「今度のバスケ部のミーティングだけどさ……」
昼休み、学食から留依たちと帰ってきた美久は、A組の入口までやってきてどきっとした。
ドアの近くで何人かの男子が話をしていて、その中に快がいたのだから。
バスケ部のことについて話しているらしい。
バスケ部で、マネージャーで……って言ってたよね。
美久は心の中で思い出す。
でも快はそのときあまり楽しそうではなかった。その様子も思い出してしまった。
なにかあるだろうけど、好奇心で聞いていいことではない気もする。
「ちょっと通っていい?」
留依が男子たちに声をかける。廊下にいたものの、入口から入るには少し邪魔になるのだ。
男子たちはこちらを見て、A組の教室に入りたいひとたちがいるのだとわかってくれたようだ。「ああ、悪い」と言いつつ、どいてくれた。
その中で快もこちらを見たのだけど、美久と目が合った。どきっとしてしまった美久。
目が合ったのもそうだけど、今は眼鏡のレンズ越しの視線ではないのだ。
一歩、二歩、先へと進めた自分を表すようなもの。
どうかな、ヘンだと思われないかな。
おかしいと思われないかな。
一瞬だけ弱気な自分が内心で言ってしまったけれど、すぐにそれを振り払う。
きっと大丈夫。みんな受け入れてくれた。
朝だって「眼鏡じゃないの、かわいいね!」ってクラスのみんなも褒めてくれた。
だから、きっと。
「綾織さん!? 今日は眼鏡じゃないのか?」
快の顔にはやはり最初に驚きが広がった。
そりゃあ驚くだろう。知り合ったときから眼鏡姿だったのだから。
おまけに厚くてなんの飾りもない、はっきり言ってしまえばダサい眼鏡だったのだから。
それが今、ない。驚いて当たり前だ。
「う、うん! コンタクトに、したの!」
思い切って自分から言った。隣で留依がちょっとこちらを見たのを感じた。
留依にはわかっているのだろう。美久と今、話をしているのが、ちょっと気にしている『久保田くん』であることが。
「すごいいいじゃん!」
でもすぐに笑みに変わってくれる。同じように褒めてくれた。
いや、褒める以上にそれは『肯定』だった。
新しいことに踏み出した美久を、認めてくれる言葉だ。とてもあたたかくて優しい言葉。
言葉だけではなく、笑みになった表情も、明るい声も、すべてが美久を認めてくれたのだと示していた。
「あ、ありがとう……」
期待はしていたけれど、実際にそう言ってもらえれば髪型のときと同じようにやっぱり恥ずかしくて、ちょっとどもってしまった。でも自分から言えたし、お礼も言えた。その嬉しさや誇らしさからも胸が熱くなってくる。
「え? A組の綾織さん? あれ、随分雰囲気違うなぁ」
「眼鏡やめたんだ?」
「髪型も変えた?」
そのやりとりから、近くの男子も美久を見つめ出した。これほど多くの男子に近く接することはあまりないので、美久はあわあわしてしまう。
けれど嫌な気持ちではなかった。
「かわいいでしょ! 私がプロデュースしたんだよ!」
美久の肩を抱いて誇らしげに言ったのは留依。ちょっと茶化すようなその言い方に、あはは、とその場にあたたかな笑いが溢れた。
「前よりずっといいじゃん」
一人の男子が言ったのは、何気ない言葉だっただろう。
そして美久もそれをただそのまま聞いたのだけど、そのあとのことに心臓が飛び出るかと思った。
「ああ、かわいいよ」
そう言ってくれたのは快だったのだから。おまけに美久のことをまっすぐに見つめてくれていた。
一瞬、時間がとまったかのように感じてしまった。見つめた先の快の瞳は穏やかで、優しくて……心からそう言ってくれているのが伝わってくる。
その瞬間、周りにも廊下にもたくさんひとはいたけれど、確かにこの世界には美久と快しかいなかったのだ。
「……え、あ、……ありが、とう……」
かわいい。
かわいい。
……かわいい!?
