十二月もおしまい。学校は冬休みに入った。
とはいえ冬休みはそんなに長くない。年末までも五日ほどしかないし、年が明けてもやはり同じくらいしかひにちはない。
おまけに家の手伝いや、親戚への挨拶など家の行事で忙しくて、遊んでいるばかりとはいかない。
なので友達と遊ぶことができたのも数日だけになってしまった。
でもそのぶん、しっかり遊んだ。
冬休みになった打ち上げとして、留依やほかの友達数人と遊びに行った。
カラオケに行って、街中のお店をウインドウショッピングして……なんて普通過ぎる遊びだったのに、なにしろ冬休みだったのだ。解放感で大変盛り上がった。
それに、少し前に誕生日を迎えた留依のこともお祝いした。カフェでケーキを食べて、プレゼントを渡して。
美久が渡したのはハンカチだった。薄紫でスミレの刺繍が入っていて、レースも控えめについているもの。
まだ秋の頃。ヘンな男に声をかけられてしまったときに『自分に留依にふさわしいものが選べるだろうか』と悩んでいたこと。もうほとんど頭になかった。
今の自分なら、きっとちゃんとしたものが選べると思ったのだ。
それでも表で使うようなものにするほどの自信はまだなかったから、普段はポケットやバッグの中に入れるようなハンカチにしておいた。
留依はとっても喜んでくれた。
「すごい大人っぽいね! たくさん使うね!」
喜んでもらえたことに美久はほっとして、むしろ自分のほうが嬉しくなってしまったくらいだった。
そして最後に夕ご飯を食べに入ったファミレス。話はやはり盛り上がったのだが、その中で留依の話になった。
女子高生なのだ、恋愛については興味津々であるし、彼氏ができた留依のことは気になって当然。
「うん、デートしたよ」
でも留依はジュースを飲みながら、さらっと言った。むしろ聞いているだけである美久のほうが照れてしまうようなことだ。
クリスマスデートなんてロマンチックではないか。
まだ付き合って半月ほどしか経たないので、デートも二回目だと言っていた。なのに随分慣れているようなことだと思う。
そんなはずはないけれど。
高校生になって初めての恋人なのだ。緊張して当然だろう。でもそう感じさせてこないのが、留依のスマートであり、そして友達に自慢げにもならない、良いところなのだった。
「どこに行ったの?」
「イルミネーションとか見た?」
ほかの子たちのほうが積極的にあれこれ質問して、留依がそれに答えるような形で話は進んだ。
「で、キスとか……した?」
ある子が、みんな一番気になっていただろうことを質問して、美久はそれにどきっとしてしまった。
キス。
当たり前のようにしたことがない。
マンガやドラマの中で見るのだってどきどきしてしまうのに。それが現実になんて。
そしてみんなが想像していたように、留依は言った。
「ん……まぁ、一応……」
しかしここばかりは恥ずかしそうだった。言い淀んだし、頬も赤くして。
実際に聞いた美久まで同じようになってしまったくらいだ。
留依は随分先をいっている気がする。
高校生ではまだ付き合っているひとだって多くないのに、その先だ。
すごい、と思う。
周りの子たちも同じように頬を赤くして「すごい!」と色めきだつ。
そのままほかの子の恋バナの話へ移っていった。
美久はその中で思ったものだ。
自分もそんなふうになりたい。
留依はさらっといつもすごいことを言う。
でもそれはひけらかすような言い方でないし、実際、そういう気持ちはないのだろう。
かわいくて、社交的で、おまけに前へ進むことを実行する勇気もあって、なのにそんなふうに話すのだ。
でも。
話を聞きながら美久は思った。
少しは近付けているのではないか、と。
留依のような素敵な女の子に。
髪型を変えた。
眼鏡からコンタクトにした。
それは留依に引っ張ってもらってのことであったけれど、少なくとも、以前の自分とは大きく変わっただろう。
見た目が、だけではない。
前へ進む勇気。
新しいことに挑戦する勇気。
たくさんのことが、少しずつではあるけれど、身についてきたのだと思う。
それを自分ではっきり感じられるようになったのは、冬休みも明けて新学期に入ってからのことだった。
