小説書かないと
いけないんですか?」
松岡さんは、よく聞いてくれましたという
顔をして私に言った。
「俺のつてで、出版社がいてな。それで、陽
琉について頼んでみたんだ。そしたら、そう
いうことでしたら、明後日伺いますので小説
を少しでもいいので書き終えてくださいって」
「え、私の小説読んでもらえるんですか?」
「ああ。だから、これがチャンスだ。陽琉の
客が来るようにこちらで考えてる。小説家は
文才があるかないかだ。まずは、一人だけの
お客様を設けた。明後日、来るのがその人だ。
小説家になるためのコツなどいろんなことを
教えてくれるだろう。どうだ? やってみな
いか?」
まだ小説家になりたいのかどうかさえ分か
らないのに、夢の実現の第一歩。
私には小説家として仕事をしていく上で、
才能があるのだろうか。
自信がないし、才能がないのではないかと
思えた。でも、挑戦してみたい。
「私に才能があるかどうか分かりませんが、
やってみたいです」
「よし、決まった。じゃあ、明後日までに小
説書いてきてね! よし、やった―、楽しみ
だな。あ、待って。俺、その日居ないんだ。
はあ―、陽琉頑張ってね。はあ―もう。陽琉
の晴れ舞台が見れないとは悔しい!」
ため息をついて彼は落胆していた。
「いや、そこまで落ち込まなくても……大丈
夫ですから」
落ち込むことないだろう。
私の問題なのに。
「……まあ、陽琉。明後日、頑張れ! あの
人は、陽琉と合うと思うしな。明後日か」
松岡さんはそう呟いて、壁に貼られてある
カレンダーを見て、何かを考えているようだ
った。
返事をしたはいいが、本当に叶えたい夢は
叶えられるのか疑っていて、信じていなかっ
た。
一昨日、松岡さんは小説家になりたいとい
う私の夢を叶えてくれるお客様が来て下さる
という。
来て下さるが、途中でもいいから小説は書
いてくるようにと宿題を出された。
私にとって小説は、なくてはならない存在。
趣味以上になっている。
いわば、自分の鏡だ。
だからといって、書くのがうまいとは限ら
ない。
小説を書くのが好きだが、私の小説でお金
になるのかと疑問に思う。
自分に疑いつつも書いてみたが、これでい
いのだろうか。
タイトルは、バス運転手。内容は、バス運
転手の物語。
内容を説明すると、新人のバス運転手が困
難と立ち向かいながらも市民のためにバスを
運転しようと奮闘する物語である。
なぜこの物語にしたかというと、父親がバ
スの運転手だからだ。
父親には私が小説を書くという旨を伝えて、
バス運転手の話をしてくれた。
その話を面白おかしく、たまに真面目とい
う感じで小説にした。枚数は、三枚。
新人バス運転手の奮闘を途中まで描いた場
面だ。枚数は少ないと思うが中身も本物らし
い内容になっている。
我ながら、出来はよいかと思われる。
お客様が来るのを椅子に座り待っていた。
座りながら原稿を片手に持ち、うんうんと
頷いていた。
私以外に古本屋『松岡』にいなかった。
松岡さんは、出かけるというのでいない。
くるみさんは、後から来ると彼から言われ
ている。
コバさんは、あれ以来姿を見せていない。
松岡さんは、何も言ってこないから彼は顔
を見せていないみたいだ。
古本屋『松岡』は、ピヨもいないせいか穏
やかに時間が流れていた。
テーブルに頬杖をつけて、原稿をしばらく
見ていた。
ボーッと原稿を見つめていたら、外からダ
ーンと物音がした。何事だと私は椅子から立
ち上がり外に出た。
「あちゃ、やってしまった」
「大丈夫ですか?」
その人は、男性であった。
「はぁ、はい」
さっきの音は、路地に自電車を止めようと
したら、手を離してしまって自電車が横たわ
ってしまったようだ。
怪我をしていない様子からそのように思わ
れる。
ダボダボなスーツ姿で暑いのか裾を肘下ま
でに捲り上げていた。
眉間なシワや口に髭がモシャモシャとはえ
ていた。
この人、もしかして出版社の方?