三回ほど反芻してやっと理解した。
これは「似合ってる」とか「いいじゃん」より、もっと上のことだ。特別な言葉だ。
それを自分に向けてくれた。かわいいと評してくれた。
……嬉しい。
かぁっと胸が熱くなる。発火しそうだ。顔にもきっと出たのだろう。
快の横にいた男子が快を小突いた。
「なんだー、かわいいなんて、綾織さんに気があるのかよ」
「え、そうなの? 久保田、告白か?」
にやにやとした空気がその場に広がる。快をからかうような空気が。
でも嫌なものではなくて。どこかほの甘いような空気であった。
「からかうなよ。ほら、あんま引き留めたら悪いだろ。綾織さん、また今度な」
快はちょっと動揺したような表情を浮かべたけれど、特に『違う』とも言わなかった。それは美久を戸惑わせるやら安心させるような言い方で。
流石に『違う』とはっきり言われてしまっていたら落ち込んだだろうから。そういう言い方を選んだのもきっと快の優しさなのだろう。
「う、うん、またね」
美久はどきどきする心臓を抱えつつ、A組の中へ入った。教室の中は昼休みなのでざわざわとしていて、みんな自由に過ごしている。
ちらっと入り口のほうを見ると、男子たちは部活の話に戻ったようで、なにごとかまた話していた。それを目にしただけで、正しくはその中で話す快の姿を見ただけで、美久はまだどきどきしてしまうのだった。
快は『また今度』とは言ったけれど『水曜日に』とか『図書室で』とかは言わなかった。ここで言えばまたからかわれるだろう、今度は「デートか?」とかなんとか……。
思ってしまって、かっと美久の頭の中が熱くなった。
デート。
確かにデート……かもしれない。放課後、図書室で待ち合わせて過ごすのだって『デート』だろう。間違っていないのだ。
「美久、良かったねぇ。かわいいだってさ!」
留依がぽんと肩を叩いてくれた。一緒にいた子たちも「あのひと、D組の久保田くんだよね?」「仲いいの?」とか聞いてくれる。
「う、うん……良かった、……かも」
顔はまだ赤いだろう。どきどき速い鼓動も収まらない。
けれど嬉しくてならない。会えたことも自分を見てくれたことも、褒めてくれたのも、それから……。
たった数分なのに、嬉しいことがありすぎた。
自分を変えるために踏み出してみて良かった、と思う。
別にひとに良く思われたいからだけではない。
自分を変えようとすることは、なにより自分自身が一番成長できることだと知ったから。
「ありがとう、留依ちゃん」
にこっと笑って言った美久。留依はやはりそれに応えて「私のプロデュースは完璧だったでしょ」なんてまた周りを笑わせてくるのだった。
和やかな中ではあったけれど、その教室の中で。
静かな視線を向けているひとがいた。
それはふわふわに髪を巻いた女子である。
「今度はコンタクトだって」
周りにいた一人の子が、ぼそっと言った。
「あからさますぎない?」
もう一人の子も言う。そのままあまり良い言葉ではないものが行き交って、最後に一人の子が言った。
「ほっとくの? あかり」
それまで黙っていたあかりは、その子の言葉に息をついた。ふぅ、と気だるげなため息。
「そろそろ目に余るかもね」
その声は冷たくて、美久やその周りの子たちを見つめる視線も同じように冷たくなっていた。
十二月もおしまい。学校は冬休みに入った。
とはいえ冬休みはそんなに長くない。年末までも五日ほどしかないし、年が明けてもやはり同じくらいしかひにちはない。
おまけに家の手伝いや、親戚への挨拶など家の行事で忙しくて、遊んでいるばかりとはいかない。
なので友達と遊ぶことができたのも数日だけになってしまった。
でもそのぶん、しっかり遊んだ。
冬休みになった打ち上げとして、留依やほかの友達数人と遊びに行った。
カラオケに行って、街中のお店をウインドウショッピングして……なんて普通過ぎる遊びだったのに、なにしろ冬休みだったのだ。解放感で大変盛り上がった。
それに、少し前に誕生日を迎えた留依のこともお祝いした。カフェでケーキを食べて、プレゼントを渡して。
