技術だけではない。絵から『表現したいこと』や『描いたひとの気持ち』が強く伝わってきたからだ。
 このひとはきっと、この季節、この時間、そしてこういうどこか懐かしい場所が好きなのだろう。なにかしら思い入れがあるのだろう。
 見ただけでそれを伝えられるのはある意味、技術よりもすごいことだ。
「これ、綺麗だね」
 萌江が近くに寄ってきて言った。浅葱は萌江をちょっとだけ見て、すぐに絵に視線を戻してしまった。
「うん。なんだか吸い込まれそう。絵の中に立ってみたいな」
「ああ、わかるよ。この場所なんて知らないはずなのに、なんだか懐かしい感じがする」
 その絵は萌江にも多少なり印象を残したようだ。きっと浅葱ほどではなかっただろうけど。
 やっぱり本当は何時間でも見ていたかったのだ。でも自分だけ我儘をするわけにはいかない。ほかの子たちと一緒に来ているのだから。
 「そろそろ行こうよ。お茶でも飲みに行こ!」なんて呼ばれてしまっては行かないわけにはいかなくて。
 後ろ髪を引かれる思いで、せめてもと、ちらっと振り返って目に焼き付けたのだった。
 それが蘇芳先輩との『出会い』。
 なので重色高校に入学して、絵を描いた本人である蘇芳先輩に本当の意味で出会ったとき。
 心臓が飛び出るかと思った。知らないひとだけど、こんな素敵な絵を描いたひとなのだ。名前くらいはほんのり覚えていたのだから。すぐわかった。
 まさか本人に会えるとは。しかも同じ学校、同じ美術部。先輩。こんな、近しい関係になれるなんて思わなかったのだ。
 そして感動したのは浅葱だけではなかった。萌江も「あの絵のひとじゃん! すごいすごい、まさか会えるなんて。それも先輩になるなんて!」と大いに感動していたものだ。
 そんなふうに。
 本人に会うよりも、先輩の『絵』にある意味一目惚れしてしまった浅葱。
 先輩本人に恋をしてしまったのは自然なことだっただろう。
 浅葱の心を惹きつけたのは、絵が魅力的だったから、だけではない。そこには蘇芳先輩のすべてが、気持ちやら人柄やら想いやら……すべてが詰まっていたのだから。
 そういう絵を描いた本人。蘇芳先輩は絵から伝わってくる印象そのままに、あたたかくて、優しくて、思いやりに溢れた素敵なひとだった。