春の雪、喪主する君と二人だけの弔問客 ~近江従兄妹通夜日記

「ヤーッ!!ちょ、ット! レン! ほんと 服!着てよ!自分んちじゃ!ないんだって!」

あーあー、ムダ!ムダ!、ムダ!ムダー!
そこ! ムダに 色気を 垂れながすなあー!

今日は いったい何回、自分の額に手をやる癖をしただろうか?!
そう、シオンは 顔をしかめまくって唸る。

「ほんっと、裸族 だ・よ・ねっ」

己の額に当てた手を、今度はダイニングテーブルにつけたポーズの シオン。そして、その横を ルイは

「じゃ、フロ、入るわ。」

と頭を掻きながら 、言いつつ 浴室に消えた。

シオンの目の前には、猫のようにタオルを頭に掛けて 片足を腕に抱え ダイニングチェアに座る レン。

「なんで? 今さらじゃない? シオン 」

物凄く、笑顔のレン。

実は、着痩せする 細マッチョだったのかー、てか! ヘソ、ヘソが、見えてる!のが なんとも。とか。

内心は、 レンの体に ときめくような羞恥を抱いたことを、シオンは顔に出ないようにした。

「服、着て! ここ、式場!家じゃない。 式場の人も まだいるでしょ。絶対、驚かれる!」

そんな レンは、今ようやく解った風にして、キョトンとした顔をする。それも、狡いと、シオンは思う。

そうなのだ、ここの男どもは、昔から『裸族』だった。

女の園育ち、3人姉妹のシオンにとって、パンイチで、家をうろうろする 叔父と従兄弟達には、夏休みの間、本当に辟易したものだ。

とにもかくにも、
夏の間は、少女シオンは 実に 、目のやり場に 困まる 生活を 毎年送るしかなかった。
叔父、レン、ルイ。3人の男が パンツ一丁で家のあちこちに 出没しては、そのまま生活しようとする。
叔母は、とうの昔に諦めていた。あの習慣は、南国系出身の叔父ならではだった様だ。

文字通り、目の前を歩く 『パンツ』。シオンは 大袈裟でなく、両手で目を覆い隠して、赤面するも固まって 本当に何も言えなかった。
レンに注意する様になった自分を褒めたい!

「子どもの時は、パンツの膨らみに目がいったけど、、大人になると、なんだか オヘソに色気を 感じもんなのね。
意外だわ、、」

こんな、図々しことも、今のシオンには 吐ける。

「シオン……。口が オモシロイこと 言ってるよ。、、んー、とにかく 服、着ろってことかな。」

リビングの棚に、備え付けられた冷蔵庫を開け、取り出したミネラルウォーターを飲みながら、レンは、昼間に着ていたブラックデニムのボトム等を 掛けていたハンガーから 外す。

ほっと安心した シオンは、ダイニングテーブルに 疲れたようにうつ伏せた。




「今日、後から来た ご婦人?。あの人が、叔母さんを見つけてくれたの?」

シオンは、テーブルに頬を 付けたまま横から顔をレンに向けた。

「ああ。警察から 俺のとこに電話あってね。すぐ、こっち戻って 警察行ったよ。それから 話聞いて。最初に、お袋を見かけないって、気が付いてくれたのが、お隣さん、みたいだね。」

