春の雪、喪主する君と二人だけの弔問客 ~近江従兄妹通夜日記

いつから その古い大きな金庫は、シオンの家に あったのだろうか?

母が言うには、ある日 祖父が送りつけてきたとのことだが。

シオンの部屋は 離れにあって、いつも友達が クラブの帰りに寄ったりする。というのも、シオンの部屋は 女の子の部屋にしては 渋く、それが 『いい感じ』らしい。

シオンは いつも学生時代、美術部的なクラブに所属してきたので、どうしても 自分の部屋は 作業をするからか、ちょっとしたアトリエにと化す。そこに、趣味のアンティーク雑貨が混在して、一見 骨董市みたいな部屋なのだ。

その中にあって、存在感を放っているのが、祖父の古い金庫だった。

シオンの友人達は 遊びにきては、この金庫を見ていたので、祖父が亡くなり、シオンが鍵を見つけた際はなかなかの 噂になった。それは、『祖父の金庫』の開放式を 友人達とするぐらいだった。

集まった、女友達の目の前で、恭しく シオンは鍵を差し込み、ハンドルを引く。

女子達は、さぞかし素晴らしい物が入っているだろうと、期待の眼差しだ。

なのに、入っていたのは、色気なく、金庫の大きさにも 似つかわしくない、3つのモノだった。

玉璽のような風合いの印鑑。

菊紋が入った陶器の貨幣を入れた
陶器の銘々皿。

元は窓に嵌めていたであろう、
ステンドガラス、しかも一部分。

全員が、

『何?!これっ?! これだけ?!』

と叫んだ。




シオンの話を聞いた、レンは くくっと 口の端を上げて 苦笑いをし、ルイは呆れた口をしている。
女ってヤツわ、という 顔か?

「本当はねー、中に宝石とか、それこそ、真珠の指輪とか、アクセサリー?あわよくば、お金があるかもって、あたしも、友達も 思ってたー!」

シオンが、女ってヤツらしい悪戯な微笑をすると、

「ふ、可愛いよね。」

と 口を弓なりにした レンが続けて、ルイがそれに、チッと舌打ちをし 非難めいた白目を投げた。

「大きな印鑑は 屋号が入ったものだったから、お祖父様の商い決算判だとわかったし、銘々皿も お祖父様の生家で見た物だって、ピンときた。あとは、お金と、ステンドガラスの謎ってなるわけ。」

お構い無しに、シオンは 口に指を当てて思案顔を わざとらしく作った。見方によれば、内緒の仕草だ。

と、その時 式場の入り口が 『ガタガタっ』と音を立てた。

シオン達は 驚いて、その自動ドアの方を見る。

とても、遅れた弔問客?

誰か来たわけでは、ない。ようだ。自然と、棺にも視線が集まった。

ひとまず レンが ドアへ寄ると、

「これは、外の風が強いな。吹雪いてるのか?」

独り言のように 言って戻って来た。
そう言えば、少し寒さが増した気がする。
シオンは、自分の両肩を手で抱いた。

「なんか、寒くない?暖房ついてるのに……。」

そんなシオンの姿を見た ルイが、シオンの背中をさすって、

「外の温度が 低くくなってきたかもな。それとも、暖房が バカになってきてんのか。ああ、事務所に ストーブねーか?」

と いいながら、無人の事務所に入って 行く。

レンが 暖房の温度を上げつつ、
棚に備え付けた、ポットの再沸騰ボタンを押して、

「シオンが見つけた、モノ。きっと、お祖父様が大事にしたもの。ってことだよね?」

そう 聞いたので、シオンは 少し間を開けて、 頷く。

ルイが、黒い ダルマストーブを担いできた。

「いーもん、あった。これも点けよーぜ。さみーよ。」

きっと、ルイの 店でも点けているのだろう。

「シオンが染め付けた、あんな 皿が入ってたんだろ? 入ってたのが祖父ーさまが 売ってた皿ってことか?」

ルイは 顎で、シオンの皿を示して、ダルマストーブの前蓋を開き、ネジを回す。スイッチを引き落とすと、ストーブの前窓に火が上がった。

メラメラと燃える火が見えると、それだけで温度が変わる気がする。

「うん。でもね、『売ってた』でなく、『作ってた』皿なんだよ。」

「近江商人の マーケティングの賜物なのかな?『初代』さんも、『二代目』さんも、お酒業から料亭 、宿場業も手広くやるようになるの。 物流を主軸に、オーナーって形なんだけど、」

