会計スペ―スから灰皿を持ってきた。
 灰皿に煙草をぐしゃぐしゃにして私に思い
がけない一言を放った。
「……じゃあ、この古本屋でアルバイトして
みるか?」
 下を俯いていた私は、顔を上げて松岡さん
を見た。
「……いやいや。なぜ私にアルバイトを頼む
のですか?」
「なんとなく、陽琉、面白そうだし」
「面白いからって……私まだ就活しなくちゃ
いけないですし、やらなければならないこと
あるんです」
「例えば?」
 そんな問いを言われて、何も答えることが
出来なかった。やることはあるはず。
 だけど、やることは、就活しかない。
「……」
 松岡さんは足を組んで椅子によりかかりな
がら立ち上がり会計スペースに向かった。
「じゃあ、決まりね」
 会計スペ―スから紙とペンを持ち、私に渡
した。
「名前書いて。履歴書とか要らないから。さ
っき聞いたしね。いろいろ」
 一瞬迷った。でも就活は、やらなくちゃい
けない。私は会社で働いて、自分で稼げよう
に早くなりたいからだ。
 私が何をしたいのかはここで改めて考え直
していきたいと思えた。
 ゆっくり、ペンを持って何も書かれていな
い紙に時間をかけて小松陽琉と丁寧に書いた。 
「小松陽琉……。俺と、陽っていう漢字一緒
じゃん。俺も陽和って書いて、陽って書くん
だ」
 そう言って松岡さんは私からペンを奪い、
私が名前を書いた隣に松岡さんの名前を書い
ていた。
 陽、本当だ。同じだ。
「同じですね」
 私は松岡さんの名前を見た。女性みたいな
名前で可愛いと思えた。陽和か。私もこんな
名前が良かったな。そんなことを思いながら、
松岡さんの名前を見ていた。
 すると、松岡さんは私に言ってきた。
「……いい名前だな。陽流って漢字も明るい
イメージがするし、こういう名前もいいよな。
俺なんて陽和だぜ。外見も中身も陽和って感
じしないだろ」
 ……私の名前が、いい名前? いや、そん
なことない。私自身この名前は、恥ずかしく
てたまらない。私が知っている限りではこの
名前の由来は、特にない。
 知っているのは、父親が適当に付けた名前
だ。だから、友達に私の名前の由来を聞かれ
た時はなんと言えばいいか分からないのだ。
 ……松岡さんの名前は、私にとって羨まし
い。本当にそのまま。松岡さんらしい名前。