洋服を着たレンが、 和室のテレビでも 付けるか?と、
シオンに聞きながら
教えてくれる。

「今は、テレビ、いいや。みたいの、無いし。、、ねぇ、叔母さん、何か持病って あったの? あのさ、警察って、結局 なんで亡くなったの」



聞いたシオンに、
ちょっと レンは 困った顔をした。

「お袋の持病、かぁ。悪い、本当に 俺、お袋の事、何にも 知らないんだ。親父が亡くなって、俺もルイも家、出ていってて。」
そして
「酷いって思うよ。」
重ねる。

レンの目は、シオンの目と 合わない。
レンは続ける。

「どうも この時期なのに、暖房を使ってなかった みたいなんだ……。死後、1週間は立ってたんだけど……心不全って、解剖の結果には 書かれてたよ。」

そう言って レンは、眼をぎゅっと 閉じた。

「新しい家だって、親父が亡くなった時、俺が お袋に 勧めた。ずっと、あんな 家に住むのが夢だって、聞いてたからさ。」

「うん。そうだね。」

レンの話に、
シオンは ただ頷く。

「電話じゃ、お袋、新しい家で、悠々自適に 好き勝手やってるって、俺には、言ってた。」

「うん。そうかあ。」

レンは、どんな顔で
話てるんだろうか?

「シオンも 見たろ、あの、建てただけの家…。 古い方の家。親父が亡くなった日の まんまだなんだよ。家の時間とまったみたいに。俺、すぐ東京戻ったんだけどさ。わかって、なかった。」

今、どの仕草で レンは、
しゃべってる?

「俺は、お袋のこと、もう ずっと何ひとつ 知らなかったんだよ。ほんと。」

テーブルの表面だけを 見ていた、シオン。
レンに どう言葉をかければ いいのか 思いあぐねるしかない。

黙った ままのシオンと

レンの空間に、

重くて、 密度の濃い 哀しみ?みたいな

何かが ある。

きっと、このまま レンを東京に帰したら
駄目になってしまう……。

シオンは 口を開いた。


「あのね、通夜振舞いで、うどんを 食べるのって、この辺りだけなんだって。」

レンはシオンをみた。

目を赤くしてたんだな。と シオンは思う。

「本当は、、お通夜に お焼香もしないんだって。」

シオンの、レンは続ける。

「けっこう、長く 土葬をしていたしね。」

レンが応えた。


「うん、叔母さんが 子どもの頃まで、土葬だったって。あたしね、本当に 叔母さんにいろいろ 教えてもらったんだよね。細かい、シキタリとか、風習みたいなこととか。」

レンは 喋らない。

「それこそ、叔母さんは、あたしに、子どもの頃から 夏の間にだけど、、仕込んでたんだと思う。」

「だから、あたしが、叔母さんに 伝えてもらった事を 話すよ。」

シオンは、黙ったままの レンの目を 見据えた。

「レン達は、聞いてないかも だけど、 あたし、叔母さんから養子になる話、あったんだよ。きっと、そのつもりで、叔母さんは いてた。だから、」

そう 続けようとした時、

『知ってるって! そんなもん、反対に決まってっだろ! 誰が、おまえの兄なんかなるかよ!』


切り裂くような
ルイの 怒鳴り声に シオンは飛び上がった。

声の主、ルイを見て シオンは

一応、下はジーンズ、履いたんだ。と、思った。

予想通り 焼けて、いい具合の上半身を見せた、ワイルドイケメンが タオルを片肩に掛けて いた。

魔王のように 怒って。

「知ってたの? 養子の話。レンも、ルイも?いつから」

「最初からだよ。最後の夏休みの後に。お袋から、シオンを、妹にするって。」


魔王のように 怒りを現化したルイを 見ている、シオンに 、
レンの 声が 応えた。

ルイの見た目と 反対に、温度のない声のレン。


「最後まで、反対だよ。俺も」

『失礼します。通夜振舞い、お持ちしました。』

葬儀場の女性スタッフが、事務所と式場をつなぐドアから 黒盆を持って入ってくる。

お蔭で、空気が変わり、シオンは息をした。

さっき 言っていた うどんと 稲荷寿司だろう。

丁度 立っていたルイが、女性スタッフに近寄り 盆を受けとる。
彼女の顔が 赤く染まるのが見えた。
そりゃそうだよね。上半身裸の
ワイルドイケメンが 目の前で笑顔でお礼を言うのだから。惚れるよねー。なんで、裸?!って思ってるよー。
もう、きっと彼女の脳内は 雪万歳になってるよね!

