諦めた夢を古本屋「松岡」が叶えます

 そんなことよりも、お客様が指定のお客様
しか来ない。
 どういうお客様が来るかよく分からないが
限られている。
 モデルの関係者。
 まだそれしか知らないが、お客様は少な過
ぎるのではないか。
 アルバイト代とかは、ちゃんと出るのだろ
うか。一般の古本屋とは違うからどうなるの
か不安になった。
「あなた、聞いてる?」
 くるみさんは、私の近くにいた。
「すいません。考え事してました」
 深いため息をつき彼女は言った。
「人の話は聞いてよね。あなたにも事情があ
ると思うけど、ここは、本当に夢を叶える為
には、いいところだから。それだけは、覚え
ておいて」
 右手で長い髪を後ろにやり、彼女は視線を
下にうつしていた。
「あの、夢って本当に叶うんでしょうか?」
 私は夢という単語を何回も耳にしていたせ
いか、彼女から本心を聞いてみたくなった。
 一瞬目を瞑り、彼女は私にゆっくり柔らか
い笑顔を浮かべていた。
「夢は思い続けることが大事なの。あなたは
ずっと思い続けたことある? 私はずっとモ
デルになりたいって思ってたから。雑誌でモ
デル募集しているオーディションに受けるけ
ど落選しまくってね。私が二一歳だったかな。 
もうどうしようと思ったんだけど、偶然陽和
に会ってね。それで今に至ってるわ」
 長い時間、何も飲んでいなかったようで、
カバンからペットボトルを取り出してお茶を
飲んでいた。
 その横顔も綺麗だった。私はその横顔を無
意識に見ていた。
「何見てんのよ!」
「あ、すいません」
「だからあなたも信じてれば大丈夫よ。私は
まだまだみたいだけどね。後、陽和帰ってく
ると思うから」
 それだけ言い捨て、彼女は帰っていた。モ
デルとしてやっていける素質はあるはずなの
に。なんで、受からないんだろう。
 他人事ではないが、くるみさんには頑張っ
てほしいと心底思った。
「ただいま―」
 顔を上げると、松岡さんであった。
「あ、おかえりなさい」
「あれ? まだ帰ってなかったんだ」
「今帰る所です」
「そうか、今日は面白かっただろう?」
「はい。面白かったです。あの一つ質問して
いいですか?」
「いいよ。何?」
「この店は、私のアルバイト代も出るんです
よね? お客様もあまり来られないし」
 松岡さんは、少し微笑んで答えた。
「大丈夫だよ、心配しないで。あ、そうそう
言い忘れてたけど、この店の従業員はね。陽
琉含めて、三人だからね」
 私含めて、三人か。
 くるみさんと私、後は誰だろう?
「……帰り送っていくけど?」
 松岡さんは、私と話している間にいつの間
にか両手にピヨを抱えていた。
「いえ、大丈夫です」
「いや、ピヨの散歩しなくちゃ行けないから。
送るよ」
 私にそう言って、ピヨを連れて私達は外に
出た。
「そういえばピヨ、店にいなかったですけど。
何処に行ってたんですか?」
「本当はね、ひと時も離れたくないんだよ。
まぁこのネコのストラップ持ってるから大丈
夫だけどな」
「なんで、ネコのストラップ持ってるから大
丈夫なんですか?」
 カバンに付けていたネコのストラップを左
手で掴んで、懐かしそうに彼は眺めていた。
「俺は、ネコとずっといないとじんましん出
来ちゃうの。この前は仕事でネコ持ってたら
怒られたからね。その時は俺の友達に見ても
らってるよ。一番信頼できるからね。店にい
るとどっか行っちゃうし、ヤダから」
 ピヨを仕事場に持って行くのはどうかと思
うが、やっぱり松岡さんは、自分でピヨを守
ってやりたいんだな。
 店にいる時は、私がピヨを見守ってあげら
れるのに。まだ、私信頼されてないな。
「そうだったんですか」
「あ、今日いいことあったんだ!」
「なんですか?」
「内緒!」
 また内緒か。私には言えないことなのか。
「あの、松岡さんって夢あるんですか?」
 何故か分からないが、突然そんなことを聞
いていた。
「……くるみから聞いたのか。あるよ。ネコ
カフェを作ること」
 ネコカフェ?