ぴゅうと北風が吹きつける。美久は思わず首をすくめた。
もう年も明けて一番寒い時期なのだ、夕方にもなれば外は随分寒い。
今日は掃除当番がなく、また部活もなかったので、早く図書室に行けるだろうと美久は楽しみにしていた。
今日は水曜日ではないので、快との待ち合わせはない。快は部活があるようだったのだ。
美久の文芸部はなかったので、フリーの放課後のはずだった。なので一人で図書室に行く予定で。
でもその前に先生に呼ばれていたので職員室へ向かう、予定だった。
予定が変わったのは、クラスの子に言われたのだ。
放課後、「ちょっと桜木先生に呼ばれてるから行ってくるね」と留依に伝えて、そのまま教室を出たところで、ある子に捕まった。
「ああ、綾織さん。先生、体育館の前で待ってるって。伝えてって言われたの」
「そうなんだ。ありがとう」
伝言をしてくれたのだと思って、美久はその子にお礼を言った。それでそのまま指定されたところへ向かったのだけど。
どうやらそれは、本当のことではなかったようなのだ。
だって、体育館前の渡り廊下にいたのは、呼ばれていた桜木先生ではなかったのだから。
「あれ? 桐生さん? それに……」
立っていたのはあかりとその何人かの友達。たまたま出くわしたのだと思ったのは数秒のことだった。
美久はわかってしまう。これは自分を待っていた……というか、待ち伏せのようにされていたのだと。
そこから理解した。あの子が「先生は体育館前で待ってる」と言ったのも嘘だったのだろう。
美久を職員室からこちらへこさせるための、罠だったのだ。
そして待ち伏せのようなことをされた理由。
あかりに「ちょっと時間ある?」と聞かれたことでそれも理解した。
時間ある、なんて聞いてきた割にはそれはほぼ強制だった。「こっち」と促されてしまう。美久はそれに従うしかなかった。
急に心臓が冷えてきた。なにをされるのだろうか。
暴言を吐かれるのかもしれない。殴られたりするのかもしれない。
そんなことに縁などなかった美久はなにが起こるかもわからずに、おろおろするしかなかった。
ただ、はっきりと恐ろしさが這い上がってくる。
あかりとその友達数人によって、体育館脇まで連れられてしまった。こんなところ、普段は誰も通りかからない。余計に恐ろしくなってしまう。
そこであかりは、じっと美久を見つめた。美久は踏みとどまったものの、内心は数歩後ずさったような気持ちを感じていた。
美久がびくびくしているのを感じたのだろう。あかりは余裕ありげな様子で、でも冷たい声で言った。
「綾織さん。快に近付かないでくれる?」
思った通りのことだった。最初に快と街中で過ごして、帰りの駅であかりに出くわしてから。
事あるごとに面白くないような視線を寄越されていた。
その理由がこれというわけである。
「ち、近付く……なんて」
美久はやっと口を開いた。でも声は震えた。今のものは純粋な恐ろしさからだ。こんなふうに囲まれて問い詰めるように言われて、怖くないはずがない。
「話しかけたり髪型変えたりさぁ」
「あからさまなのよ」
周りの子が口々に言った。それは確かにその通りだった。
近付いている、なんて嫌な言葉で言われるいわれはないけれど、話しているのも、髪型を変えたのも、それは事実だ。
でもあからさま、なんて。そう思われているということは。
「きれいになれば久保田くんも振り向いてくれる、って期待してるわけ?」
一人の子が言って、それは美久の頬を赤く染めさせた。
振り向いてくれる、なんて。勿論、恋愛的な意味であるに決まっているだろう。
好きだとか、恋をしているだとか、まだ美久の中でははっきりしていなかった。
けれど気になっているのは確かだったのだ。だからすぐ「違う」とも言えない。
美久の反応で、とりあえず快に好意を持っているのは知られたのだろう。あかりはじめ、その場の子たちが鬼の首を取ったようになる。
「そんなわけないじゃん。快は見た目をちょっと変えたくらいで釣られるような男じゃないって」
あかりのあとに、ほかの子も追撃してくる。
「それに、髪型変えてコンタクトつけたくらいじゃ、顔は変わらないしね」
