綾織 美久(あやおり みく)。
 十色(といろ)高校二年生、2-A組。
 好きなことは読書、図書室に通うこと、それからもうひとつあるのだけど……これは美久の中で、秘密に近いことであった。少なくともひとに話すことはあまりない。
 それはともかく、今、教室の真ん中あたりの席で真面目に現代文の授業を受けている美久は、前述の通り非常に地味な女の子であった。
 黒髪はサラサラだけど、単に切りそろえているだけなので、髪型としては洗練されているとは言いがたかった。
 眼鏡も流行りのものなどでなければ、凝ったフレームでもない、シンプルな黒ぶち眼鏡。
 小柄で体型は普通。
 制服は私立の学校なのでオシャレだけど。紺のブレザーに、赤チェックのスカート。赤のリボンタイ。
 しかしそれも、ジャケットはきっちり全部のボタンをはめて着て、スカートも膝ぎりぎりの優等生な丈という着方。
 そんなあれそれで、外見的に目立つところはなにもないのである。
 美久としては、お店やスマホなんかでかわいいお洋服、メイク道具、それから雑貨なんかを見るたびに「かわいいなぁ」とは思うのだけど、自分に似合うとはあまり思えず、その気持ちからあまり手を出そうとも思わなかった。
 興味がないのではない。
 けれど、引っ込み思案で内向的なところも手伝って、万一ほかの子などに「綾織さんには似合わなくない?」と言われたりしたら……などと気になってしまうのだ。
 なので美久の興味と情熱はもっぱら本を探して読むことと、それから所属している文芸部の活動に向いていたといえる。
 友達はいないこともない。文芸部の子たちとは仲良くやっているし、クラスにだって何人か仲のいい子はいる。その子たちも静かな子たちなので、一緒にいても騒いだりしないだけで。
 だからあからさまにネクラでぼっち、というわけではないのだけど、やっぱり昼休みにはしゃいでいた女子グループ、そういう子たちにしたら、まるで道端に生えている草、そのくらいにしか認識されていないだろうタイプである。
 ただ、学校生活が楽しくないとかそういうことはなかった。
 授業は楽しいし、勉強は得意だから苦でもないし、テストなどでも割といい点が取れる。
 こういう地味な女の子にありがちな『運動が苦手』ということもあまりない。
 そりゃあ、運動部に入っているような子たちには到底及ばない。
 けれど走れば人並みのタイムは出せるし、マラソン大会で脱落、なんてこともない。
 だから体育で恥をかいたりという経験もほとんどない。よって、体育の授業も嫌いではない。
 球技などのレクリエーションなどは苦手だけど。
 球技自体は嫌いではないけれど、レクリエーションは、あくまでお遊び。真剣勝負ではない。
 クラスの中心女子たちメインできゃっきゃと遊ぶようなものだから、美久は努めてボールを手にしないように、ドッジボールなら当たりもしないように……と意識して過ごすのだった。
 そう、強いて言うならそういうレクリエーションや集会などが苦手な以外は、おおむね学校生活は楽しいものだったといえる。
 活躍や目立つなんてことはできないし、そうしたいとも思わないけれど、うまくやればいじめられることもない。平和に過ごせる。
 学生生活としては十分ではないか。
 美久のスタンスとしてはそんなもので、それに従って、今も先生が「ここ、わかるひと?」と挙手を募っても視線を逸らすだけだった。
 予習をしてきたからわかる、けれど。クラスメイトの前で堂々とは言えない。
 そして指名ならともかく、手をあげるのが自由なら、自らそういうことはしたくないというわけ。
 でもそんな美久が気にされるはずはない。
 先生も「お、じゃあ鈴木、前に出て書いてみろ」と、勉強が得意な男子生徒を選んだ。
 彼が黒板の前に出て答えを書くのを……美久もしっかりわかっていた答え、を書くのを。
 机に着いたままただ見守ったのだった。