 考えていることとまるで違ったので動揺し
た。
「なんで、ネコカフェなんですか?」
「決まってんじゃん。ネコたくさん飼いたい
し、ネコが幸せになってもらえるようなカフ
ェ作りたいの!」
 ネコが沢山いて、幸せなカフェを作りたい
のか。
「それが松岡さんの夢ですか。素敵ですね。
私、小説家になりたいのかまだよくわからな
いんです」
 私は小声で松岡さんに聞いた。
「大丈夫。陽琉は、小説家になれるよ。まだ、
何もしてないでしょ。俺が、サポ―トしてあ
げるから。一緒に頑張ろう!」
 小説家になりたいか分からないって言って
いるのに、松岡さんは勝手に話進めて。
「……本当に大丈夫だから、初めて話した時
から陽琉なら大丈夫って思ってるから」
 松岡さんは、私の気持ちを察して優しい言
葉をかけて、目が小さくなり歯が見えるほど
笑顔で私に微笑んできた。
 その笑顔にドキっとして、松岡さんから目
を逸らした。
「なんで目逸らすんだよ!」
 だって、あなたが最高の笑顔を私に微笑む
から。
「べ、べつに意味はありません」
「そう。ならいいけど。陽琉にはあの古本屋
で頑張ってほしいんだ。いろんな意味で」
 いろんな意味。私の目的は、夢を叶えるた
めだけじゃないの?
「……分かりました」
「じゃあ、俺はあの広い草原行くから。ここ
までな。気を付けてな! またな」
 松岡さんは私にそう言い、ピヨとあの広い
草原に向けて歩き始めた。
 その後ろ姿は、あどけない子供っぽさを残
しつつも頼もしい背中であった。
 夢。みんながなりたいと信じている夢。
 その夢を実現できるように行動している。
 必ずしも夢が実現できる訳ではない。
 私はそれを知ってる。
 信じることは大切だが、信じてもダメなら
諦める勇気も人間は必要だ。
 あの人達は、諦める勇気を知らないのだ。    
 だから、そんな希望を持っている。

 古本屋のアルバイトを始めて、一ヶ月が経
った。
 就活の方は、大学のキャリア支援課に相談
しに行き就職先を探している。
 何をやりたいかなど聞かれるが、よくよく
考えたら私なりの個性を活かせる仕事がいい
のかもしれない。
 小説を書くのも読むのも好きなので、その
経験を生かして、私なりの視点で活かせる仕
事がいいと思えたのだ。
 今度こそは、他人と比較せずに私なりの仕
事を見つけると私自身に言い聞かせている。
 この思いにさせてくれたのは、このアルバ
イトのおかげもあると思う。
 多数の本を見れて、個性溢れるお客様が来
る。お話を遠くから聞いて、自分の思ってい
たことと異なる話が聞ける。
 ここ以外にもアルバイトをしてきたが、普
通のアルバイトとは違って、いろんなものを
吸収できる。
 滅多にない経験だ。
 一ヶ月経って、そのことに実感した。
古本屋『松岡』のアルバイトを勧めてくれ
た松岡さんには、今となっては感謝している。
 私はアルバイトのやり方には慣れてきたが、
お客様はくるみさんのお客様ばかり。
 それより気がかりなのは、もう一人の従業
員。くるみさんと私とあと一人誰なのだろう。
 松岡さんにそれを聞くと、いずれ来るから
と言うだけ。
 いずれとは、一体いつのことやら。
 埃が被っていると思われる古本をパッパッ
と掃除をしていた。
 すると
「こんにちは」
 古本屋『松岡』のお客様では見たことが無
い人が来店してきた。
「……」
「いらっしゃいませー!」
 その人に声をかけた。
 黒のメガネをかけていて、赤白の長袖を着
ていた。赤白のズボンはヨボヨボで膝には大
きな穴が開いていた。
 その恰好は、個性と捉えるべきだろうか。
でも、私は絶対この人とは隣にいて街中を
一緒には歩きたくないと思えた。
 その人は、その場に立ち尽くして何もする
こともなくこちらを見ていた。
「あ、あのなんでしょう?」
 私は声をかけた瞬間、大股でこちらに向か
ってきた。
「ん」
 その人は、何も言わずに私の首に近づき、
匂いを嗅いでいた。
 ギャ―、なになに! 変態―!