「やだー、言いすぎだよ」
悪口まで言われて、美久の心に今度は怒りが生まれた。もう一人の子がそう言ったけれど、明らかにフォローではなかったことも手伝って。
面白がっているのだ。この状況を。
顔立ちのことなんて言われる筋合いはない。
以前の美久だったら怯えて「ごめんなさい」と謝ってしまっていたかもしれない。
でも今の美久は違う。
ひとはすぐにそんなに変われるはずはない。恐れて、謝って済ませてしまいたい気持ち、今の美久の中にもたっぷりあった。
でももう一歩、二歩。確かに進んだのだ。ここで「ごめんなさい」なんて言ったら後戻りだ。
だから口を開いた。
「ごめんなさい」ではない言葉を言う。
声はやっぱり震えてしまったけれど。
「き、桐生さんは……久保田くんと、付き合ってる、の?」
もしそうであれば、美久の返事は決まっていた。
「邪魔をしてごめんなさい」だ。付き合っているのなら、確かに快に近付くのは良くないことだろうから。
友達付き合いが悪いとは思わないけれど、それは彼女である子には失礼だから。
「幼馴染みよ。昔から知ってるの」
でもあかりの答えは違っていた。付き合ってはいないのだ。
ただ、美久はわかった。
あかりは快のことが好きなのだ。そしてそれはきっととても深い想いなのだろう。
片想いをしている相手の近くにほかの女の子がいるようになれば、面白く思わなくて当然。
その気持ちは美久にもわかる。
ただ……それなら美久に文句をつける理由にはならないだろう。
「でも今の快は誰かと付き合ったりしてる余裕はないの」
なのにあかりは続けた。もっともらしく聞こえる理由を。
それで美久が『あかりの片想いを優先させて、身を引く』と思ったのだろう。美久が引っ込み思案でおとなしい性格なくらい、もう同じクラスで長いのだからよく知られているし。
でもやっぱり。
ここで理不尽に負けたくない。
美久は思った。
見た目を変えたこと。
それは美久に勇気をくれることだった。
こんなことを言えば、恐れていたようにいじめられたり、殴られたりするかもしれない。
それでも、美久がためらったのは数秒だった。震えるくちびるを動かす。
心臓は冷えていたけれど、ここで逃げてしまったら後悔する。その確信が美久を奮い立たせた。
「それは……」
絞り出した。あかりがちょっと眉を寄せる。
その瞳を見つめた。
もう、クリアに見えるようになった視界で。
まだ声は震えていたけれど、美久は言い放った。
「それは桐生さんじゃなくて、久保田くんが決めることだと思う!」
美久が反撃するようなことを言うとは思わなかったのだろう。あかりの目が丸くなった。
以前の美久なら怯えて「ごめんなさい、ごめんなさい」と言っていたから、その通りになると思っていたのだろう。美久を捕まえて、文句をつけはじめたときと同じだ。自分のほうが力があって、上だと思っていたのだ。
その美久が噛みつくようなことを言うなんて、という顔をしていた。
でもその顔はすぐにしかめられる。不快だ、という気持ちが顔いっぱいに広がる。
「そんなこと……。少なくとも私はあなたよりは快のことわかってるわよ! あなたに言われなくたってわかるんだから!」
その理屈は無理があった。けれどあかりはそう言うしかなかったのだろう。
引くつもりも、美久を追い払う気もなかっただろうから。
でも美久だって、逃げるつもりはない。お腹の下に力を込めて、逃げたい気持ちを必死にこらえた。
しばらく、あかりと美久は睨み合っているという状態になる。沈黙が落ちた。
周りの子が戸惑っているのが感じられた。まだ優位に立っている、という気持ちも伝わってきたけれど。
なにしろ美久は一人きりで、あちらは複数なのだ。余裕があって当然。
数秒後。不意にあかりが動いた。
殴られるのか。
美久は流石にびくりと体を震わせた。
けれどあかりのしたことは違っていた。
美久の腕を掴む。その力は強く、美久は思わず呻いた。
そんな美久の腕をあかりは無理やり引っ張った。どこかへ連れて行く、という仕草を見せる。
なに、いったい、どこへ。
思ったけれど、「やめて!」と振り払うことは、今度はできなかった。腕を握られたことで恐怖が生まれてしまったのだ。