いや、普通のお客様が間違って来たという
こともあり得る。
私は身体を身構えた。
やはり、その人は近くでみても出版社の方
には見えない。
男性は、横たわっている自電車を元に戻し
て壊れていないかを確認していた。
「自電車、無事みたいなんで……大丈夫です」
風邪なのかガラガラな声で男性は発した。
「……無事でよかったです」
私は自分のことのように安心して男性に言
いかけたら
「ねぇ、パパ。まだ?」
うん? その男性の声の低さとは裏腹に、
声が高かった。
「ごめんな、ちょっと待ってな。今からパパ
仕事だから」
声が高いと思ったら、その人の後ろに隠れ
ていたのは、女の子。
パパということはその人の娘―!
な、何故ここに。
「あ、すいません。わたくしは、こういう者
です」
男性は、私に名刺を渡してきた。私はその
名刺を見た。すると、株式会社BOY。
ここの会社って、あの有名なあの出版社だ
よね。
やはりこの男性は出版社の方だった。
この会社を見て、私が驚くのも無理もない。
今期新しくできた会社である。新しく出る
度、本の内容が今まで見てきた価値観とは違
い、若者中心に話題沸騰なのだ。
一番人気なのが『若者』である。
単語としては、至って普通。
だが、その内容が衝撃的だ。
著者は若者の気持ちが分かっているのかと
いうくらいに書かれていた。
私はコンビニで立ち読みしたくらいだが、
パラパラと開いたところ、心を揺さぶるよう
な言葉が書かれていた。
あなたは、目に見えていない世界をきちん
と見ていますか? 見ていたら、それはあな
たの世界のひとつです。
コンビニに行く前は、ある会社の面接をし
ていた。面接が全然ダメだったため、それを
見た瞬間、私は涙が零れ落ちそうになった。
ダメダメな面接は、最後の質問で起きた。
面接官が私に聞いてきたのは、特技はあり
ませんかという単純な質問であった。
私は特技なんてなかったから。とっさに思
い出したことを言った。
早口言葉。
昔から得意だったと思っていたので、特技
として言ってみた。
だが片言で全然早口になっていなかった。
面接官一同。
真顔で私を見て、とても良かったです。で
は次の方どうぞと言い、私の面接は終わった。
とても良かったです。
ただのビジネスの褒め言葉に過ぎない。
その事もあり、あの言葉に目を奪われた。
だから、あの会社がきたのは偶然なのか?
まさか、そうなるように人生はなっている
のか? とさえ思ったのだ。
松岡さんのつてだと言っていたけど、彼と
会ってから私が会ったことない人ばかりに会
っている。 考えて見たら、凄いことなのだ。
そう考えていたら、男性が話しかけてきた。
「……大丈夫ですか?」
「あ、はい」
「何回呼んでも返事なかったので」
男性は、心配そうに私を見つめて右手で頭
を掻いていた。
女の子は寂しいのか男性に話しかけていた。
男性は、女の子の身長に合わせるかのよう
に屈みこんで話をしていた。
ねぇ、この人誰?と。
男性は、れんかは知らなくてもいいのと答
えていた。
女の子は、れんかという名前らしい。
男性はれんかちゃんとの話を終えて私を見
てきた。
「……すいません。ちょっと昔を思い出して
いて」
「……そうですか。では……」
「はい」
私は男性の言葉を打ち消すように返事をし
て、ドアを開けテーブルまで案内した。
男性の言いたいことは、忙しい中、来てや
ったんだ、早く小説読ませろという事だろう。
男性とれんかちゃんが座ったのを見計らっ
て、私は事前に用意していたペットボトルの
お茶をコップに注いだ。
ゴボゴボとお茶を入れて、急いで男性とれ
んかちゃんの元へ運んだ。
「どうぞ」
私はそう言い、二人分のお茶をテーブルに
置いた。
「ありがとうございます」
男性は返事をして、ゴソゴソとカバンから
何かを取り出していた。
れんかちゃんは男性の隣で、さっきは文句
を言っていたが黙々とお茶を啜っていた。
私は男性に話しかけた。
「今日は、お忙しい中私のためにご足労頂き
ありがとうございます」
両膝にカバンを置いて何かを探していたの
で、私を上から見上げるように男性は言った。
「いえいえ、こちらこそ。あの松岡さんから
誘われたのですから。もちろん断るわけない
ですよ」
男性はそう言い、私から目を逸らした。私
は、男性が言った言葉が頭から離れなかった。
その言葉が離れない中、私は笑顔で答えた。
それより、本題に入らなくちゃいけない。
そう思った時
「本題に入りますね。小松陽琉さんでいいで
すよね?」
松岡さんから事前に聞いていたのだろう?