シオンでも めったに見たことがなかった、笑顔のルイを 白目で眺めておく。
そう思っていると、彼女は クールイケメンだろう レンに、この後の事を 説明に来た。

式場は 親族のみで、寝ずの番をお願いするとのこと。
外と式場をつなぐ自動ドアは、夜間施錠されるようだ。
その代わり、事務所側から、出入出来るが、そこも必ず鍵をすること。
あと、警備連絡の説明。いろいろを、レンに説明する。

やっぱり せめてレンだけでも 服を着せておいて良かったとシオンは、心底思った。
顔面指数が高くても、うちの親族を疑われる。



ルイは、1時間は 上に服を着なかったからだ。

外の雪はどうなってるだろう?
耳を凝らすが、シオンに 雪が聞こえる訳ではない。
式場は防音が良く、外の雰囲気が判らない。


説明を終えた、女性スタッフは、これで帰るらしい。
明日、早くに火葬場なのだから 仕方ない。けれど。

彼女が 入ってくれて 良かった。



シオン達が、黒盆に 掛けられた布を開けると、三つずつ、素うどんと 稲荷寿司の皿が あった。


「おうどん、温かいうちに 食べちゃおうか?、お腹すいちゃったし。」

そう言って シオンは 黒盆から、 うどんと稲荷寿司を ダイニングテーブルに並べる。

「頂きます。」

添えられた割り箸を割って、うどんを すすると、思わず顔が綻んだ。
レンとルイも、シオンと 同じようにして食べはじめるが、やはり 部屋の空気は 軽く無い。

それでも、稲荷寿司に 箸をつけ始めたシオンは、それを眺め 思い出したことを、口にする。

「ねぇ、叔母さんが作る おにぎりって、覚えてる?」


二人が聞いているかは、気にせず シオンは 懐かしい情景を 頭に描く。確か おにぎりは、、

「「俵型。」」

同時に 返事が返された。

良かった。レンとルイの視線が ちゃんと合わさった。と、シオン確認して、続ける。

「あたしね、俵型のおにぎりって、叔母さんが作ってくれるのが初めてだったんだー。て、いうか、俵型のおにぎりを 作る人って回りには叔母さんだけだったな。」

すると レンが 稲荷寿司を箸に持ちながら、

「絶対、お袋のおにぎりは、俵型しかなかったよね。」

と、嬉しそうに言う。


「あのね、お祖父様のいた地域は、俵型なんだって。東は三角、西は丸が多いんだけど。ほら、お祖父様って、歌舞伎とか見に行くとね、『姫寿司』って、舞妓さんが食べるような小さな お寿司をお土産にくれたんだ。」

シオンは、記憶の引き出しを もう少し 突っ込んで 探し始める。

「それで、小さいお寿司は 口を開けないで食べれるように。俵に握るのは、食べやすくて、すぐ食べれるようって、お祖父様に教えてもらった。商人の知恵なんだろうね。それでね、叔母さんの おにぎりが 俵型なのが 子どもながら 妙に納得できたんだよねー。」

何故か ふふっと、シオンは 笑いが自然と出た。


あれは、

夏の日差しと 水中の世界。

思い出して意識的すると、
急に、シオンの回りが かつての時間に 世界が変わる。

そうだ毎年、
夏休みに何回も愛知川に叔母夫婦は、シオン達を連れてくれた。

叔母の出してくれる、大きな紙弁当には 沢山の俵型おにぎり。
手に持ちやすいように、海苔もしっかり巻かれた、真っ白なおにぎり。
中には 焼いたサクラマスのほぐし身が入って、それが 美味しそうなピンクなのだ。

叔父は春に 琵琶湖で釣ったサクラマスを 冷蔵庫にいつも冷凍していて、叔母が大事に使う。
夏は、夏でマスは脂がのる。
なのに、わざわざ 桜のマスだと言って、シオンに冷凍したサクラマスを叔母が見せてくれるのだ。