「わからないなら、ここで思い知ってもらうから」
連れられたのは、そばにあったドアだった。
なに、ここ。
美久は知らないところだった。あかりのしようとしていることを知ったらしく、一人の子がそのドアを開けた。
中を見て、美久はそこがなにかを知った。
なにか、学校の整備に使う用具が入っている倉庫のようなところだ。
そしてどうされようとしているのかも知った。
……閉じ込められようとしているのだ。
心臓が一気に冷えて、美久は今度こそ抵抗しようとした。
「やめ、こんな……っ!!」
でも美久が抵抗するより早かった。あかりが美久の腕を離すやいなや、ドン、と美久の体を突き飛ばした。
「やっ……!」
美久は思い切り用具室の中に突っ込まれた。勢いが良すぎて、どさっと床に倒れ込んでしまう。頭などを打たなかったのは幸いだろう。
その美久をあかりは冷たい目で見降ろしてきた。
「自分が図々しくて無力だってこと、思い知るといいわ」
恐ろしさが美久の身を満たした。あかりの言ったことよりも、こんなところへ閉じ込められそうになっていることが。
だって、もうすぐ夕方になる。学校から誰もいなくなってしまうだろう。
誰か来てくれるかもしれないが、その保証なんてない。恐ろしい。
「やめて! こんなこと……」
「じゃ、ね。大丈夫よ。明日の朝には用務員さんが仕事に来るだろうから」
それだけ言い残して、無慈悲にもドアは閉じられた。バタン、ガチャンと音がする。鍵をかけられたらしい。
まさか、最初から、自分が抵抗すればこうするつもりで。
美久はやっと思い知った。呆然とする。
こんなことになるなんて思わなかった。
やっと起き上がって、座る。今さらながら体が震えてきた。
恐ろしかった。あかりのことも、周りの子のことも、言われたことも、突き飛ばされたことも、閉じ込められたことも、全部。
がくがくと震える体を抱きしめる。
入り口を見たけれど、内側から開けられそうなツマミなどはない。それはそうだろう、用具室にこもるひとなんていやしない。外からしか鍵はかからないし、開けられないのだ。
うすうすわかっていたけれど、目にしてしまって絶望した。
用具室は真っ暗ではなかった。上のほうに窓があって、そこから夕方になりかけのひかりが差し込んでいる。
あそこから、出られるかな。
ぼうっと思ったけれど、高すぎる、とすぐ思った。
なにか、倉庫の中にあるものを積み上げたら窓に届くことはできるだろう。そして脱出できないこともない大きさの窓だ。
でも、外に出るのはいいが、そこから地面にはどうして降りるのか。飛び降りれば確実に怪我をしてしまう。足を折ってしまうかもしれないのだ。
想像して、美久はもう一度ぶるっと震えた。
一体どうなってしまうのだろう。
美久はへたりこみ、ぼうっとし続けるしかなかった。
明日の朝になれば、用務員さんが来る、と言っていた。だから閉じ込められたまま誰にも見つからずに死んでしまうということはないだろう。
でも一月の寒さの中だ。風邪を引いたり体を壊したりということはあるだろう。
それに水も食べ物も、トイレもない。すぐになにかしら困ったことが起こってしまうことは想像できた。
どうしよう。
けれどいい考えなど思いつくはずもなく。どのくらい経ったのだろうか。
多分十分程度だったのだろうが、美久にとっては既に永遠にも思えてしまった。
と、そのとき。
不意にがたっと音がした。
美久はびくっと震える。
なにか落っこちたのだろうか。棚にあったものとか、積んであったものとかが。
もしくは猫でも入りこんでいたのだろうか。
でもそうでないことはすぐにわかる。
がたがた、と音がして、それは近付いてきているようだったのだから。
ひっと声が洩れた。まさか、誰かいるのだろうか。
助けてもらえる可能性もあったけれど、こんな密室では恐ろしい。悪いひとである可能性もあるのだ。
しかし。
ああ、美久にとってこれは神様からの手助けともいえるようなことだった。
「あれ、綾織さん? こんなところでどうしたんだ?」
奥から顔を見せたのは、快だった。なにかの道具を手にしている。
久保田くん!?