 私はすぐさま変態に離れた。
「な、なんですか!」
 変態はニッと笑い、ズガズガと居間まで足
を運んだ。
「ちょ、ちょっと。あなた、何の用ですか? 
そっちに行かないで下さい」
 私がそう言った時だった。
「ひよっち」
 か細い声で誰かに話しかけていた。
 今日は私と松岡さんしかいないはずだ。
「ん、なんだ。騒がしいな」
 松岡さんは居間にいたので、ピヨを両手で
抱きしめつつ胡坐をした状態で戸を開けて出
てきた。
「ひよっち」
 変態はひよっちと、松岡さんに向けて発し
た。
「あ、お前帰ってきたのか! なんか細くな
ったな、元気だったか?」
 松岡さんの反応では、知り合いらしい。
 ひよっちとは、松岡さんだったとは。
「ひよっちこそ、元気だった?」
「元気、元気! 毎日ピヨといるからな」
 変態は松岡さんと親しいのか。だから、こ
こに来たのかと納得できる。
「あ、そういえば。陽琉、紹介してなかった
な」
 床の上で胡坐をかいていた松岡さんは立ち
上がり、私の方に来て言った。
 変態は、遠目でジッと私の方を見ていた。
「こいつは、小林祥生。俺たちは、コバって
呼んでる」
「……」
 コバさんは何も言わずに、まだ私の方をジ
ッと見ていた。
「な、なんですか?」
「お前、陽琉を襲うなよ! 首を嗅ぐ癖やめ
ろよな、はあ―、女性はそういうのやなんだ
ぞ!」
 そ、そうよ。松岡さんの言う通り。
「だってよ、無理だよ。そんなの。だって、
俺匂いフェチだし」
 やっと口を発したと思ったら、はあ―? 
匂いフェチ?
 いやいや、もう変態じゃないか!
「あの―コバさんと松岡さんは?」
 松岡さんは、いい忘れていたという顔をし
て、私に言ってきた。
「コバと俺は中学生からの仲で。この前も言
ったように、こいつがもう一人の従業員だか
ら」
 え? この人が古本屋『松岡』の従業員?
 いやいや、まさか。でもコバさんも夢ある
んだよね。でも、そんなふうに見えないのは
私だけ?
「こいつ、変なところあるけど。しっかりし
ているから。安心して、こいつに言ってね」
 松岡さんは笑顔で言ってから、コバさんを
残して奥の部屋に行った。コバさんは初めて
私に話しかけてきた。
「あんた、女子の友達いる?」
 はい? と身を屈めながら私は彼に言った。
「いますけど」
 私がそう言った瞬間、さっきのテンション
とは違い、声のトーンが高くなっていた。
「え、マジで―! じゃあ俺に紹介してよ」
 コバさんは満面な笑みをしていた。
「嫌です!」
 私は真顔で拒否した。
 眉を寄せて彼は、不満げな表情を浮かべて
いた。
「はあ? 何でだよ! 俺に、女子紹介する
くらいいいだろう?」
 この人は、分かっているのだろうか? 
 ただ単に、女性の匂いを嗅ぎたいだけとい
うことに。または、自覚してるけどやめられ
ないのか?