シオンは 再び

「お江戸の『懐事情を支える 税収』って、『何がメイン』だと思う?」

と、レンとルイに問題をだした。

「時代劇の世界だから、米だろ!!」

またか!っというかのように、ルイは即答だ。でも、レンは冷静にシオンに返した。

「米、うーん、それは『物納』だよね。『懐事情』なら、文字通り『税金』て、ことかな?」

手をダルマストーブに かざして、
シオンは 二人に 語る。

「そーゆーこと。で、税収の断トツ1位が、お酒!で、製糸、繊維織物だったって。それまでの、現金で税を納める力で、お祖父様の一族は、今度はモノ文化を武器にすることに転向するの。清酒業から、お茶道や 料亭の陶器の窯 を 、興すということ!です、」

ポットが沸騰の合図を
『ピーっ』と鳴らした。

『初代』は
尾張は 金山あたりの高台に建つ、新しくなった 料亭『酔雪楼』から、夜の眺めを望んでいる。

ここは、その建物の名のごとく、『酔うような名月』を仰ぎ見、夜に 浮かび上がる 雪平原が どこまでも、眼下に拡がる景勝の楼閣だ。
その先には、日本一の霊山 富士山さえも、姿を拝める。

本来は、平原ではなく 夏場であれば、田園風景が拡がるのだ。

都人からみれば、この牧歌的な田園風景が 『詫び錆び』と、『日の本らしい原風景』を垣間見れる、格別の場所だと皆揶揄する。

また、我も そうのように感じて、この場所を決めたのだから。

『初代』は、田園風景を借景にした、庭園を見やる。

雪が降る 田園なれば 、本家の琵琶湖畔の風景に似て、また興が乗る。

『初代』が食すは、大客間で の宴に 配膳している メニューと同様のもの。
月を見ながら、『初代』は料理の具合を確かめる。

そうしながら、
『初代』は 思い更ける。

醸造業界では、我一族は 新参もの。先入りの豪商の後追いの立場から 今、進化が必要。

武士による 戦乱の世は終わった。新しい価値が生まれ、市場の潮目が変わる。


されども、もと甘酒屋の別荘を買い入れて、雅文人墨客が交遊する料亭、いうなればサロンとして開いたのは、やはり正確だ。

名古屋城下の魚棚地区に、もともと支店を置いているのが、支店の進言で、この建物の売り情報を得れた。

城下の支店は 料亭として、依然より十分な売り上げが算出し、あそこからの支配人候補は 優秀である。
近く、暖簾を分けるのが良いな。

江戸は、政治の中心だが、将軍吉宗殿の時の『倹約』精神が 今だ残る。かえってこの尾張、名古屋城の殿は、華美で流行好き。その息づかいが残る為、芸術や文化が盛んだ。

京が近いというのも、あろう。窯元も多い。なにより、城自らに御庭窯がある。

『初代』は、明日からこの『酔雪楼』の庭にも、御庭窯と同じく楽焼窯の建設をする予定だ。

この場所で、新しい茶道器の流れをつくる。
量産目的ではない、それこそ、信長殿が、技物を以て、戦の褒章としたような器達を、造ると思う。

楼の名前をとって、『酔雪焼』にするのがよいな。

ああ、宴の御客人が、わが楼の料理に 雅な句を歌う 余興を始められた。

『初代』の姿に 後ろには、とてつもなく大きい光。

月が綺麗だ。
ルイは、夏の暑さが見せる 陽炎のような闇の中にいた。

地面から昇る、熱気のような闇。
その向こうに、夕焼けの陽が見えて

人影がある。

ルイは、その陽を背景にいる、人影に 全力で走った。

まるで、
時間が半分になってしまったような、スローモーション。
自分の体が 思う速度で、動かない。

ルイは叫んだ。

なのに、ルイを取り巻く、燃える闇は、
無音の世界だ。

叫びながら、
ルイはこれが

夢だと思った。

いつの間にか、夢に落ちてる。
