その日は例によって蘇芳先輩……いや、二人の帰り道だったのだから『壱樹先輩』だ。彼と連れ立って帰っていた。
 十二月の学期末。最後の日だ。
 すぐに年末がやってくる。年末は普通に家族と過ごすことになっていた。大掃除にかりだされるのがだいぶ億劫だけど。
 でもすっきりした家で年始を迎えられるのは気持ちがいいから。掃除はあまり好きでないけれど頑張ろうと思っていた。
「いやぁ、無事に終わったな。自分のものだけじゃなくて部員みんな満足いく出来になって本当に良かった」
 壱樹先輩は心から嬉しい、安心した、という表情で言った。
 今日も浅葱の手をしっかり握ってくれながら。
 浅葱は毎日手袋を持っていたのだけど、帰りは大抵片方しか使わなかった。
 壱樹先輩にもらった初めてのプレゼント。赤い手袋だ。
 あれはふわふわやわらかく、手を優しく包んでくれるもので。冷える朝にはとてもありがたかった。
 そして帰りもするのだけど、それは片方だけ。
 ……壱樹先輩と繋がないほうの手だけ、つけるのだ。
「お疲れ様でした、壱樹先輩」
 壱樹先輩、をそう呼ぶのはまだ数日しか経っていないのでまだくすぐったい。けれどすぐに慣れていくのだろうな、とも思っていた。
 そのために何回も呼びたいな、と思ってしまうのはちょっと恥ずかしいけれど。
「ああ……三年間か。長かったような、一瞬だったようなだよ」
 壱樹先輩は肩の荷が下りてほっとした気持ちと、次の世代にバトンタッチして寂しい気持ちが両方あるのだろう。それをそんな言葉で表現した。
 浅葱も寂しい気持ちでいっぱいだった。来年への希望はたっぷりあるし、壱樹先輩だってまだあと三ヵ月は重色高校にいる。
 けれど、その先のこと。
 その先、つまり壱樹先輩の進路であるが、ちらっと聞かせてもらっていた。
 予定通り美大を受けるのだと。受験勉強もしっかりしているようだし、美術部部長として忙しくしていたというのに流石である。
「壱樹先輩は多真美(たまび)を受けるんですよね」
 浅葱は前に聞いたことを尋ねてみた。
 『多真美術大学』、略してたまび、だ。
 ここから少し電車に乗るけれど遠いというわけじゃない。
 壱樹先輩もそのまま頷いた。
「ああ。受かるといいけどな」
「絶対大丈夫ですよ」
 受験勉強や美大の受験に必要なことや、浅葱がまだ知らないことを話してくれて、興味深く聞いているうちにふと先輩が言った。
「俺も去年、先輩に色々教えてもらったんだよ。受験についてさ」
 先輩に教えてもらった、という言葉。浅葱はぎくっとした。