春の雪、喪主する君と二人だけの弔問客 ~近江従兄妹通夜日記

「本っ当にっ!申し訳ございません!!必ず 間に合うように致しますのでっ! 恐れ入りますっ!!」

式場の女性スタッフさんが 頬を赤らめて謝罪をする姿を、シオンは ジトッとした眼差しで 眺めている。これは、あれですよ。祭女子達とおんなじ 顔ですよ と、
シオンは、顎に指を当てて 観察しているところだ。そして、この声。この女性スタッフが 司会をするんだろうとも 推測してみる。

そんな女性スタッフに レンは

「大丈夫ですよ。家族葬で、弔問も あまり無いはずですから。この雪ですし、慌てませんよ。」

と、綺麗にスマイルしている。
シオンは、窓の外の国道を見つめた。雪はますます降ってきている。
なんでも、葬儀が多くなった上、この雪で 花の配達が遅れているらしい。

国道沿いの 家族葬専門の式場は、1日1件だけ対応できる アットホームタイプだった。
レンに乗せてもらって 車が着いた建物は、中に入ると 葬儀場というより 広めのマンションリビングという雰囲気。全体的にお洒落で、シオンが覗いてみると、奥の控え室も、今風の和室で、シャワールームもあった。
最近の葬儀の傾向ってやつだ。
本当に 誰かの家に来て、葬儀をするみたいだと シオンは リビングのダイニングチェアに座わる。
祭壇のあるリビングの後ろには、大きいインテリアダイニングテーブルといくつも椅子が 備えられている。

レンが 脱いだトレンチコートを 片手に シオンの隣の椅子に座った。

「ちょっ、喪服じゃないの?!トレーナーじゃないのそれ?!」

シオンはレンのトレンチコート下の服装をみて 慌てた。てっきり喪服スーツだと思ってたのが、ブラックデニムに 白のタートル姿なのだから。

「先にシオンを迎えに行ってから 着替えるつもりだったからね。大丈夫、充分時間はあるよ。」

レンは雪で湿った前髪をかき揚げる。シオンはわざと目が細めた。

「てか、式場の人が迎えにくるって思ってた!。そもそも喪主は 忙しいのに 駅まで迎えにくるなんて おかしいでしょ!!。ほら、コートかして!ハンガーに掛けないとダメ!!」

そう 思わずわめいて シオンは 椅子の背もたれに掛けられた トレンチコートを さっさとコート掛けに 持っていく。

そこに 先ほどの女性スタッフが、二人分のおしぼりと、お茶をテーブルに運び、レンにおしぼりを どうぞと 渡すのが見えた。

それに、ありがとうと 応えて レンは、

「シオンが ここに電話かけてきたのを 教えてもらったから 迎えに行ったんだよ? 喪主っていっても、全部おまかせで お願いしたから、やることないしね。
シオンは、相変わらず いろいろ気が利くね。」

やっぱり 口元を綻ばせながら、シオンにも 礼を言う。
女性スタッフは、シオンにも おしぼりを手渡してくれた。どうぞは?まあ、いいけどねと、シオンは 頂いたお茶に口をつけて、ついっと目をやった。

祭壇になる場所。
そこには、叔母の写真が壁に掛かって、下には 白雪姫が眠ってそうなの棺が 佇む。その蓋は閉じられている。
シオンは、眠る叔母に 挨拶をしてもいいかと レンを見た。が、

「何か、違う気がするなあ。寂しくない?」

レンは ダイニングチェアから 祭壇方向を眺めて おもむろに 口にした。

「さっき 言ってたでしょ。花が遅れるって。葬儀の祭壇なんて、花がないと こんなもんよ。これ 本当に間に合わなかったら悲惨よ。」

シオンも祭壇側を見ながら 言葉を続ける。
こんな寒い日は、葬儀が重なるとかシオンも聞いたことがある。ましてや 記録的な大雪だ。車も止まれば、花が着かないこともあるのでは…。