なら、
そうルイが 走しる先には
間違うことの無い、
人影。

人影は、
床から高く積み上げられた、
いくつかの『皿の搭』を前に、
絵付けをしている。

シオン。だ。


夢なら、

いつもの 夢なのだから、

そう声にならない、叫けびを上げて、ルイは目の前のシオンを
両腕で 閉じ込める。

途端に、閉じ込めた シオンは
霧散した。

ルイが交差させた 両手のままに、また叫びを上げる。

ふと、隣の闇に
赤い炎が揺らめいた気配。

その前に、黒紋付きの着物を上半身落とした 男が立っていた。

その手には、片手ずつ、
あり得ないほど薪が指の間に挟み込まれて。

指の間から 、どんどん生まれる薪を
男は、大きく振りかぶって、赤い炎に投げ込んだ。
投げて、投げて、投げ込みまくる。

ルイが 赤い炎だと思ったものは、窯だ。

男は窯に、薪を
ルイの目の前で、メチャクチャに投げ込んでいるのだ。

いや、メチャクチャじゃない。

ルイには
まるでその男が、
燃える大太鼓を 薪で舞叩く、
楽師の如くに見えた。

窯の楽師。

すると、その向こうに
夕焼けに焼ける、
田園風景が横たわって、
宴会?をする人々が
スローモーションに浮き上がってきた。

男が舞い入れる薪が、
勢いを増す。

窯は、機関車の煙と化した、火の粉を撒き散らし、ルイに纏わりつく。

払っても、払っても。

闇に浮き上がる宴と田園に、
火の粉は 散りばめた
蛍火にも見える。

ルイは、
その炎に当てられた男の顔を、
自分に似ているように感じた。

やめろ!
それ以上
燃やしまくれば、もう、

爆ぜてしまう!

ルイが 男に感じた瞬間、窯が燃え上がり まるで バックドラフトだろ!!

豪炎化した。

背景となる 宴の人々を照らす
赤い色が ぐっーと、深くなる。

炎の爆風と熱に飲まれそうになり、ルイは片腕をかざして、
必死で逃れる。

舞い上がる 紅の蛍。

窯は、燃え尽きて、

立ち上っていた闇が、

降ってきた。

シオンは、ダイニングチェアに座る ルイの足を、テーブルの下で、カッと蹴った。

「って!」

目の前にある、ルイの肩がビクついたのを、ニヤついて見るシオン。

「ルイ!目、開けたまま、寝ないのー。」

「おまっ、なにしゃがる、ん、だっと!」

そう言って、ルイは 自分の長い両足で、シオンの両足首を 挟んで 自分に ぐっと 引き寄せた。
足を挟み引かれた、反撃で ルイの向かいに座る、シオンの頭が テーブルに くん、と沈む。

「やっ?! 、やめてよ。落ちる!、寝てたくせにー!」

シオンは、ダイニングチェアの座面に肘を立てて、ズレた態勢を直しながら 憤慨。

「ざまーみろ。寝てねーつーの。」

そう 言って、ルイは足と腕を 大用に組みながら、

「で、祖父ーさまのじーさま?は、窯を興して、酒屋から陶器に、扱う品モンをかえたってことだな?」

と、シオンを 上から目線を入れつつ見た。シオンの横に座る、レンが シオンの乱れた後ろ髪を、直して、宥める。

「まあ、寝てなかったってことでね?」

それに、捻るようにシオンは、

「う~。まあ。」
続けて

「簡単な、扱業種を変えるって事でもない、かなあ?~」

と、まとめる。



『初代』は
料亭の庭で 楽焼の窯を作り、料理皿として 世に出す。
そうして 『酔雪焼』が
まず、文化人の目に留るようになった。

『二代目』は更に、城下に近い所に窯を持つことが出来ようになる。
『夜寒の里』と言われる区画。
現在の熱田神宮の北に、興した楽焼の窯での、茶道器は
『夜寒焼』と呼ばれ、ちょうどWA・BI・SA・BIスタイルにマッチしていく。