この辺りで言う、サケはビワコマス。春だけ サクラマスと呼ぶと、叔父は笑って教えてくれた。



キラキラとした川で しこたま 遊んで、
岸に上がると、叔母の俵おにぎりの紙弁当が出てくる。
そしたら、レンとルイが川遊びの間でとれた魚を、持って岸に現れる。
叔父の網の魚と、合わせて 焼いて食べるのだ。

五感いっぱいに感じた、夏のご馳走は、シオンの記憶に鮮明。
ただ、ただ、少女で幸せな瞬間。




『俵おにぎり。それと、タクワン。』

シオンの隣で ルイの台詞がする。

葬儀場のダイニングテーブルに、シオンの意識が ついっともどる。

「そう、お袋の俵型おにぎりは、中にシャケで、タクワンが添えてたね。あれが、泳いで疲れてると、凄く上手いんだよ。ルイは タクワン全部食べるんだよ。懐かしいなあ、ルイ。」

レンが、ルイに 言葉をかけた。

そうか、タクワンの覚えがないのは、ルイのせいか。

そう聞いて、シオンは ニマッと口を弓なりにして、 パンっと手を叩いた。

「タクワンじゃないけど、漬け物、あるよ!!」

「うっまっ?! 」

リビング ダイニングの灯りが、一瞬 オレンジさを増したように シオンは感じた。


シオンが旅行荷物から出した、入れ物を開く。
そこに、爽やかな 酸っぱい薫りが生まれた。

とたん、ルイは 箸を 白い漬け物に 伸ばした。

「でしょ?旅行先のお宿で、持たせてもらったんだー。ほんと、美味しーの!!」

得意げに、シオンが 三色の漬け物を 一つ一つ、レンとルイの稲荷寿司皿へ乗せる。
半月白、緑に紫ピンク、短冊桃色の三色漬け物は 茅葺き宿でも 食べていた種類だ。

オレンジの灯りの下に
オバアちゃんに 持たされた漬け物。それは、とても優しい味をしているのだ。

すると、 緑に紫ピンクの漬け物を見た レンが

「日野菜だね。」

と、子どもみたいに笑った。

「そう、日野菜と、小蕪。で、ズイキの漬け物。珍しいでしょ?ズイキの漬け物って。日野菜は、最近 よく出るようになったけど。って、あたしらには、定番か!」

日野の郷土野菜。その 日野菜で作った漬け物は、シオンが子どもの頃は、叔母の家でしか 見たことがない代物だった。けれども 最近は 、漬け物専門店で 気軽に買える。

「ズイキ? これ すごいな、癖になっぞ!なあ、 ズイキってなんだ?」

ルイが、目を輝かせて 箸を動かす。その口元に ついた漬け葉を、シオンは指で取って食べながら、

「ほら、芋の茎だよー。ズイキって言うとピンとこないよね。そうそう、お盆野菜とかに 網目の輪切りのやつ、蓮芋あるじゃない?あれもズイキなんだよ。じゅわっとして、不思議な食感だよねー。」

そう、そして、やめろ、クシャッと満面の笑みで こっちを見るんじゃないよ ルイよ。と静かに 思いながら シオンは 答えた。

「それねー、旅行で泊まったのが、茅葺き宿なんだけどね。そこのオバアちゃん自家製。って、ルイ!もっと オバアちゃんを尊とんで、食べてよ!」

と続けたが、
上半身裸で、漬け物を食べるルイの姿が、つい夏休みの ルイの姿に見えてしまったのがいけない。

あの頃の 子犬は、大型犬になっているのに、うっかり 口元に手を伸ばしてしまった。

ルイも、ルイで、レンに どや顔しているので。敵わないなと シオンは、ちらっと レンを見る。

「シオン、熱いお茶飲みたい、俺に淹れてくれる?」

シオンが予想した通り、レンは、例の口を弓なりにした 笑顔をして、ねだってきた。
仕方なく、
飲み物が用意されている棚で、シオンは ポットのお湯を急須に注ぐ。


「さっき、『通夜振舞いの うどん』って、ここら辺の風習だって、話たじゃない? 実は、ちょこちょこ 似たことをするとこ、あるんだよねー。四国にも 『法事うどん』ってあるんだよ。」