それを確認するように彼は聞いてきた。
「はい」
私はさっき程もらった名刺をまた見返した。
会社名で興奮して、男性の名前まで見る余
裕がなかった。
見ると、田中宏輝と書かれていた。
「えーと、陽琉さん。松岡さんから聞いたと
思いますが。小説書いてきましたか? 途中
までいいので」
田中さんは、テーブルにペンとたくさんの
資料が入っているファイルを出していた。
「これです」
テーブルに置かれていた私が書いた小説を
見せた。
田中さんは、上下に肩のマッサージをして
いるのか肩を回していた。
「どれどれ?」
目を輝かせて、私の小説に手を通した。
れんかちゃんはパパ嬉しそうと足をバタバ
タさせて言っていた。
私はウズウズしていた。
「……」
田中さんは、私の小説を瞬きもせずに読ん
でくれた。
「ど、どうですか?」
私は彼に戸惑いつつも聞いた。
表情も変えずに田中さんは、頬杖をつき左
手に原稿用紙を持っていた。
れんかちゃんは、つまらなそうに彼を見て
何かを訴えているように見えた。
「……内容はいいですね。でも、何かが足り
ないですね。う―ん」
彼は右手に顎を持ち、考え込んでいた。
「何がダメだったでしょうか?」
私の言葉で彼は黒目だけ私の方を見てから、
原稿用紙を文字一つひとつ丁寧に読んでいた。
「う―んと、内容は本当にいい。あまり、バ
ス運転手っていうのは小説で書いたことない
からね。その点についてはいいね。う―ん、
なんだろう。なんかが足りないんだよ」
田中さんは、どうしたらいいのねと言った
ら、ヒーローが登場するかのようにドアが開
いた。
それを見ると、くるみさんだった。
私は彼女を見ていたら目が合った。
私は首だけお辞儀をした。
くるみさんは、私を無視して田中さんの元
へ行ったのだ。
私はその行為に少し傷ついた。
「こんにちは」
くるみさんは、営業スマイルの笑顔で挨拶
をした。
「あ、こんにちは。あなたはここの店員?」
「そうです。ゆっくりしていって下さい。子
どもさんですか? かわいいですね」
原稿用紙から目を離して、田中さんはれん
かちゃんを見て口角が上がっていた。
「はい、すいませんね。ここまで子ども連れ
てきて。シングルファザ―で子どもを見る人
がいないもので。仕事場の時は子どもを見て
くれる人がいるんですけどね。外に行くと、
子どもと離れると心配なもので」
そう言い、彼はれんかちゃんの頭を撫でた。
れんかちゃんは髪が崩れると言い、コップ
を弄っていた。
「そうでしたか。ゆっくりしていって下さい」
営業スマイルをしてから、彼女は居間に消
えていた。
彼女が消えると田中さんは私に聞いてきた。
「あの方は、モデルさんとかですか?」
「モデルを目指しているんですよ」
私がそう言うと、なるほどという顔をして
くるみさんがいる居間を直視していた。
「ゴホンゴホン。え―と、戻りますけど」
咳払いをしている彼はくるみさんの容姿に
うつつを抜かして正気を失っていた。だが自
力で現実に戻ってきた彼は、原稿用紙に目を
通して私に言った。
「はっきり言いますけど、これではダメです。
松岡さんの見込み違いだったのかもしれませ
ん」
「な、何でですか?」
「さっきも言ったけど、バス運転手の心情は
伝わってくる。でも、もっと辛いっていう気
持ちがほしいんだよ。辛いのは分かるけど、
何が辛いのか具体的な感情が足りないんだよ」
あー、やっぱり。私が書くといつもこうだ。
辛さが伝わらない。
「……」
「そういうことだから。俺があなたに教える
ことは何もない。あの松岡さんだから期待し
たんだけどね。俺は帰らせてもらうよ」