御庭焼のような 楽焼は、決して量産のタイプではない。
後、『初代の酔雪焼』と、『二代目の夜寒焼』共、余り数が無い事でも分かる。

一族の当主は、
自ず窯元の陶器で、
量的な、市場シェアの支配を目指さない。
もっと 違うアプローチ。
国内外陶器の価格を、
全て決定する実権を、
結果、手にした。


たかだか、陶器商人の話かもしれない。
けれども、
戦乱が終結し、
褒章の領土を渡すこと叶わなず、金小判も産出が自由でなし、
過ぎたるは 謀反資金になり得る
金とて 易々と渡せぬ。

そんな時、
『類い稀なる茶器』というのは、江戸においても、
男の社交にあって
誉れという名の
重要かつ安全な禄となる。
信長も使った手法だ。


市場にある、
全ての陶器の価格を決定出来る力。

それは、江戸幕府が用いる、
『禄の価値決定』を持つ事と
闇に同様となる。



レンは、シオンが体験で絵付けした皿を、ルイに ツィーと渡す。

「この焼きって、信楽焼きと違うの?」

レンの手から皿を受けると、ルイは眺めながら、

「んじゃあ、この皿みてーな楽焼って、 どーゆーモン?」

と、シオンに問うた。

「もともと 秀吉が京に建てた、『聚楽第』近くで焼いた『聚楽焼』からの 『楽焼』なんだよ。『ろくろ』を使わないで、手で作った器を、庭なんかに組んだ窯で焼く焼物。よく、いかにも信楽ーって窯は、穴窯、登窯って、もっと 高い温度の窯なんだって。」

シオンの応えに、皿を指の爪で、チンと弾く、ルイ。

「陶器商人なのに、大量生産じゃ無い。オモシロイね。」

レンは 呟いて、さっき再沸騰させたポットから、今日何度目かのコーヒーを淹れようとした。ので、シオンは、

「あ、あたし、淹れるよ!」

慌てて立とうとする。けれど、レンは シオンを制して、三人分のコーヒーを淹れてしまった。
寒い。
時間の感覚が、狂う?そんな夜を感じるのは、この夜が『寝ずの番』だからなのか?