せっかくなので、急須と新しい湯飲み三つごと、シオンはダイニングテーブルに置いて、しゃべる。

「ごっそーさん。しっかし、おまえ、しょーもない事は 知ってるのな。」

急須から、湯飲みに 鮮やかな緑が溜まると、レンの前に シオンは置く。

「ばかすか、オバアちゃんの お漬け物食べた、ルイに言われたくないよねー!」

ルイには、自分で湯飲みにお茶を入れさせる意味で、急須のまま シオンは、ルイの前に置いてやった。

そんな二人のやりとりの中、湯呑みを手に、目を細めながら、

「昔からシオンは、俺らに 色々な話、してくれたよ。それが いつも、面白かったよね。」

レンが シオンに 思い出させる。

ダイニングの灯りが またオレンジさを増したように感じる。
シオンには、夜が 来た気配がする。

「おまえさ、旅行中だって?どこ行ってんの?連れと旅行してたのか?」

それでも、
ルイは、やっぱりルイだ。
『リーン』『リーン』『イ…ン』

「シオン。今日は なにがあった?」
「おまえの日記、はなせよ!」



夏休みも 終わりに近付くと、夕方には 、もう 秋虫の音が聞こえる。
その音を背景に、いつもの二人の呼び掛けがした。


1階の畳み敷に シオンが寝転がると、レンとルイが その両側に、ピトっとひっついてくる。
シオンの片腕は、レンの腕で ヒンヤリして、反対側の腕は ルイの腕で ほんわり温かい。
そして、サテン地みたいな 二人の腕の肌が、寄りかかってくる。

そうして、三人が頭を付き合わせて 覗くのは、シオンの日記帳だ。

縁側から、スイーっと 黄昏過ぎの風が 三人の頭をなでた。



叔母が作ってくれる 夕御飯を、シオンは レンとルイに 挟まれながらこの日も食べた。
去年の夏までは、叔父さんの膝の上で 夕御飯を食べていたシオンだが、この夏は 二人の間が定位置になっている。

いつも 夕御飯を食べると、お風呂に入る。けれど、このお風呂も この夏から勝手が 違っている。
ずっと 三人で入っていたお風呂だだったのを、叔母さんとシオンで入るようになった。
シオンは3人姉妹。家だと姉妹と一緒に入いる。
だからか 夏、レンと、ルイと入る お風呂は楽しかった。
残念だけど、叔母と入るお風呂も ひと夏すればだんだん馴れる。


先に お風呂を終えた レンとルイを追いかけ、畳み敷に シオンは、日記を持って来た。

畳み敷は、和室なのだろうが、この叔母夫婦の家は、和室だらけで、畳み敷部屋以外にも 和室がある。
要するに、1階は、襖を外すと1つの大きな 空間になる。
リビングとキッチン、廊下は床張りだが、あとは畳。

リビングの 吹き抜け、 螺旋階段や、2階は 増築したものだ。
古いままの1階、応接室や、書斎、遊戯室、そして客間は、確か、畳に絨毯を敷いて 家具が配置されていた。