美久が渡したのはハンカチだった。薄紫でスミレの刺繍が入っていて、レースも控えめについているもの。
まだ秋の頃。ヘンな男に声をかけられてしまったときに『自分に留依にふさわしいものが選べるだろうか』と悩んでいたこと。もうほとんど頭になかった。
今の自分なら、きっとちゃんとしたものが選べると思ったのだ。
それでも表で使うようなものにするほどの自信はまだなかったから、普段はポケットやバッグの中に入れるようなハンカチにしておいた。
留依はとっても喜んでくれた。
「すごい大人っぽいね! たくさん使うね!」
喜んでもらえたことに美久はほっとして、むしろ自分のほうが嬉しくなってしまったくらいだった。
そして最後に夕ご飯を食べに入ったファミレス。話はやはり盛り上がったのだが、その中で留依の話になった。
女子高生なのだ、恋愛については興味津々であるし、彼氏ができた留依のことは気になって当然。
「うん、デートしたよ」
でも留依はジュースを飲みながら、さらっと言った。むしろ聞いているだけである美久のほうが照れてしまうようなことだ。
クリスマスデートなんてロマンチックではないか。
まだ付き合って半月ほどしか経たないので、デートも二回目だと言っていた。なのに随分慣れているようなことだと思う。
そんなはずはないけれど。
高校生になって初めての恋人なのだ。緊張して当然だろう。でもそう感じさせてこないのが、留依のスマートであり、そして友達に自慢げにもならない、良いところなのだった。
「どこに行ったの?」
「イルミネーションとか見た?」
ほかの子たちのほうが積極的にあれこれ質問して、留依がそれに答えるような形で話は進んだ。
「で、キスとか……した?」
ある子が、みんな一番気になっていただろうことを質問して、美久はそれにどきっとしてしまった。
キス。
当たり前のようにしたことがない。
マンガやドラマの中で見るのだってどきどきしてしまうのに。それが現実になんて。
そしてみんなが想像していたように、留依は言った。
「ん……まぁ、一応……」
しかしここばかりは恥ずかしそうだった。言い淀んだし、頬も赤くして。
実際に聞いた美久まで同じようになってしまったくらいだ。
留依は随分先をいっている気がする。
高校生ではまだ付き合っているひとだって多くないのに、その先だ。
すごい、と思う。
周りの子たちも同じように頬を赤くして「すごい!」と色めきだつ。
そのままほかの子の恋バナの話へ移っていった。
美久はその中で思ったものだ。
自分もそんなふうになりたい。
留依はさらっといつもすごいことを言う。
でもそれはひけらかすような言い方でないし、実際、そういう気持ちはないのだろう。
かわいくて、社交的で、おまけに前へ進むことを実行する勇気もあって、なのにそんなふうに話すのだ。
でも。
話を聞きながら美久は思った。
少しは近付けているのではないか、と。
留依のような素敵な女の子に。
髪型を変えた。
眼鏡からコンタクトにした。
それは留依に引っ張ってもらってのことであったけれど、少なくとも、以前の自分とは大きく変わっただろう。
見た目が、だけではない。
前へ進む勇気。
新しいことに挑戦する勇気。
たくさんのことが、少しずつではあるけれど、身についてきたのだと思う。
それを自分ではっきり感じられるようになったのは、冬休みも明けて新学期に入ってからのことだった。
ぴゅうと北風が吹きつける。美久は思わず首をすくめた。
もう年も明けて一番寒い時期なのだ、夕方にもなれば外は随分寒い。
今日は掃除当番がなく、また部活もなかったので、早く図書室に行けるだろうと美久は楽しみにしていた。
今日は水曜日ではないので、快との待ち合わせはない。快は部活があるようだったのだ。
美久の文芸部はなかったので、フリーの放課後のはずだった。なので一人で図書室に行く予定で。
でもその前に先生に呼ばれていたので職員室へ向かう、予定だった。
予定が変わったのは、クラスの子に言われたのだ。