「ねぇ、あたしは いいとして、さすがに ご近所さんとか 他の弔問客の手前、花が無いと 困るよ?。ね?。」

レンは 出されたお茶を飲みながら何も言わずに落ちついてる。これは、シオンの話を聞いていないのではない。 切れ長の目は ちゃんとシオンを捉えている。

「あと、ムダにイケメンなんだから、至るところで、愛想ふりまいてると 彼女なり 嫁なりに嫌がられるでしょ?!」

さらに、シオンは言葉を続けた。レンの瞳が ちょっと動いた。でも口元はコップで隠れているから、笑っているのかは わからない。

「あー、ルイは?あたし、ルイに迎えに来てもらえば 良かったんじゃないの?!」

今、レンの目が 大きくなった?シオンは レンの動きを拾うしかない。
そう、レンは 『目でモノ言う』タイプ。
口数が少ない男の子だった。ただ、さっきからの様子だと、成長して 随分と気障な感じはいけるみたいだが。
シオンだからか、 こうして 相対すると レン独特の空気を醸し出して 、昔みたいに目で会話する まま。のようだ。

コップを両手に挟んで、少ししてからレンが言った。

「残念ながら、彼女も嫁もいないよ。ルイは…もう十年以上 会ってない。」

シオンは 絶句した。文字通り。
叔母への挨拶の 了承を忘れたまま。

あれは、

『ヒュルルル…ドオオーン…パチパチ…パチ』

最後になった、三人の夏、だったんだ。


意識の向こうで 大きく夜空に華が咲く。
シオンが 振り見上げると、とてつもなく大きな花火が
枝下た花弁をたおやかに広げている。
川沿いに並んで座り 花火を愛でる賑わいと、提灯の下を並ぶ屋台。
川風が心地よくて、シオンは ほうっと息をした。

シオンの左手の平には 繋ぐ白い手。少しヒヤッとする指は、繋いでると 几帳面な繊細さを感じる。右手は 日焼けした腕を掴んでいる。そちらは、つきはじめた弾力の中に温かみがある。

叔母夫婦が足を伸ばして遊びにくる愛知川。そこで毎年上がる花火は、滋賀でも最古の花火大会である。
川の向こう岸には神社の常夜灯。その神社は こちら側にある。
昼間に祖父が教えてくれたが、ここには江戸時代に 歌川広重が描いた『無賃橋』というものが 掛かっていたらしい。神社は珍しい橋の守護をする神社だとか。

中学生になったばかりのシオンは、今年も滋賀の叔母家に来ていた。
1つ違うのは、今年は祖父に連れられてだということ。昨日は、初めて祖父の生家があった 日野に連れて行ってもらったのだ。

シオンに左手を繋ぐレンが 聞く、
「シオンちゃんは、今日は何からたべたい?」

するとシオンが応える前に、シオンの右手が掴む腕の主 ルイが言う。
「もちろん、アイスだろ!こいつは いっつもそうだからな!」

シオンは、そんなルイを下から見上げながら、
「なら、綿飴」
と、言ってやるのだ。
レンの口がゆっくり弓なりになって、ルイを見つめたら

「わざと いうやつ!ヤナやつ!」
と、ルイは なぜかレイを見ながら いい放った。

いつもは、楽しみにしているアイスクリンから食べるシオンなのだが、丁度目の前に 綿飴を回し、膨らむ釜が見えた。
その釜は、昼間に祖父が連れて行ってくれた神社の 『湯立神楽』を思わせ、
昨日 祖父の生家蔵でみた オクドさんをも思い出させる。

シオンが希望したとうりに、三人は 同じように子どもや、大人が集まる 綿飴屋台に並んだ。
ザラメに、色とりどりの色が合わさる。
高校になったレンと、中学三年になったルイの顔に オレンジの夜光灯が やんわり 光を当てるのをシオンは見上げる。

そして、
並びながら、シオンはどうして 祖父は 日野に自分を連れたのかを 考えた。

祖父は、日野の叔母に鍵をもらい、分厚い蔵扉を開けた。

シオンは、埃の匂いと 真夏の籠った蔵の温度を 気にしつつ、日野の叔母を チラッと盗み見る。

祖父はザッと蔵の土間に入って 、タタキに靴を揃えた。
続いてシオンも入る。
対して、蔵扉に寄り掛かる 日野の叔母は、着物姿で、中には入りそうにない。
後ろには、ベレー帽を被った 日野の叔父が やはり佇んでいる。

