恭矢は無言のまま青葉を部屋まで連れて行った。真っ暗な部屋の電気を点けて、青葉の匂いがするベッドに彼女を座らせた。青葉は四肢に力が入らないのか、まるで人形のように恭矢にされるがままであった。

 青葉がこんな風になってしまったあの日のことを、恭矢ははっきりと覚えている。

 昨年の冬、青葉が恭矢に抱きついて朝まで離れない夜があった。何があったのかを聞いても決して口にしなかったけれど、その日から青葉は外に出ることをやめ、生きる理由を恭矢に求め始めた。

 当時の恭矢は、青葉が元気でいてくれるならば、彼女の望むままの存在であろうとした。

 青葉が家事をやってくれれば褒め、青葉が笑えば笑い、青葉が抱きついてきたら抱き締め返した。

「……青葉。俺たちがこのままじゃいけないってことは、わかってるよな?」

 青葉は恭矢がいなければ生きていけない。青葉にとって、恭矢が人生のすべてだからだ。

 だけどこのままではいけないということは、お互いにわかっている。恭矢ができるだけ優しく青葉の髪の毛を撫でると、彼女は静かに頷いた。

「少しだけ、一緒にいる時間を減らそう。少しでも離れないと、何も変わらないよ」

「……恭ちゃんの好きなひとって、誰? 同じ学校のひと? バイト先のひと? 何歳なの? 可愛い? どれくらい好き?」

「……可愛いよ。もっと彼女のことを知りたいって思うくらい、なんでもない時間に彼女のことを考えてしまうくらい、好きだ」

 もう何を話しても傷つけるなら、正直な気持ちを真正面から青葉に伝えようと思った。

「そっか。それならしょうがないよね。どんなひとなのかあとで紹介してね。わたし、恭ちゃんとその子が上手くいくように、ちゃんと……」

 笑顔を作ろうと試みていた青葉の言葉が詰まり、恭矢は彼女の感情が振り切れる瞬間に怯えた。悲しみの中で青葉が不自然なほど明るく振舞おうと試みたとき、反動で後から感情を爆発させることを知っているからだ。

「……いや! 駄目なの! 恭ちゃんの隣に、わたし以外の女の子がいるなんて嫌なの! お願い恭ちゃん、わたしから離れないで! 離れないでよお!」

 青葉は喚き、顔をくしゃくしゃにして泣いた。子どものように泣きじゃくる青葉を抱き締めると、彼女は素直に恭矢の胸にしがみついた。

 普段はしっかりしている青葉だが、この状態になると龍矢よりも幼い子どもなのだ。過去に何度か経験したが、この青葉を慰める方法は抱いて、泣きやむまで待つしかない。

「ごめんね、わたしもっと強くなるから……。恭ちゃんに好きな子がいても笑顔になれるようにがんばるから、ごめんね……!」

 青葉を言い訳にはしたくない。だけど、こんな姿を見せられたら身動きが取れない。

 青葉は恭矢にすべてを委ね、恭矢は青葉にすべてを託している。こんな共依存のままではお互い幸せになれない。彼女のことを家族として、愛おしく思っているがゆえに何もできないのだ。


 その夜、青葉は恭矢から離れようとせず、恭矢もまた彼女を一人にしてはおけなかった。

 月明かりの入る青葉の部屋で、彼女の呼吸を聞きながら、恭矢はある決意を固めた。

 由宇への恋心を忘れ、これからは青葉を大事にしていこう。

 由宇には男としてではなく、友人としてできる限りのことをしていこうという決意を。