放課後、「ちょっと桜木先生に呼ばれてるから行ってくるね」と留依に伝えて、そのまま教室を出たところで、ある子に捕まった。
「ああ、綾織さん。先生、体育館の前で待ってるって。伝えてって言われたの」
「そうなんだ。ありがとう」
伝言をしてくれたのだと思って、美久はその子にお礼を言った。それでそのまま指定されたところへ向かったのだけど。
どうやらそれは、本当のことではなかったようなのだ。
だって、体育館前の渡り廊下にいたのは、呼ばれていた桜木先生ではなかったのだから。
「あれ? 桐生さん? それに……」
立っていたのはあかりとその何人かの友達。たまたま出くわしたのだと思ったのは数秒のことだった。
美久はわかってしまう。これは自分を待っていた……というか、待ち伏せのようにされていたのだと。
そこから理解した。あの子が「先生は体育館前で待ってる」と言ったのも嘘だったのだろう。
美久を職員室からこちらへこさせるための、罠だったのだ。
そして待ち伏せのようなことをされた理由。
あかりに「ちょっと時間ある?」と聞かれたことでそれも理解した。
時間ある、なんて聞いてきた割にはそれはほぼ強制だった。「こっち」と促されてしまう。美久はそれに従うしかなかった。
急に心臓が冷えてきた。なにをされるのだろうか。
暴言を吐かれるのかもしれない。殴られたりするのかもしれない。
そんなことに縁などなかった美久はなにが起こるかもわからずに、おろおろするしかなかった。
ただ、はっきりと恐ろしさが這い上がってくる。
あかりとその友達数人によって、体育館脇まで連れられてしまった。こんなところ、普段は誰も通りかからない。余計に恐ろしくなってしまう。
そこであかりは、じっと美久を見つめた。美久は踏みとどまったものの、内心は数歩後ずさったような気持ちを感じていた。
美久がびくびくしているのを感じたのだろう。あかりは余裕ありげな様子で、でも冷たい声で言った。
「綾織さん。快に近付かないでくれる?」
思った通りのことだった。最初に快と街中で過ごして、帰りの駅であかりに出くわしてから。
事あるごとに面白くないような視線を寄越されていた。
その理由がこれというわけである。
「ち、近付く……なんて」
美久はやっと口を開いた。でも声は震えた。今のものは純粋な恐ろしさからだ。こんなふうに囲まれて問い詰めるように言われて、怖くないはずがない。
「話しかけたり髪型変えたりさぁ」
「あからさまなのよ」
周りの子が口々に言った。それは確かにその通りだった。
近付いている、なんて嫌な言葉で言われるいわれはないけれど、話しているのも、髪型を変えたのも、それは事実だ。
でもあからさま、なんて。そう思われているということは。
「きれいになれば久保田くんも振り向いてくれる、って期待してるわけ?」
一人の子が言って、それは美久の頬を赤く染めさせた。
振り向いてくれる、なんて。勿論、恋愛的な意味であるに決まっているだろう。
好きだとか、恋をしているだとか、まだ美久の中でははっきりしていなかった。
けれど気になっているのは確かだったのだ。だからすぐ「違う」とも言えない。
美久の反応で、とりあえず快に好意を持っているのは知られたのだろう。あかりはじめ、その場の子たちが鬼の首を取ったようになる。
「そんなわけないじゃん。快は見た目をちょっと変えたくらいで釣られるような男じゃないって」
あかりのあとに、ほかの子も追撃してくる。
「それに、髪型変えてコンタクトつけたくらいじゃ、顔は変わらないしね」
「やだー、言いすぎだよ」
悪口まで言われて、美久の心に今度は怒りが生まれた。もう一人の子がそう言ったけれど、明らかにフォローではなかったことも手伝って。
面白がっているのだ。この状況を。
顔立ちのことなんて言われる筋合いはない。
以前の美久だったら怯えて「ごめんなさい」と謝ってしまっていたかもしれない。
でも今の美久は違う。
ひとはすぐにそんなに変われるはずはない。恐れて、謝って済ませてしまいたい気持ち、今の美久の中にもたっぷりあった。
でももう一歩、二歩。確かに進んだのだ。ここで「ごめんなさい」なんて言ったら後戻りだ。
