「お、これ新刊かぁ。いいなぁ」
 快が手に取ったのは青い表紙の本だった。流れるような字体でタイトルが書いてある。
「これ、どんな話?」
 美久は知らない本だった。作家の名前くらいは知っているけれど。現代作家で割と有名な名前である。
「エッセイなんだよ。家で母さんが買ってきた雑誌に毎号連載されててさ……実は面白くて毎月読んでたんだ」
 なるほど、そういう読書の仕方もある。美久は新鮮な気持ちになってしまった。
「そうなんだ。なんて雑誌?」
「ええとな、料理雑誌で……」
 話をしながら青い本の中身も確かめていく。
 短編がたくさん載っている形式だった。連載のエッセイならそうだろう。
「でもハードカバーだからやっぱ高いよなぁ。ああ、やっぱ二千円以上する」
 ひっくり返してみて、快はちょっと残念そうに言った。毎月楽しみに読んでいたのなら欲しいだろうから。
「母さんも読んでただろうから、『本になってたよ』とか言ったら興味持ってくんないかな」
 その言い方は少しふざけていたので、美久はくすくすと笑ってしまう。
 快の今まで知らなかった面。少しずつだけど、知っていくことができていると思うし、それが嬉しい。
「それもアリだよね。私も子供の頃よくそうして買ってもらってた」
 言い合いながらその本は一旦置いておいて、奥へ。棚を順番に見て行った。
 ハードカバーはやはり高くてなかなか買えないので買うつもりはなかった。買うとしても文庫本くらいだろう。それか連載を読んでいるコミックなどか。
 それでも棚の間を歩いて本を見ていくのは楽しかった。快と「これ読んだんだよ」とか「あ、私も読んだ! 詩集だよね」とかなんでもない話を、しかし特別な状況でできるのだ、楽しくないはずがない。
 ハードカバーの階は見るだけで終わってしまって、次に文庫本へ行った。
 今回は棚の間を歩くのではなく、エスカレーターを降りてすぐのところにある電子端末機のところへ。
 快が「探してる本があるんだ」と言ったので、それから探してみることにしたのだ。
「昔の本……明治の……ちょっと前に復刻されたんだ。今でいうエッセイみたいな感じ」
 快は物語だけでなく、エッセイも好きなようだ。
 美久が読むのは物語の本が多かったので、今度、そっちのおすすめを快に詳しく聞いてみようかと思う。
「あ、あるみたいだ! さっすが、新店舗だなぁ」
 感心したような声を出す快に、美久はやはりちょっと笑ってしまって、「じゃあまずそこへ行こうよ」と提案したのだった。
 そこからあちこち歩き回った。
 快の探していた復刻エッセイはちゃんと棚にあったし、快は「実はちょっと前から欲しかったんだよな」と嬉しそうに手に取っていた。
 美久も魔法学校の文庫本の続きを買おうかと思ったのだが、残念ながら品切れと電子端末で出てしまった。
 残念だけど、せっかくの機会だからほかの本を見たり、いいものがあったら買うのもいいかな、と思っておくことにした。
 そのほかにもコミックや雑誌も見て、本をたっぷり堪能した。
 二時間近くは過ごしてしまっただろう。
 出口へ向かいながら、ポケットから出したスマホを見て快が目を丸くしたくらいだ。
「わ、マジか、もう三時になるぜ。長居しすぎたな」
「えっそんなに」
 待ち合わせが午後一時だったので、本当に長居してしまったようだ。
 でもとても楽しくて。時間の感覚なんて消えていた。
「疲れてないか? ちょっと休憩するか」
 楽しくて疲れなんて感じない……と言いたかったけれど、やはり慣れない靴のためだろうか。少し歩き疲れた感じが足からした。よって快の言葉に甘えておくことにする。
 次に向かったのは、小さなカフェだった。