「あの言っておきますけど、もう狙い、分か
ってるんで」
 狙い? ああと呟いた途端、私に言った。
「俺、匂いフェチだけど。女性には親しくな
るまでやらない主義だから」
 嘘つけぃ―! 今、私にやったではないか。
「ああ、でも、陽琉さんだっけ。陽琉さんは
論外だから。覚えておいてね」
 コバさんは私にそう言い、靴を脱ぎ松岡さ
んの所へ行ってしまった。
 論外って。恋愛対象って意味か。
 そんなの私も論外だわ。
 ひとりになったので、誰にも分からないよ
うに舌打ちをした。
「陽琉―!」
 後ろから声がした。
 松岡さんとコバさんが居間から出てきた。 
 昨日来たくるみさんのお客様から、珍しく
本を売ってくれたので、松岡さんが値段を付
けてくれた本を棚に入れていた。
 くるみさんのお客様は、一ヶ月に一回に来
る予定だった。
 だが週二回は私の計算では来ている。写真
を撮るのではなく、ただ話をするだけだ。
 これで、夢を叶えられるというのか。
「な、なんでしょうか?」
 私は松岡さんの声に反応して聞いた。
「あのさ、陽琉。コバがね、陽琉が女性を紹
介してくれないと嘆いてるんですがどうした
らいいだろう?」
 知るか! そんなもん。
 勝手にしてろと思ったが、心の声が聞こえ
ないように平然とした声で言った。
「嫌それは仕方ないですよ。匂いフェチなん
ですから」
 それを見ていたコバさんは、面白くなさそ
うに拗ねていた。
 松岡さんは、腹を抱えて笑っていた。
「あはは。はあ、おもしれ―」
「なんですか?」
「こいつ、女性にそんなこと言われたことな
いんだよ。こんな服着てるけど、外見だけは
いいからさ。いつも女性にモテるし。近くに
接近されると喜ばれるんだよ。でも、陽琉は、
違かったよね」
 コバさんは居間で黙ったまま畳の上に座っ
ていた。
「だから、こいつちょっと戸惑ってんだよ」
「そうだったんですか」
 全然戸惑っているように見えないんですけ
ど。ってか、それでよく女性喜ぶなあ。    
 私には理解不能だ。
「でも、カメラマンという夢があるから。諦
めないと思うよ。女性もカメラも」
 カメラマン。
 カメラマンになりたいのか。
 女性については置いといて、やはり夢があ
る人がここで雇っているんだなと感じた。
「コバさんも夢があるんですね?」
 松岡さんはうん? と少し間をおき返事を
した。
「……そうだよ。ここは、夢がある人しかい
ないからね。夢を見るということは、大事だ
からね」
 松岡さんは、ニコっと笑顔で言った。
「夢は、見るもんじゃねぇ―よ!」
 コバさんは立ち上がり、透き通っていた声
からいきなり雷が落ちたかのように声を荒げ
た。
「急になに言ってんだよ。夢は見るもんだろ
う。見て叶えるように努力するのが夢だろ? 
お前、前はそんなこと言わなかっただろ? 
どうした?」
「……ひよっちみたいに、簡単に夢を見られ
なくなったんだよ。生まれも育ちもいい人に
は分からないよ」
 右手に拳を握りしめて、コバさんは下に俯
いていた。
 松岡さんは、黒目だけ左側を見て悲しい顔
をしていた。
 その目は、私が知っている目ではなく、哀
れでもう思い出したくない目をしていた。
「あ、あの……」
 この状況を見て、私は何かを発しなければ
ならないと思ったその時であった。
「……だからなんだよ! お前、夢は他人の
せいにしちゃダメじゃないか。俺は、俺自身
で生きてる。だから、生まれも育ちも関係な
いと思うが」
 何かをしなければならないと思っていたら
苦しそうに松岡さんらしくない言葉がコバさ
んに向けられた。
「……ゴメン。でも、夢は見るもんじゃない
と思う。俺はもう分からねぇんだよ。夢を諦
めてもう会社員でもなろうとか思うだよ」
 私は松岡さんの隣にいて、様子を窺ってい
た。
 深く深呼吸をして松岡さんはコバさんに話
しかけた。
「……コバ。金銭面は、俺がなんとかするか
ら大丈夫だぞ。そこを気にしてるのか? そ
れか、なんかあっちであったのか?」
 コバさんは、ハッと顔を上げて松岡さんを
見た。
「……いや別にない。そんなことより、バイ
ト代のお金はどっから出てくるんだ? お金
はもしかして……あの人から貰ってんのか?」
「お前が気にすることじゃない。だから、金
銭面は俺が払うから大丈夫だ。会社員になん
てならなくても大丈夫だぞ!」
 まだ右手で拳を握りしめてコバさんは下を
俯いていた。
「そういう問題じゃない。ひよっちには、世
話にかけぱっなしだし。大人として、問題だ
からだよ。もう一つのバイトは見つかったけ
ど。俺は、夢はもう夢を見るのは御免だ。俺
はもうわかんねぇよ!」
 彼はそう言ってズボンのポケットに手を入
れて出ていた。
「あいつなに考えてんの。わかんねぇ―帰っ
て来てそうそう」
 両手に頭を抱えて彼はしゃがみ込んだ。
「コバさんは元々ああいう性格なんですか」
「いや、もっと。明るかった。中学生は、秘
密基地作ったりして、屋根に登ったりして。
飛行機を作れるかっていう無謀なことをして
たよ」
 なんて、無茶なことを。
 男の人ってなんでそんなことするのかな?