そして、夕御飯は、いつも畳み敷の大座卓に、全員で正座して食べるのだ。

最初は、夕御飯だけで、足がとても痺れた。だから、叔父の膝を椅子に座るのは、シオンには 有難い。
それも、この夏休みからは、二人の間での 夕御飯になったわけだ。



今、三人が 寝転がっているのは、唯一、畳みのままの部屋、先っきまで夕御飯を食べていた畳み敷。

庭師が手入れした 庭。網戸から 風を通して、レンとルイは お風呂で熱くなった体を、パンツ姿で 冷ましている。

そこに、シオンが 風呂上がりの、シュミーズ姿で 合流する。

この夏、もう1つ増えた出来事が 、日記を書く事だ。

シオンにとって、はじめて『夏休み』という 概念が やってきて、
『夏休みの日記という宿題』は、
叔母の家での、『風呂上がりの行事』になった。

シュミーズでシオンが来ると、
レンとルイがは 両側から 日記を覗いて、シオンの1日あった事を書くのを見る。
出来上がると、その内容を レンとルイに読んで聞かせるのだ。

例えば、シオンの日記に、川で見た魚が出てくれば、二人が 魚の名前をシオンに教える。
水車が出てくると、その水車は、一番大きな水車だと伝えて、シオンの日記を 少し膨らませてくれるのだ。

日記の絵は見ると、そのほとんどが 三人の水着姿の主人公になる。

それは 、
この辺りの子ども達の、当たり前の姿かもしれない。
海は無いが、海より ずっと身近に 琵琶湖があり、支流である川が目に入るように 流れている。
夏に見る子ども達は、皆 生まれた姿みたいな格好で、 川辺を遊び場にしていた。

鮭と鱒に、きっちり違いはないという。
海から遡上するのが鮭とし、
川や池にいるのが鱒という。

ビワコマスは、
自然の砦に囲まれた
マザーレイクから
川を遡上をする。

夏が作り出す、囲われた、
子ども達の水の世界は、
陸の上より
ずっと、浸透するぐらい
日常だった。



夏が終わりに近付くと、
夕方の湖畔は、ある時間になるとぐっと寒くなる。

だから、
毎年、まだ小さい三人は、シオンの日記を物語に いつの間にか、お互いを抱き締め合って 寝てしまう。

シオンは ヒンヤリする腕と、ほんわりする腕を 背中や、お腹に感じて 気持ちよくなる。

そうすると、意識の向こう側で、叔母が 丸まって 寝ている三人に、タオルケットを被せるのが わかって、

ゆっくり 虫の音を聞く。
「おまえなあ。いいから、どーゆー感じか、話しろ!」

「そうだね。シオン。旅行の事、話てくれる?」

立て続けに、レンとルイが 聞く姿に シオンは、

「あっ、はっはっはっ!!はっ、あー。おかしい〰️。何〰️はっ!ほっんと、おかし〰️!!」

場所に お構い無しで、大笑いしてしまった。大袈裟なほど。自嘲気味なまでに。
そうなのだ、
久しぶりに再会した二人が、あんまりにも、子どもの頃と変わらなさすぎる。
そして もう、シオン自身も、変わっていなかったと、解った。
そう自覚すると、なんだか 無性に可笑しかった。

「あー、もう。ほんと、昔と変わらないなー。降参、降参ー。涙でるわー」

両手を、顔の横でヒラヒラさせた後、シオンは 食べ終えた通夜振舞いの皿を、式場の小さい流しへ 片付ける。

話をする為に、ダイニングテーブルのモノを 先に、直すことにしたのだ。

その間に、ルイが三人分のコーヒーを淹れてくれた。
再び、三人が ダイニングテーブルを囲んで座ったところで、シオンは レンとルイに向かう。そして、

「今日は、叔母さんのお通夜も終わって、寝ずの番だもんね。だから 時間は、たくさんあるし、この1週間、一人旅したことを 二人に話すよ。だってさ、この旅行にまつわる話は全部、叔母さんから教えてもらった事なんだから。」

