「む、無理だよそんなとこ、オシャレなんでしょ」
「綺麗になりに行くんだから当たり前でしょう」
 慌てて手を振ってしまった美久だけど、留依はそれを聞いて膨れる。
 そう言われればそうだけど。
「美久、せっかく髪、綺麗なのにただ揃えてるだけなんだもん。勿体ないよ。うまくカットしてもらったらもっとかわいくなるのに」
 その言葉にはちょっと落ち込んでしまう。
 もっとかわいくなる、ということは、今は大してかわいくないということで。
 自覚はあるけれど。
 顔立ちは置いてもいても、オシャレに関しては女子高生の中では知らなさ過ぎる部類だろう。
 それを留依に遠回しに言われてしまって落ち込んだけれど。
 留依は笑みを浮かべた。優しい笑みを。
「かわいくなりたくない?」
 それはお誘いだった。美久に手を差し伸べてくれるお誘い。
 留依はいつもこうだ。美久の手を引いて、どんどん先へ進んでしまうのだ。
 それにちょっとあたふたしてしまうことがあっても、その先にあるのは大抵素敵なことなのである。
「それは、……なくは、ない、かなぁ」
 返事は濁ってしまったけれど、少し前に考えてしまったことを思い出す。
 このままでいいのかな。
 まだ悩んでいるけれど、きっとこれは同じ。
 街中で快に誘われて「行ってみよう」と決意したときと同じなのだ。チャンスだ。
 髪を切るだけだ。ヘンな髪型にされるはずもないし、ちょっとだけ。
 思って、美久は思い切って「じゃあ……お母さんに相談してみるね」と返事をしたのだった。
「やったぁ! どんなのがいいかな? あとでヘアカタログ見てみようよ!」
 まだ相談してみる、と言っただけなのに留依はとても喜んでくれた。スマホを出してあれそれ弄り出した。
「あ、え、えっと、いくらくらいするのかな? 高いかな……」
 気になるのはそこ。普段の美容院はお母さんが出してくれるしそんなに高くないけれど『サロン』なんてところの料金は知らない。そんなオシャレな名前のところなのだから、すごく高いのかもしれないと思ってしまったのだ。そのくらいも美久はまだ知らない。
「そんなことないよ! あとで料金表見せてあげるね。それに私、こないだ行ったときに割引クーポンもらったからあげるよ」
「えっ! いいの!?」
「美久のためならそのくらいかまわないって」
 いつもしているようなやりとりのはずなのに、今日はなんだか違っていた。
 予鈴が鳴って、ホームルームがはじまって、授業がはじまっても美久は今日、違うことばかりが気になっていた。
 髪を切る。
 お母さんは、いいと言ってくれるだろうか。
 染めるわけじゃないから、不良みたいでいけません、とは言われないだろうけど。
 あんまり高かったら、いつものところでいいじゃない、って言われちゃうかも。
 でも……できたら、行ってみたい。
 そんなことをぐるぐると考えた美久。
 それはあとから思えば、自分を変えるための第一歩だったのである。