だから口を開いた。
「ごめんなさい」ではない言葉を言う。
声はやっぱり震えてしまったけれど。
「き、桐生さんは……久保田くんと、付き合ってる、の?」
もしそうであれば、美久の返事は決まっていた。
「邪魔をしてごめんなさい」だ。付き合っているのなら、確かに快に近付くのは良くないことだろうから。
友達付き合いが悪いとは思わないけれど、それは彼女である子には失礼だから。
「幼馴染みよ。昔から知ってるの」
でもあかりの答えは違っていた。付き合ってはいないのだ。
ただ、美久はわかった。
あかりは快のことが好きなのだ。そしてそれはきっととても深い想いなのだろう。
片想いをしている相手の近くにほかの女の子がいるようになれば、面白く思わなくて当然。
その気持ちは美久にもわかる。
ただ……それなら美久に文句をつける理由にはならないだろう。
「でも今の快は誰かと付き合ったりしてる余裕はないの」
なのにあかりは続けた。もっともらしく聞こえる理由を。
それで美久が『あかりの片想いを優先させて、身を引く』と思ったのだろう。美久が引っ込み思案でおとなしい性格なくらい、もう同じクラスで長いのだからよく知られているし。
でもやっぱり。
ここで理不尽に負けたくない。
美久は思った。
見た目を変えたこと。
それは美久に勇気をくれることだった。
こんなことを言えば、恐れていたようにいじめられたり、殴られたりするかもしれない。
それでも、美久がためらったのは数秒だった。震えるくちびるを動かす。
心臓は冷えていたけれど、ここで逃げてしまったら後悔する。その確信が美久を奮い立たせた。
「それは……」
絞り出した。あかりがちょっと眉を寄せる。
その瞳を見つめた。
もう、クリアに見えるようになった視界で。
まだ声は震えていたけれど、美久は言い放った。
「それは桐生さんじゃなくて、久保田くんが決めることだと思う!」
美久が反撃するようなことを言うとは思わなかったのだろう。あかりの目が丸くなった。
以前の美久なら怯えて「ごめんなさい、ごめんなさい」と言っていたから、その通りになると思っていたのだろう。美久を捕まえて、文句をつけはじめたときと同じだ。自分のほうが力があって、上だと思っていたのだ。
その美久が噛みつくようなことを言うなんて、という顔をしていた。
でもその顔はすぐにしかめられる。不快だ、という気持ちが顔いっぱいに広がる。
「そんなこと……。少なくとも私はあなたよりは快のことわかってるわよ! あなたに言われなくたってわかるんだから!」
その理屈は無理があった。けれどあかりはそう言うしかなかったのだろう。
引くつもりも、美久を追い払う気もなかっただろうから。
でも美久だって、逃げるつもりはない。お腹の下に力を込めて、逃げたい気持ちを必死にこらえた。
しばらく、あかりと美久は睨み合っているという状態になる。沈黙が落ちた。
周りの子が戸惑っているのが感じられた。まだ優位に立っている、という気持ちも伝わってきたけれど。
なにしろ美久は一人きりで、あちらは複数なのだ。余裕があって当然。
数秒後。不意にあかりが動いた。
殴られるのか。
美久は流石にびくりと体を震わせた。
けれどあかりのしたことは違っていた。
美久の腕を掴む。その力は強く、美久は思わず呻いた。
そんな美久の腕をあかりは無理やり引っ張った。どこかへ連れて行く、という仕草を見せる。
なに、いったい、どこへ。
思ったけれど、「やめて!」と振り払うことは、今度はできなかった。腕を握られたことで恐怖が生まれてしまったのだ。
「わからないなら、ここで思い知ってもらうから」
連れられたのは、そばにあったドアだった。
なに、ここ。
美久は知らないところだった。あかりのしようとしていることを知ったらしく、一人の子がそのドアを開けた。
中を見て、美久はそこがなにかを知った。
なにか、学校の整備に使う用具が入っている倉庫のようなところだ。
そしてどうされようとしているのかも知った。
……閉じ込められようとしているのだ。