と、今度は 白雪姫のような棺を、フィッと 見てから、シオンは どこともなく 言った。

「寝ずの番の夜話 として、申し分ないよね? どう?叔母さん?」

すると、ルイが

「おまっ?!冗談でも、そんな感じ、やめろ?!」

と、すかさず、声を出した。
意外に、ルイは 怖がりなのを もちろんシオンは知っているのだ。

「はい、はい。ごめん、ごめん。まあ そうは言っても、始まりは、 うちのママなのよ。」

そう ルイをいなして、シオンは 旅のきっかけから、レンとルイに しゃべり出した。

「実家に帰った時に 見た、旅番組が 滋賀特集だったんだ。そこで紹介されてたのが 和菓子でね。それを見て ママが、死ぬまでに もう一度食べたい お饅頭があるって、言い始めたんだよー。」

「和菓子?」

レンが、コーヒーを飲みながら 楽しそうに 聞いてくる。あの夏の日記帳をシオンは 思いつつ、

「そう、お祖父様が 氏子頭をしていた神社の前にある和菓子屋さんに、お祖父様が 作らせていた、お饅頭が あったんだって!」
と、続ける。

「氏子頭? 初耳だな、どこの神社だ?そりゃ?」

そう言ったルイに、シオンは ぴっと、指を立てて、

「やっぱりー。二人とも 全く知らないんだ。あたしね、もしかしたら、今日のお通夜とかも、神式なんじゃないかって、ほんとは、来るまでは思ってたんだよー。」

そう言った シオンを見て、
レンが 目を大きくして 驚いていた。

シオンの目の前には、背の高い2本の杉の木が聳えている。

その杉の間には、シオンが 今まで 見たことのない、奇妙な注連縄が張られていて、ユラユラと 揺れている。

アニミズ?というのか、どこか 異国の原始宗教を思わせる 独特の形。
注連縄は、2本の杉の真ん中に ちょうどいい大きさの『輪っか』を作って、 ユラユラと垂れ下がっているのだ。

まるで、『こっち と、あっち』の境目を 知らしめるように。



『 シオンちゃんの、神さんは、何処におる?』


叔母が 夏の たび に 、少しずつ 話をし、祖父がパーツを足してくれた、
長い、長い、豪商の話。それを、全部 レンとルイに 伝えよう。
シオンは 決める。





「正しく言うと ママの話で、10日ぐらい前から 信楽と、日野に 自分のルーツを辿る ひとり旅に、来てたんだー。」

「それって、」

レンの眉が、下がる。

「そうだよ、ちょうど 叔母さんが亡くなったぐらいになるの、かな?って思っちゃうよねー。」

「だから あたし、呼ばれたんだね、きっと。叔母さんに。」

シオンは、改めて また、白雪姫のような棺を見た。



初代の当主は、襲名する名前の他に 地域ごとに呼び名があり、よく知られた二名であれば 『大惣の主』であろうか。

シオンの祖父は、『三代目』。研究家からは、後に『消えた豪商』と言われる一族だ。

現代の日本における、物流経済を作ったとも言える 商人組織。
そんな 近江商人の一端から、巨万の富を財したのが 祖父の一族でもあった。

「滋賀はね、近江商人の 全国販売ルート『持ち下がり』の拠点って有名でしょ?。それで 日野は、一族の大元締めの地で、お祖父様達が氏子頭をしていた神社は、その聖地 みたいなものなんだって。」