シオン達が レンの淹れ直したコーヒーに、手を付ける刹那、

灯っていたオレンジの光が、ゆっくりと 光量を陰らせ、また灯り始めるを、した。


「え、何!あ、あつっ!」

一瞬、暗くなりかけた 驚きで、シオンは、カップを握る手を 狼狽えさせて、 上下した。

なので、淹れたての カップの中身が、勢いよく 手に掛かる。

「あつーぅ、やった」

シオンが 慌てて、カップを置くかいなかで、レンが

「すぐ、冷やす。」

と、ミニキッチンの流しに、シオンを 生むも言わせず 連れていく。
と、後ろから囲むように シオンの手を取り、繋いだまま 蛇口の流水に浸した。
なんだ、この早業。

「ちっ!マジ、ドンクサイまんまだな。薬あるから、すぐ 手ぇ かせ!!」

そう 忌々しそうにしながらも、ルイは すぐに、 和室の鞄を あさりに行きながら、ブツブツ言っている。

「ブレーカーが悪くなってんのか、…最悪あれだな。やっかいだろ、、」


もう、流水で手は冷えたから、大丈夫だと、シオンが レンを振り見上げた時、そこには、漆黒しかなかった。

「わ!」

思わずシオンは 声をあげ、続いて、レンが照明を仰ぎ見るのが、背中でわかる。

「ブレーカー、落ちたのか?」

レンの声が 思う以上近く、シオンのツムジ上から聞こる。
レンが手探りで蛇口を閉めたのか、シオンの手に水の感触は消えた。

闇を改めて 認識したシオンは、
すっと怖くなる。

場所が場所なだけに、空の闇に 何かが立っていやしないかと思ったのだ。

「うー 、怖い」

あえて 声にして、自分を落ち着けようとする。
すると 闇の中なのに、大きな手が、シオンの両面を覆うのが 分かった。それは レンの手だ。

「?!」

意味が分からない、シオンに、

「目、凝らして暗いと、怖いだろ? 手で創る、暗さは、少しはマシだから。」

そう レンが、さっきよりも ずっと 頭に響くように 話す。

言われて シオンは、レンの手の中で目を凝らしてみる。

「…ほんと、怖くない。なんでか、暗いのに、レンの手の中、『天目茶碗』みたいだし。」

暗さでも、シオンは、安心した。

「おい!」

ふいに ルイの声がして、小さな光が、レンの手の間からこぼれる。
ルイが、電話の明かりを着けたのだろう。手に薬のチューブがある。

「足。」

レンは ルイに 短く、それだけ言って、シオンの手をタオルで拭いたら、自分の 電話の明かりを着けた。

「ブレーカーならいーが、こりゃ雪だ。雪で、どっか電線イカれたんじゃねーかな。今日ここら、雪、多いしな。」

ルイは、レンが シオンから動いたのを見ると、事務所に ブレーカーを見に行くのだろう。ドアを開けに歩く。

薬を冷やした手に、シオンは 塗る。

一旦 ダルマストーブを消したレンは、取っ手を持ち上げて、こんどは 和室に運び始めた。

「ルイが、言うから、きっと停電だ。なら、暖房がダメになる。」

シオンも、自分の電話の明かりを着けながら、

「すぐ、直らないかも?」

と聞いた。

雪の寒さと、停電の暗さに、急に 不安がやって来る。
ポットのお湯を キッチンのアルミ鍋に入れて、ダルマストーブに置く。
棺の前にある蝋燭は、電池なので、とりあえず 安心だ。

レンは、手際よく、もう一度ダルマストーブの火を着けた。

事務所のドアから、電話を片手に 戻ったルイは、和室の襖を タンっ、タンっ、と全部閉めていく。

「やっぱ、停電だな。ダチに、電話したら、ここらの奴等んとこも、電気つかねぇだとよ。」

それを聞いて、シオンは、

「ねぇ、暖房付かないなら、ヤバくない?荷物の洋服、全部着ようかなっ」

と、縮み上がる。
が、その言葉は、ポサッと、投げられた
式場の毛布で癒された。

「シオン。毛布も、蒲団もあるから、しっかり くるまって。」

そうレンは、ルイにも毛布を渡した。
きっちり、クリーニングされた式場の布団に、シオンは少し安堵する。

「なんだか、とんだ『寝ずの番』だよー。」

三角座りで、ダルマストーブにシオンは、にじり寄りながら、思わず ため息が出てしまった。

「俺は、一人じゃなくて、よかったよ。下手したら、今頃、ここに一人だ。」

レンとルイは、両側に シオンを 挟むように、毛布にくるまって、座った。

「『寝すの番』ってか、こんな暗闇じゃ『冬の夜話』だろ!」

「わ、やめて。今度は あたしが怖い。」
ルイを、シオンは 睨む。

「なら、なんか 話せよ。続きでも 話してりゃ、すぐ朝んなるだろ。」

そう言って ルイは、自分の毛布をしっかりかけ直した。

明かりが
ダルマストーブだけになると、
雪の夜が更けているのが、
いやでも感じれて、
シオンも 毛布をしっかり巻いた。
ダルマストーブの火に掛けていた鍋が すぐ沸騰してきた。ポットからのお湯なのだから、当然だ。