 まあ、子どもの頃はそんなもんか。いや、
でも仲良い男子でもそんな遊びしてたっけ?
 私が知らないだけか。
「それで、今は?」
 ヨイショと立ち上がり彼は、一瞬私を見て
言った。
「……分からない。一年会ってなかったから
な。心境も変わるかもな。でもあいつが戻っ
て来れるように、ここの従業員として、籍は
おいてたんだ」
「……コバさんはその一年何をしてたんです
か?」
「カメラの修行。カナダだっけな。一人でカ
メラの腕極めるって言って。それきり、帰っ
て来なかった」
 少し寂しそうな表情を浮かべて、強く瞼を
閉じていた。
「……そうだったんですか」
 瞼を開くと松岡さんは口を開いた。
「あ、悪い。仕事中だったよな。続けてくれ」
「……コバさんは、諦めてはないと思います」
 私、何言ってんだ。
 そんなこと思ってないくせに。
「……本当かな?」
 私は、はいと答えた。
 嬉しそうに松岡さんは微笑んでいた。
「そうだな、うん。心配することないよな。
ありがとうな、陽琉」
 そう言って腕を組みながら頷き、いつもは
揃えていない靴を珍しく綺麗に揃えて奥の部
屋に戻っていた。
 その後ろ姿を見送って仕事に戻った。
数時間後
 松岡さんと私しかいない古本屋に一本の電
話が鳴った。
 プルプル プルプル
 それに気づいた松岡さんは、段差がない所
でこけそうになりながらも慌てて靴を履いて
会計場所の隣にあった電話機に出た。
 ガシャ
「はい、古本屋『松岡』です。あ、先日はお
世話になりました。あ、いえどうも。はい、
あの件について。あ、え? 本当ですか。は
い、ありがとうございます。はい、ではお伝
えしておきます。失礼します」
 ガチャと電話を切った。
 彼は、満面な笑みで私に言ってきた。
「陽―琉。ちょっと来て」
 彼は人差し指でちょいちょいとこっちへ来
てアピールをしてきた。
 私は、古本の整理をしていたので、駆け足
で彼の所へ行き話しかけた。
「なんですか?」
「陽琉、よく聞いて。明後日までに陽琉が書
きたい小説を書いてきて」
「はい? なんで明後日まで小説書かないと
いけないんですか?」
 松岡さんは、よく聞いてくれましたという
顔をして私に言った。
「俺のつてで、出版社がいてな。それで、陽
琉について頼んでみたんだ。そしたら、そう
いうことでしたら、明後日伺いますので小説
を少しでもいいので書き終えてくださいって」
「え、私の小説読んでもらえるんですか?」
「ああ。だから、これがチャンスだ。陽琉の
客が来るようにこちらで考えてる。小説家は
文才があるかないかだ。まずは、一人だけの
お客様を設けた。明後日、来るのがその人だ。
小説家になるためのコツなどいろんなことを
教えてくれるだろう。どうだ? やってみな
いか?」
 まだ小説家になりたいのかどうかさえ分か
らないのに、夢の実現の第一歩。
 私には小説家として仕事をしていく上で、
才能があるのだろうか。
 自信がないし、才能がないのではないかと
思えた。でも、挑戦してみたい。
「私に才能があるかどうか分かりませんが、
やってみたいです」
「よし、決まった。じゃあ、明後日までに小
説書いてきてね! よし、やった―、楽しみ
だな。あ、待って。俺、その日居ないんだ。
はあ―、陽琉頑張ってね。はあ―もう。陽琉
の晴れ舞台が見れないとは悔しい!」
 ため息をついて彼は落胆していた。
「いや、そこまで落ち込まなくても……大丈
夫ですから」
 落ち込むことないだろう。
 私の問題なのに。
「……まあ、陽琉。明後日、頑張れ! あの
人は、陽琉と合うと思うしな。明後日か」
 松岡さんはそう呟いて、壁に貼られてある
カレンダーを見て、何かを考えているようだ
った。
 返事をしたはいいが、本当に叶えたい夢は
叶えられるのか疑っていて、信じていなかっ
た。