シオンは、数日前に 目にした 神秘的な注連縄の映像を 記憶に戻す。

「そこに、叔母さんから聞いた、松の木があるんだよ。」

そう、まずは、『松』の話からだ。
「すごいな…、ルーツって。シオンは、そんな話、お袋から聞いてるのか?」

レンは、口元に片手を当てて、唖然としたような表情をしている。

「そうだね。叔母さんと、お祖父様、それから、お祖父様が うちの家に保管させてた物とかで、知っていった感じだよ。」

「しっかし、そんな神社は、オカンから、聞いたことないぞ。」

両手を上げて、頭の後ろで組ながら、ルイは言うが、

「それでも、叔母さんは 毎年、里社にも、お山の奥宮にも ちゃんと詣ってたんだよ。」

いつか、シオンを連れて行くとも話ていた事も、思い出す。

「そこに、何があるんだろ?松の木って?、ほんと、俺ら、何にも知らないんだな。」

レンが ふと 棺を見た。

「あたしも、この旅行で、初めて見たよ。でも、近江商人の松の話は、教科書でも 読んだかな…。」




シオンが 杉の間を渡した、奇妙な注連縄を潜ると、春のお祭りの準備 が すでに始められていた。
もう少しすると、お囃子の練習も始まるそうだ。

注連縄は、勧請縄というらしい。

16基の曳山がでるとかで、時代衣装に身を包んだ引手の姿に、天秤棒を持った衣装もある。

近江商人の 始まりの姿をなぞらえた、編笠に天秤棒。

最低限の売荷物を 天秤棒に担いで関東に売りに行く、そんな、1本の天秤棒と足だけで、一族の『初代』も始まった。そんな姿は、南国系出身だった 叔父の姿にも 重なるようだと、シオンは思う。



近江商人の歴史は、鎌倉時代から始まるが、シオンの祖父一族は、後発組だ。『初代』は江戸時代後半に興隆している。

「ねぇ、レンとルイなら、例えば 滋賀から関東へ、商品を売るとしたら、何がひらめく?」

ちょっとシオンは 意地悪く 聞いてみた。と、ルイが、

「ん?なんだ?琵琶湖の水ぐらいだろ 名物なんてよ。あとは、田んぼしかねーんだから。」

「うーん、要するに 東京に『持ち下げる』ものだよね?」

レンも考えている。

「アタリ。綺麗な水と質のいい お米で出来るもの、お酒だよ。」

ルイが 得意げに 鼻を掻く。

近江商人達は、湖東を心臓に、血管のごとく 全国へ 『酒の醸造』を商品に、天秤棒に持ち下げた。
滋賀には、今も40もの蔵元があり、材料になる酒米を他県に提供しているほど。

「今も、昔も なんだか、変わらないんだね。」

東京で過ごす、レンは 思うものもあるのだろう。

「今は、水そのものを、売ったりしてる世の中だけどねー。」

これが、ほんとの水商売だよ。

「それもね、ただ 物を運ぶんじゃないんだよ。途中で商いして、土地の情報を吸い上げたり、支店を置きながら 支店の間で 土地の産物回しをするの。マーケティングをしながら 北上拡大する。最終は 北海道が目標の地だったんだって。
実際は、お祖父様は、中国までいっちゃってたけど。」


関西から、持ち下げたモノを、関東で売り、今度はその売り上げで、関東産物を仕入れる。そのモノを『登せ荷』として、復路でまた 流通させながら本家へ戻る。

シオンの祖父一族、『初代』も酒の醸造で関東に躍進をした。
ならば 将軍の膝元、江戸に本家を移動させるものだろう。しかし、一族はしない。

「まず、本家から当主は出ないで、完全に 支店支配人に采配をまかせるんだよね。近江の本家で、徹底して血筋からの人材を育成するのに注力するんだって。だから、全国から支配人候補が、競うために本家に修行にくるって。すごいでしょ? 大広間に当主を先頭にして、紋付き袴のエリート候補生が並ぶんだよ!」

興奮気味に、シオンは語る。実際、叔母も 夢のように話していた。
なので、レンとルイは やや引いている。

「なんだけど、年に2回だけ、当主が巡回をするんだ。その時の資金搬送に使ったのが 『松の木』なんだよねー。」

シオンの目が光る。

『ドントヤレ、ヤレヤレ、ドントヤレ、ヤレヤレ』
祭の掛け声が、聞こえるきがする。
10話ごとに話が進むと、サイドストーリーを投稿してます。ですので、31話後のサイドストーリー3を入れました。

本家に修行に来た、
支店支配人候補生のつぶやきです。

いつも、ありがとうございます。