鍋から 立ち上る、ユルリとした湯気を見て、ルイが

「なあ 今、鍋に、燗入れ れたら、上手い酒、飲めるよなあ。」

と、物欲しそうに ダルマストーブを見て呟いた。
棚に グラスはあったけども、徳利は ないし、清酒も、ない。シオンも、さすがに 地酒は持ち合わせてない。

「停電の雪の夜。だしね。」

レンも、ダルマストーブを見ながら 呟く。
シオンは 思い出した様に、笑って、

「ははっ。寒いから、熱燗…。ご先祖さま達に、これこれ、ソナタらは、安直だねーって 笑われるかもねー。」

二人と同じように、ダルマストーブを見ながら 揶揄した。そして、

「『夜寒焼』って、寒い夜。今みたいなイメージでしょ? でも、茶道なんかで、『夜寒焼』ってね、敢えて 夏に使うのが粋だって言うんだよ。字面を 眺めるだけでも、『いと涼し』、ってねー。」

シオンは、三角に 立てた、自分の膝に 顔を乗せて、悪戯気味に笑った。

「なんだ!それ、すげーな。」

ダルマストーブから、シオンに目を向けて、ルイが 驚く。

「でしょ? 『酔雪楼』でだされる、料理 1つ1つに、句なんかを読むような 人達だよ。それこそ、煮物に、『一面に、湯気立つ池や、霜の朝』とか言うんだよー。おんなじ、湯気みても、ルイの熱燗とは、大違いー。」

シオンに つられて、レンも クスッと 笑うと、ルイは 明らかにムクれた。
そんなルイを 眺めつつ、

「そうだよね、『酔雪焼』とか、『夜寒焼』とかを焼き物の名前にするぐらいの人達だからね。」

子どもの頃のような 微笑みをレンがした。

「うん。窯のある所が、焼き物の名前になるんだから、そこまで考えて、選んだ土地だろうねー。なんていうか、『モノが持つ力』みたいなものを、熟知してるって 仕掛ける人だったんだなって思うよ、ご先祖さま達は」

レンを見ながら、シオンは応えた。

「シオンが、お祖父様の金庫で見つけた、焼き物は、そんな焼き物だったんだ?」

ダルマストーブの火を また目を向けながら、続けて レンは聞く。
それに、シオンは、金庫を 思い描きながら語る。

「両方の焼き、あった。二つは、極端に個性が 違う、銘々皿。そんなに大きな 皿じゃない。なのに、どっちも 一目で、心が惹かれる。あんな お皿、初めてだった。」

そう、レンとルイみたいな 存在。




「『モノが持つ力』か。そりゃまるで、オーラみたいな、もんか。それか、縁みたいな、もんなのか。」

ルイの目にも、ダルマストーブの火が燃えているのが見える。

「おんなじ様な事を 三菱総帥が言ってたかも。『天下の名器を 私如きが使うべきでない』」

片手を頬に当てて、シオンは虚ろげに呟くのに、レンは 、聞いてきた。

「それ、なんの器なんだろ、、?」

「、、さっき、レンの手の中で、言った、『天目茶碗』だよ。」

シオンが、内心で小波が立つのを、押し隠して、口をニッと上げた。

レンは、少し 間を開けて、片手を口に当てて、目を見開く。
何が、レンの頭に浮かんだだろうか。

本当に、 どこまでも、自分達は、一族の血を惹いている。そう、シオンが 思う瞬間だった。

ルイも、胡座の膝に置いてる、手を組んでいる。

ルイの心にも、なにが動いたのだろう。

三人、暫し、黙。


人は 沈黙すると、
より五感が冴えるのだろう。


さっきまで、全く気が付かなかった微かな 薫りを、
三人が纏っている。

そんな事に、今 気付いた。

そうか 三人共、
ここのシャンプーを
レンもルイも、あたしも
使ったってことだ。

と、シオンは 静けさの中、
納得した。

子どもの時のお風呂上がり、
日記を読む時以来だな。

とも、考える。

そう思うと、
何故だろうか、自然と
シオンは口を開く事が出来た。

幼なじみとか、
従兄弟とか、
そんなものだ。

ダルマストーブを、見つめるだけのレンとルイに、独り言のように
シオンは語る。

「お金って、国や時代が変わると、価値も変わると思う。でも、お祖父様の金庫で見つけた皿は、 100年たっても、国とか、それこそ星が変わっても、『その力』が感じられる『モノ』だって思った。お祖父様達が扱っていたモノの『正体』を 垣間見たって。それこそ、天目茶碗なんて、その最たるモノだと思う。」

