「三巻を借りようと思ってさ」
 快は例のファンタジー小説を手にしていた。二巻まで読んだと言っていたので、その続きということだ。
「そうなんだね。私はあのとき買った一巻を読んじゃったから、五巻を借りようと思って」
 あのとき買った文庫本の一巻はすぐに読み終わってしまった。一回読んで展開がわかっていたのでするっと読めてしまったのだ。
 けれど一回読んだだけではわからなかったことがわかってきた。
 ここは複線だったのだとか、このセリフは本当はこういう意味があったとか。
 そういうことに気付けたのだから、やはり買ってよかったと思った美久だった。
「あ、でも五巻は今、ないみたいだな」
「あれ、そうなの? ……ほんとだ」
 快に近付いて、棚を見ると確かにない。四巻の隣には六巻がある。五巻は抜けていた。
 誰かが借りているのだろう。今日は残念だが借りられなさそうである。
「仕方ないね。次にするよ」
「そうだな。代わりにほかのを見る?」
「うん、ないならほかのいいのを探してみようかな」
 快はもう三巻を借りることに決めてしまったらしい。
 そのあとは美久が本を探すのに付き合ってくれた。
 図書室では騒いではいけないので大声では話さなかったけれど、小さな声で話しつつ本を見ていく。
「へぇ、文芸部なんだ」
 今更ながら、お互いのことも少しずつ話していった。
 美久が文芸部に所属していると話すと、快は「たくさん本が読めて楽しそうだ」と言ってくれた。
「久保田くんは? なにか部活とかやってるの?」
 これも何気なく美久は言ったのだけど。
 返ってきたのはさっきと同じ、ちょっと困ったような笑みだった。
 なんとなくわかった。
 これはあまり話したくないとか触れられたくないとか……そういう話題のときの顔なのだ。多分。
 でも快が言ったのは普通のことだった。
「バスケ部だよ。マネージャー」
 バスケ部もマネージャーも、ごく普通の所属ではないか。快がどうしてあの微妙な顔と反応をするのか、美久にはわからなかった。なにか事情があるのだろうけれど。
「前は選手だったんだけどね」
 ぽつっと言ったこと。
 それがきっと、『事情』のひとかけら、だったのだろう。
 そのひとかけらは美久に伝えてきた。
 今、快がバスケ部のマネージャーとして過ごしているのは、あまり楽しくないことなのだろうと。
 そんなこと、軽率に指摘も話題にもできない。
 そんなに親しいわけではないのだから。なので曖昧な返事をするしかなかった。