美久は幻覚を見ているのではないかと思った。
不安と混乱のあまり、幻覚でも。
でもどうやら幻覚ではなかったようなのだ。
「……どうしたの?」
美久が床にへたり込んでいるのを見て、おかしな事態だと知ってくれたらしい。不思議そうな顔になった。
そしてゆっくり近付いてきて、そっと美久の前にしゃがんだ。
「なにか、あったのか?」
この時点で快は、この倉庫が閉じられ、鍵までかけられたということはわかっていなかったに違いない。なのでまだ余裕があったのかもしれないが、美久にそっと手を伸ばした。スカートの上で握っていた手に触れる。
そのあたたかくてしっかりした感触。美久の体を震わせた。
助かるわけではない。解決するわけではない。
けれど、一人じゃない。
胸にそれが迫って、じわっと染み込んで、それは雫になった。
ぼろぼろと涙が零れ出す。
あかりと対峙して、恐ろしくなったときも出なかったのに。
突き飛ばされて閉じ込められたときも出なかったのに。
安心と不安が混ざり合って、ぼろぼろと涙になってしまったのだ。
「大丈夫だ」
快は泣きだした美久の手をぎゅっと握ってくれた。彼にはまだ理由も状況もわからないだろうに、美久を力づけるように。
「大丈夫だから。話してくれ」
その手のあたたかさと優しい言葉に、美久の心があたたまってくる。
恐ろしさや不安に凍り付いていた心が少しずつ緩んでいって。
今度は違う意味で涙が零れたけれど、快に触れられていないほうの手で、ぐっと拭う。
「うん」と、小さく頷いた。
「なんだそりゃ!? じゃ、俺たちはここに閉じ込められたってことか」
事情を聞いた快は目を丸くした。それは当然だろう、こんなところに閉じ込められた、なんて事実を聞かされたら。
「ごめんなさい、私のせいで……」
ひと通り事情を話した美久は目を伏せた。ここへ閉じ込められたのは自分のせいではないが、快を巻き込んでしまったのはどうやら自分のせいらしいのだ。
快はバスケ部で使う道具を取りに、この用具室へやってきていたそうだ。探すのに手間取って、奥のほうまで探して……としていたので、入り口での出来事は気付かなかったということだ。
美久も同じだ。あの状況に戸惑いすぎていて、奥に誰かひとがいるなんてこと、思いつきもしなかった。
でもわかっていれば「ほかのひともいるんだから!」とあかりを止めることができたかもしれない。そう思ってうなだれてしまったのだけど、快はきっぱりと否定した。
「綾織さんのせいじゃないだろう! くそ、あかりめ……なんてことしやがる」
言いつけるようで気が引けたのだが、言わないわけにはいかない。あかりとその友達によってここへ閉じ込められてしまったのだと。
快は『信じられない』という顔をしたものの、美久に嘘をつく理由なんてないのだ。
それに快だって、少しは感じていただろう。自分が美久と仲良くすることで、あかりが面白くないと感じていたことだって。それほど鈍いひとではないから。
「しまったな……鍵を持ってくればよかった。ああ、でも結局内側からじゃ鍵があっても無意味か」
快も動揺していたらしい。そのように言って、すぐ自分で否定した。
「窓から出られるかな」
快は立ち上がって、美久と同じように、窓から出られないか考えたらしい。窓の様子を見ると言った。
そこにあった棚に足をかけて「よっと」と窓へしがみつく。美久はそれを見てはらはらしてしまった。
落っこちてしまったらどうしよう。怪我をしてしまうだろう。
けれど快は落ちることはなかった。
でも解決策も見つからなかったらしい。
しばらく窓から外を見ていたけれど、首を小さく振って、慎重に降りて戻ってきた。
「ダメだ、出られないことはないだろうが、外が問題だ。この窓からだと、建物の二階から飛び降りるくらいには高さがある。飛び降りるのは無謀だと思う」
「そう、……だよね……」
快は美久の隣へきて、どさっと腰を下ろした。積んでいたマットらしきものに座っていた美久の隣へ座る。
「綾織さんに怪我をさせるわけにはいかないからな」
言ってくれたこと。そんな場合ではないのに、美久の胸を高鳴らせてしまった。
自分のことを心配してくれるのだ。こんなときなのに。