『南無~~南~無~、、南無、、』

鈴の叩かれる音と、線香の薫りに混じって 甘い花の香りも シオンの鼻腔を流れていく。

葬儀場から紹介された 若い僧侶を先頭にして、次に レンの黒い背中が見える。
そして 離れた所、 横に ルイの黒い背中。

そして、
シオンも 黒い肩をしている。

『チーーーン…』高い鈴の音がして、空気が揺れる。




雪の降る中。
昼食の入ったビニールを ルイが持ち、そのルイの腕を掴みながら 帰ってきたシオンに、レンは 『お帰りの笑顔』で、すぐ 真っ白なタオルを シオンの手に持たせる。

そして 両手に持ったタオルで、雪水を拭くシオンを 確認してから、ルイにも 新しいタオルを 差し出した。

けれど、レンに ルイは、
「へーき。」
とだけ、つっけんどんに言って 、両手をポケットにつっこんだ。

すると レンの口が弓なりになって、シオンと反対側のルイの 肩を、レン自ら
タオルで ゴシゴシと拭き取る。

「後で、染みに、なるだろ?」

弓なりになった口元で、そう言った レンの顔を、ルイは 白色目でガン見していた。




『南~~無~~~』 読経は続く。


帰ってきた シオンとルイに、レンは 葬儀スタッフが 例の女性スタッフしかいない事、通夜記帳の受付をシオンにして欲しいことを伝えてきた。

雪で、立ち往生しているのは 花だけでは ないらしい。
花業者の群れは、この葬儀場の内装を終わらせて、すでに次の現場の配送に行ったのだろうか。

あと、一番シオンが驚いたのが 明日の告別式を 直接 火葬場で 最初に行うという事だ。

「直葬。」

シオンの呟きに レンは間をあけて言う。

「ほんと、シオンに 頼りっぱなしだね。他に弔問客なんて こない 予定なんだ。 でも、一応、形だけでもって 、いいかな?」

少し、ハの字になった レンの眉を見て、シオンは はあっと息をはいた。仕方なく受付をすることにしたのだ。けれど、心配なのが やはり服だ。

「あのね レン。さっき、ルイにも言ってたんだけど、あたし 今日、旅行から 直接来たんだよ。お通夜だけ 顔出して。その、悪いけど そのまま帰るつもりだった。で、だから、服も こんな感じで、、」


コンビニから、帰って後のやりとりをぼんやり 思うシオンの耳に、2つの音が 鳴る。




『チーーーーーィーン』『チーーィーン』
2度 鈴の音が 響くと、『グーン』と式場の自動ドアが開いたのだ。

『 あのぅ、御香典は こっちで良かったですかねぇ?』

そこから、年老いた喪服姿の女性が、シオンの目の前に立つ。

上の空で 受付に立っていたシオンは 慌てて、差し出された香典袋を ゆっくりと 両の手で 御断りしながら

「申し訳ございません。この度は、喪主より、香典は辞退するとのことで、お許し下さい。お心遣頂きましたことは、喪主に伝えさせて頂きます。恐れ入ります。」と、相手に述べた。

そして 女性に、通夜記帳を促す。
さらさらと、記帳をされた 住所を見て シオンは、ふと 訊ねた。

「もしかして、叔母のご近所様でしょうか? わたくし、故人の姪になるのですが。」

確か、叔母の住所と 余り変わらない番地のように 感じたのだ。

「あーぁ。姪子さんですかぁ。まぁ。あのう、私、隣のもんなんです。そのぅ、私が 町内長さんと、警察さんに連絡にいったんですわ。」

『チーーン、チーーィン、チーーィィィン』

3回鈴の音が僧侶の手で鳴らされる。
これが、焼香の合図だ。

「あの、、叔母のこと、お世話になりました。どうぞ、、お焼香 お願いします。」

そう、喪服姿のお年寄り女性に シオンは 静かに頭を下げて、焼香台に 手のひらを差し出した。

焼香の薫りが高く煙りと共に立ち上がった。