田中さんは立ち上がろうとしたので、私は
彼が立ち上がる前にすかさず聞いた。
「では、私の小説はなかったことになります
か? 私の書いた原稿用紙だけは持っていっ
てもらいますか」
私の必死な表情が彼に伝わったのだろう。
「……分かりました。原稿用紙だけは持って
いきます。では」
「……また機会がありましたら、書いてきま
すから。その時はよろしくお願いします!」
田中さんは、苦笑いで私に微笑んだ。
そして、彼はれんかちゃんに声をかけた。
「れんか、行くよ」
「もういいの?」
「ああ、終わったから」
れんかちゃんは、私の目を逸らさずに見て
きた。
「分かった」
その眼は、私を見透かしているような目を
していた。
「今日は、ありがとうございます」
私は田中さんに礼をした。
彼は私なんかに律儀に礼をしてくれた。
彼はれんかちゃんの耳元で何かを言ってい
た。田中さんに言われたのかお姉ちゃん、バ
イバイとれんかちゃんは言って、彼に手を握
られて親子で微笑みながら帰っていた。
私は外まで行き、自電車に乗っている親子
の背中を見送り、古本屋『松岡』に戻った。
「はあ」
私はひとりため息をついた。
「ダメだったか」
居間に行って以降、出てこないと思ったら、
彼女はお菓子を食べていたのか。
くるみさんはポリポリとビスケットを口に
頬張り私に話しかけてきた。
「そうですね、ダメでした」
「まあ、次あるでしょ」
落ち込む私にくるみさんは、大丈夫、大丈
夫とねぎらいの言葉をかけてくれた。
「……でも、何でですかね?」
「何が?」
「あの松岡さんだから、期待したんですけど
ねってどういうことですか?」
私はくるみさんに聞いた。
小さい顔がすごい引きつった顔つきになっ
ていた。
聞かない方がいいことだったのか。
でも聞かないと分からないことだってある。
私だけ分からないのは違うのではないか。
「……あ―あれか。そんなこと言ってたの。
ふ―ん、その件については知ってた方がいい
かもね」
右手に抱えていたビスケットの袋を持ち、
ビスケットをパクっと口に入れてから、私を
見て言った。
「陽和はね。林総理大臣の息子なの」
えー! あの林総理大臣の息子!
あの人が? 私は目を泳がせた。
「無理もないわよね。陽和はその事について
は言わないからね。陽和はね、あの林総理大
臣の息子だけど、色々事情があってねえ」
くるみさんは、これ言って大丈夫かな?
と首を回してちらっと私を見た。
「教えて下さい。私だけ知らないのは嫌です」
まあ、そうよねと彼女はビスケットの袋を
近くにあったゴミ箱に捨てた。
「陽和は総理大臣の息子だけど、養子なの。
総理大臣の母親は、子どもがひとりも産まれ
なかったんだよ。それで、なんとしてでも子
どもがほしかった総理大臣は、児童養護施設
である兄弟を見つけたんだ」
「兄弟?」
「そうだよ。陽和以外に弟がいるんだ。でも
兄弟で総理大臣の家に住むことになったんだ
けど、環境の変化が激しくてね。私が知って
いるのはここまでだけど。確実に言えるのは、
ネコが原因で追い出されたって聞いたけど。
後は、私は知らない」
そう言った後、くるみさんは一瞬悲しい顔
をしていた。
「そうですか……か。今日の田中さんといい、
つてがあると松岡さん言ってましたけどあれ
は林総理大臣の息子だからですか?」
あ―そこよねと彼女はそう言って、ニコリ
と笑顔で答えた。
「……そこは後々わかるよ。総理大臣の息子
だからっていうわけじゃないと思うけど」
彼女はニヤリと意地悪な顔をしていた。
「わ、分かりました」
「まあ、分かればいい」