ちなみに、シオンの祖父も ベレー帽姿。子どもの頃から 何故 男性一族の年寄り達は そろってベレー帽なのだろうか?と疑問に思ったが。髪が どうも 揃いに揃って薄いようだ。あと、日差しに頭皮が弱いとか。なんせ、正装でもベレー帽は被りやすいのだとも、祖父は笑ってたかな?

「二人とも、悪いなあ。いろいろ手間も、迷惑もかけて」

祖父は 日野の叔母と叔父に 労いの言葉をかけた。
どうやら、日野の叔母と叔父は 蔵には入らないようだ。
『二人は』頷いただけで、姿を消した。

日野の叔母は、生まれた時から 足が悪いから 分かり難いように 着物を着ていると 聞いていた。
そのせいだろうか?笑顔は素敵だが、とても無口なのだ。合わせて、日野の叔父も口数は少ないが、体つきが大きくてしっかりしている。いつも叔母を気遣っているから、優しいのだけど。見かけからして 怖い。

「シオン、2階に上がるよ、おいで。」

そういって、1階の雨戸を開けた祖父が、シオンを 階段箪笥へ招いた。

「お祖父様! この階段、箪笥になってる!凄い、凄いね! あたし、はじめて釜カマドもみたよ!ここはなに?!」

シオンは初めて来た 蔵にワクワクしている。

蔵といっても、屋敷ぐらいはある。これが、蔵なら 本宅はどれほど広かったのだろうか?
2階建ての屋敷ほどある蔵は、蔵というだけあって、部屋には区切られはいない。柱は結んだにあるから、戸をはめれば 部屋なんて幾つでもつくれるのかもしれない。

さっき1階で見た 土間には、 釜戸や石の台所はあるし、雨戸まであるから、縁側らしきものがあるのか?
これで 蔵というのも 妙だろう。

というのも、
戦時中の空襲で、祖父の広大な生家は焼けてしまったそうだ。終戦後は、焼け残った この蔵を改装して住んでいたと聞いた。復興の折りには別宅を再建し直して、そこに 日野の叔母と叔父は住んでいる。だから、この蔵の管理も 『二人』なのだろう。

今のマンションなら1部屋ほどあるだろう、 抜群の重量級階段箪笥を昇ると、2階も明かり窓が 沢山ある 仕切りのない空間だった。

祖父は、その部屋に 所狭しとある 紙包みの山を開いている。

シオンは、2階をぐるりと散策して、日本人形や 籠、着物箪笥を開けてみた。

祖父は、先ほどから 紙の包みを いくつかに 分けているのだろうか?
蝉の声がして、蔵の暑さに 汗が流れ始めた シオンは 祖父に近寄った。
あまり、長く居るなら 日野の叔母に、飲み物を貰おうと思ったのだ。祖父に了承を貰おうと 祖父に覗き込んでみる。

祖父の手元の包みは、皿、だった。

「お祖父様、その お皿どうするの?」

祖父は、少し目を小さくしながら
「この皿は、大事な皿じゃからな 」
と、いって ひとまとめに紐がけした。

シオンには、その皿がどういったものか、わからないが、店で売っているような皿とは 違う、ずっしりして 土みたいな風合いを好ましく感じた。

見てみれば、沢山の紙の包みは 全て なんらかの陶器だ。皿だったり、壺だったり。
それは、みな どれも 先ほど見たように 渋くて 土みたいな、 でも テラっとした表面もしてたりする。

「こんな器には、どんなモノを入れるのだろう?」

本来なら、料理なのだろうが、とうてい 普段食べる料理が載せられるところが 想像できない。

シオンは まじまじと祖父の前に まとめ直される紙の包みの山を 興味深く眺めていた。

特に、先ほど祖父の手元にあった皿が 気になっていた。


ずいぶん後でわかったこと。
この日 祖父は生家の広大な土地を全て売った。別宅にいた 日野の叔母と叔父はどうなったのかは シオンは聞いていない。きっと祖父が別の場所を住まいにと したのだろう。