レンも ルイも きっと、まだ黙ったままだろうから、シオンは、続けた。

「天目茶碗って、『覗くと、宇宙が見える茶碗』って、いわれる 世界で4つしかない、中国で焼かれた茶碗なんだよ。なのに、何故か全部、日本にある。かつて、信長も持っていたなんて、ロマンあるじゃない?その1つが信楽にあるんだから、見に行かないわけない。」

レンが 横で、コクリと 頷いたのが分かる。

「それにね、信楽のミュージアムに『夜寒焼』もあって、近江商人が持っていた、ステンドグラスもあるって 分かったから。」

そこで、ようやく ルイが、

「それって、金庫ん中のやつみたいなってことか?」

ちょっと食い気味できた。

「同んじゃないけどね。でも、ちゃんとした状態を見たかった。それに、あと、もう1つのモノ、忘れてない?」

「あとは、陶器のお金だよね。それって、本当に、お祖父様が作ったモノなのかな」

そのレンの問いに、シオンはレンを見つめる。

「だいたい、節操ないだろ!陶器商人が、なんでカネなんか、つくんだ。それも、そんなモン 本当に使えたのか?」

反対に座る、ルイを 今度は見つめた。

「ルイ、『初代の酔雪焼』、『二代目の夜寒焼』ときて、『三代目』のお祖父様は、『陶器の貨幣』を作ったんだよ。その違いはね、お祖父様が世襲した時の事に意味があった…、第一世界大戦、だよ。」