この日野にあった、祖父の土地は 広すぎて、個人には売却できず、役場が買い上げたそうだ。



シオン達三人の前に 1つ、桃色をした綿飴が出されて、
昨日の祖父とのことは、かき消えてしまった。

意識が音を捉えると、
夜空には 絶え間なく咲く 花火。

川沿いの土手は、草の薫りと、火薬煙を乗せた風がそよいでいる。

涼みながら 花火を見るのには 格好の場所で、シオン達は 移動することに。いつもの花火観覧スポットが あるのだ。
そして ルイが 毎年座る、土手のその場所が 今年も空いているのを見ておきながら、

「さっき 焼き鳥の屋台を見つけた! おまえも アニキも食うだろ?!」
と言うと サッと屋台の群れに飛んでいった。
これも お約束?かも。

綿飴屋台に並んでいる間に 買って来てくれたラムネを1本、レイがシオンに渡す。
ラムネは、手が痺れるぐらい 冷たい。
シオンの両手が 綿飴とラムネでふさがったところで、レイは ポケットから出したハンカチを 土手の芝に広げてくれるのだ。

毎年 家から持参して、こちらで着付ける シオンの浴衣を 気にしてくれるわけだが。

レイのそんな行動が シオンは こそばゆいので、今年こそは自分でハンカチを広げてやると思うのだけど、また上手くいかなかった。

その証拠に、渡してくれたラムネを レイは又、シオンから取り上げて 手を掴んでくれる。そらっとばかりに、レンの片方の眉が上がる。
シオン自ら 浴衣の前がハダケナイように 土手に座るのは、 実は至難の技なのだ。
男子諸君、覚えておけー、これ大事。

だからこそ、シオンは 言わずにいれない。

「…レイちゃん。恥ずかしいよ。」

花火が 、また、上がる。

レイの、顔が片方だけを 明るくなったことで、その口が弓なりになったのが判る。そのままレイは、シオンの額を指で弾いた。

これが恒例なので、ルイは いつもすぐに 食べ物を買いにいくんだとシオンは思う。ルイのポケットには、ハンカチは いつも無いわけだし。

一際、屋台の賑やかさが増した。

さて、すぐ帰ってくるルイを 座りながらキョロキョロと 探したシオンは、向こうに、ルイを見つけると、そこに浴衣の女の子達がいるのも見つけた。

焼き鳥を三本持つルイに、話かけているのは 同じ中学校の女の子達だろう。
たまに、女の子達が こちらを見ている。というか、離れている別グループの女の子達も ルイ達を見ているよね。と、シオンは解ってしまった。
本当は、シオンとレイ達二人の後ろにも、 離れて浴衣の女の子が レンに視線を投げているのも、
シオンは しっかり 解っている。

花火が どんどん上がる。

「おい、待たせた! てか、まだ綿飴食ってないって、どんだけ食うのおそいんだ、おまえ。」

ルイが 少し冷めた焼き鳥を 持ってやって来た。

「そうだねー、ルイちゃんがナンパされてる間に 食べちゃえば良かったよねー」

見ていましたよ、あたし。アピールをしておくシオンに

「祭は、おまえと、アニキと三人で回るからって いーかげん わかってくれっつーの!」

そう言って ルイは、焼き鳥を口に頬ばった。その応えはどうなのだろうと、シオンは思ったが 言わないでおいた。

花火が落ち着く頃に、無数に並んでいる屋台を 一通り巡り、シオン達三人のお腹も、遊び心も満たされて、そろそろ帰るかとなる。

シオンは 手洗いに神社の境内へ行く旨を、レイとルイに伝える。
そして その先で、男子高校生の2人組に会った。

シオンは覚えがないが、どうやら 1人の男子は 知っているのか

「レイのとこの 子だよねぇ」
と声をかけてきた。

それを聞いて 隣の男子が
「レイの彼女?彼女いるんか。知らんかった!」
と 驚いている。

「レイが、夏に連れてる子やって。オレ、レイと小中 学校おなじで、この子 見たことある!」

勝手にしゃべる奴らだなあと、シオンは無視して 2人を通り抜けようとする。

「 それでか。女らが ー…」

花火は何発も一斉に華開いて、辺りが 真っ白に輝く。

彼の続く声は花火で シオンには聞こえなかったが、なんとなく 内容は解る。気がする。
要は、レイも、高校に、なっても、 モテるっ、てことなのだろう。

川からの風には、青い薫りしか もうしない。
神社の境内も、屋台と同じように提灯が吊っているが、その光量が ボンヤリ薄まった。

もう、花火の音は しない。

手洗いが済んだシオンを、レンとルイは 境内のすぐ近くで、いつものように待ってくれていた。
シオンは二人の元へ 下駄の音を鳴らした。

中学1年生、シオン。
この夏が、レイとルイと過ごす最後の夏休みになり、

それから 滋賀の叔母夫婦の家にシオンが訪れる日は 来なかった。


「いやいやいや、いや。ない、ないでしょ。」
「いろいろ、ないでしょ。」

両方の手を 握りこんで、シオンは 思っ切り レンに唸った。
レンは、ダイニングチェアから 身動ぎもしない。

「イケメンにも、彼女が途切れるヒマって あるもんなんだ?!」


今度は、柔らかい笑いを レンは顔に作って シオンを ゆっくり 捉えた。

「大学出てから、彼女いないよ。だから、結婚もしてないよ、俺。」

その 思いがけない台詞に、目を瞬いた。が、静かに己れの目を すぅーっと細くした シオン。

「ーー レンて、もしかして…異性より同性が、、いいの?」

「なんで そうなるのかなあー。ただ、独りが長くなると 楽で良くて、こうなるんだけど。それじゃあ、いけないの?」

レンは相変わらずの笑顔で返した。

「そうなんだ?レンの場合、そりゃ、きっと一時だよね。その気になったら、いつでも結婚出来るもんね。そうだよね!」



「ふふ。どうかな? もう分からないな。 なんだか結婚も 面倒くさいなあって なってるんだよ。」

今度は、祭壇の方を遠く見ながら レンは まるで その棺に向かって囁くように言った。

一体、また何を言うのかと、イケメン従兄弟を訝しく それでいて、妙な感覚を思い出しながら シオンも 祭壇の方を見る。


しばし、シオンとレンの間に 無音が流れた。


少しして、
「ルイは。…ルイには、俺が大学に行ってから 会ってないんだよ。」

空になったコップを見た シオンに レンは そう言いながらも、気が付いたのだろう、

「そこの棚にある 飲み物とか、使っていいみたいだよ。コーヒーにする?」

シオンと同じように、空になったコップをまだ手にしていた レンは、ダイニングテーブルに コップを置いて 立つ空気をだした。

「あたしが、煎れるよ。レンも コーヒーでいいよね。」

「うん…。」

教えてもらった棚に 歩きながら、

「叔母さんが 電話で嘆いてた。レンは 大学に行って 全然帰らないって。東京の大学に 行かせるもんじゃないわって。本当に 大学いってる間、休みも 帰らなかったんだ!」

インスタントドリップ式のコーヒーを二つ 煎れながら シオンはレイの方に 言葉を投げる。

「そんなに 帰り辛かったの?」

「…」

「ここから、家から 逃げたかったんでしょ?」

レンの前に 煎れたてのコーヒーをシオンは置いて、自分のコーヒーを 座ってたダイニングチェアの前に置く。

香りを燻らせる湯気を 形よい鼻先に重ねて、

「… 俺は、それで 家を継ぐ気は ないって 親に 意思表示したんだよね。ルイには…悪いけど。」

表情がないままに レイは シオンが煎れた、コーヒーを 飲む。ちょっと口の端っこが 上がった。のを、シオンは確かめた。

「こんな言い方はないかもだけど、レンがいたら 会社、今もあったんじゃないの。」

やっぱり、レンの表情は、 変わらず、
「関係ないよ、きっと同じだよ。」
とレンの口もとは見えないが、言葉を重ねた。


「あたし、叔母さんとは 長いこと電話でしか話てないけど。会社なくなって、ルイも家を出たって聞いてた。ルイが 会社畳んで、家を出ていく気持ち、あたし すごく 解るよ。でも、それから レンもルイも 会ってなかったってこと?一回も?」