「戦争か…。」

レンが、ダルマストーブの火を目に宿した。

「そう、お祖父様は、正式に、造幣局から、戦時中流用貨幣を陶器で増産する依頼を受けてた。とうとう、経済そのものを動かすモノを扱う事になる」

「おま、でもそれ、金でも、銅でもねーじゃねーか。」

レンも 同じ表情だ。シオンは 言った。

「そうだよ、土から金を、本物の錬金術の要請だよ。」

ルイの息が 一瞬止まったのが、
シオンは、面白いほど 分かった。

今、

外では、降りしきっている
であろう雪。
停電の暗闇の中

三人の日記の宿題は、
間違いなく、山場を迎えた。

と、思わされた。
「本日の善き日に、神前にて、元服の儀を執り行い、三代目を襲名致します事、また、その儀の執り行い誠に有り難く存じます。」



只今を持って、元服をしたと同時に、幼名を 捨て 『三代目』となる。

未だ十代にての襲名は、余りに早計ではあるが、『二代目』である、父上が急逝。

まさか、元服の儀と共に襲名なるとは、思わない。


儀式の合図をする、鈴が鳴る。

一族が代々に 氏子頭を担っている、神社には、本来なら大勢の奉公人が、紋付き袴で居並ぶところだろう。

『三代目』の元服。
いや、元服したばかりの襲名主であろうだけでなく、国の状況もあり、『元服の儀』を内内で行い、襲名披露を明日挙行する。

巫女君が、聖水を手洗に 掲げ持ち寄る。聖水に、映り混む姿でもって、自ずから髪を上げるのだ。

それが、『髪上げの儀』。

水に映る 己の顔に、
若輩であっても
威厳、カリスマ、冷静さと、寛容さを張り付けねばならない。

『三代目』は、柘植の櫛で、伸ばした髪を簪で捻り上げ、頭頂にて
差し止める。

そして、頭髪に刀を、押し当てる。

開国となり、洋装もする為、髷を結う習慣も 変容してきた。
頭に、月代をつくる剃り上げも
失くなる。

『三代目』は、刀を手に ふと、思いを巡らせる。

大正なり、まだ数年。それが、開戦とは。
列強国に、参じて日ノ本も
大戦参加となった。
これが、どうでるだろうか。

巫女君が聖水を引き下げに来る。
『三代目』は 静かに 巫女君に、一礼した。

軍は 強気だと聞いていたが、
経済は、不況だ。
戦争景気をねらうようだが
そればかり、
甲高にも 言ってられない。

再び、鈴の合図がする。
今度は、巫女君が、烏帽子を 掲げ持ち寄る。

『加冠の儀』だ。


『三代目』は、烏帽子を 手にとり、先ほど、上げた簪部分を
入れ込むように、かぶる。

そっと、息を吐き出す。

先急ぎ 、自分にも 満州に入るよう、商い要請もあったが、乗る予定のプロペラ機が、墜落したと、聞いている。

予兆なのか、
何か意図が働いたものか。
知り得ないが、
本来 うちは、血族より衛星拠点の支配人を まず置く方針できている。


三度の鈴の合図がする。

『三代目』は、顎の下で 烏帽子の紐を結ぶ。

秀吉殿の中国遠征を
聞いてきた 一族としては、
必ずしも楽観できない。
戦の規模が、違い過ぎる。

巫女君が清酒の杯を、掲げ持ち寄る。
『三代目』は、一礼をして、杯を手に 清酒を含む。
一礼して、杯を盆へ戻す。


神主殿の祝詞があり、
舞殿で、神楽舞が始まる。

神楽の音色に乗せて、『三代目』は、さらに 思う。

一族が代々氏子頭を務めるこの社は、奥宮のある山の麓。
緑の壁となって、この聖地を
守護してくれる社。

山里の分類だろうが、
日ノ本中から、奉公人が集まる。
情報の拠点、物流の城。
琵琶湖という、自然の水瓶は、
農業、産業、運搬業さえ支えている。心臓なのだ。

巫女舞の鈴が 良い音色で
振られる。

『器』ひとつとっても『国の色』は、解る。

我が日ノ本の器は、漆即ち木。
中国、亜細亜は、陶器即ち土。
欧州は、ガラス、即ち鋼。

我が日ノ本ほど、
鉱山資源の数多さは
珍しい。金や銀もある。
しかし、外の国に比べ、土地が少ない。ゆえに 量が少ない。
多様だからこそ、流動し、活性する。
過ぎるような、大量になれば、枯渇する。

ああ、神楽舞が終わった。

これから、奥宮にも、ご挨拶に参る。しばらく、社の者達の
装束変えだな。

『三代目』の今日の儀礼服は、いつもの黒紋付きではなく、狩着ぬの為着替えはない。このまま合図があるまで、待機となる。

なれば、神殿に語ることにするか。
『三代目』は、囁いて、神前に襟を正し、座した。

「私は、陶器商いですからね、
神様に、器の余興話しでも
させて頂きましょう。」

一人本殿にて、神殿お相手に、落語だなと『三代目』は、笑えた。

「世の中には、名水、名刀など
ございますが、
私どもが扱って器にも、
名器なるモノが ございます。」

「主を選びますというか、
時代の流れの場所に
惹かれるのは、人だけにあらず、
器もなんでございますよ。」

「宗の時代より言われる
天下の茶碗なんど、気が付きましたら、
将軍家から、豪商へ、そこから、今度は財閥へと 渡りました。」

器は選んだのでしょうか?

「そこに権力あれば、宝は集まるものとは、不粋はご面ですよ。
選んだ主と、共にする器もございますからね。」

ああ、そろそろ、巫女君が参りますね。奥宮にこれから向かう合図がくるなと、『三代目』は分かった。

「神前で、いうのも何ですが、
『三衣一鉢』って言いますが、
人は、生き切る時には、器一つでいいものだと
本当は、私は、思っております。」

そう言って、『三代目』は深々と神前で、床に、頭をすり合わせて礼を取った。

そして、思う。この地には 葬儀の際に 故人の頭に剃刀をあてる。
仏の道に入る儀礼として。

元服は、親の庇護から抜ける儀礼でもある。
『三代目』は、只今もって、一族の砦となるのだ。

ですから、

どうか、

常しえに、
この里の、日ノ本にある家族を

護ってくださいませ。

10話ごとに、描き進めると投稿している サイドストーリー4 出しました。

ルイの独白です。
本編に入れるか、迷いましたが、サイドにしました。

ここまで、読んで下さり有り難うございます。

この後、宜しくお願いします。