シオンは そこに矢継ぎ早に 言葉を繋ぐ、

「ねぇ、もしかして、ルイは叔母さんが 亡くなったこと 知らないの?」

なにげに コーヒーカップを持つ 感覚が 遠のく。レンは ちゃんと その感覚があるだろうか、シオンは ふと思った。
なぜなら レンのコーヒーカップを持つ 仕草が 硬くなった気がするのだ。

それでも

「したよ、連絡。」
「お袋の電話に 入ってたから、そこから掛けれたよ。留守電だ けどね。」
「でも、お袋が電話、持ってるってことも知らなかったな、俺。まあ、古い機種だから ルイの電話番号が生きてるか 分からないけど。」

そのレイの言葉で、シオンは

「それって、、叔母さんにも レイは 会ってなかったってこと?」

と、レイの目を見据える。

「親父の葬式から 会ってないよ。家に電話したのも 何回か、だな。」

今、シオンは自分の眉が 思いっ切り寄せられるのを 止めなかった。



「ごめん。レン。」

そういいながら、シオンが自分の眉を 思っ切り 寄せてしまった理由は、2つだった。

1つは、レンが 全くといっていいほど 叔母に会っても、電話もしてなかった事への 非難と、

もう1つは、レンの言葉で わかった自分の姿への嫌悪から。

「あたし、叔父さんの お葬式、出てないね。レンの事、言えない。」

そんなシオンに、レンは静かに頷いただけだ。きっと、シオンが参列していない理由も 解っている。

「あたしも ちゃんとお別れしたかったよ。でも、ママが許してくれなかった。」

「シオンの叔母さん、来てくれてたよ。」

そうだよね。母親は、自分だけ参列すると言った。シオンは、あの日、本当に 母親と揉めたのだ。

子どもの頃、娘のように 可愛いがってくれた 叔父。レンやルイも 待っているから、自分も葬儀に参列したいと シオンも母親に懇願した。

けれども、その頃にはすでに 滋賀の叔母夫婦とは 関係が悪くなった母親は、あの花火の夏休み以降、決して シオンが滋賀へ行くことを 許さなかった。

「ママだけ、お式に出るだけに するって。きっと、叔父さんのお葬式、 会社の人とかで 人数も多いから、お焼香するぐらいでしょって。」
叔母とケンカしてから 時間が立つのに、あの時も まだ怒っていた母親は、プリプリしながら車に乗っていったっけ。シオンは、今更ながら 叔母家族に 申し訳ない気持ちになる。

そんなシオンの頭を、レンは ポンポンと軽く叩いた。

「レンね、子ども扱い?どうかと思うから、やめてよね。」

うん?という格好だけして レンが 口を弓なりにしたので、すっかり忘れていた事を、シオンは口にした。
「あたし、まだ叔母さんに挨拶してない。いいかな?」

『グー』

式場の自動扉が開く気配がして、人が入ってくる。

レンは、チラッとだけ 自動扉側の人を確認しながら、シオンに伝えた。

「あのさ シオン、お袋 、家で亡くなってたんだ。それで…わからなくて、1週間 そのまま だった。」

え、

祭壇予定の下にある 棺に歩んでいたシオンは、レンを見た。

「目と、鼻の あたりしか 出てないから。それでも、声かけてやってくれると うれしいよ。」

そう、レンはシオンに 何とも言えない表情で 儚く微笑んだ。

「税理士さんが来たから、ちょっと席、外すね。」
と、さっき入ってきた 男性に向かって ひらり立ち上がる。

税理士さんと レンが言っていた男性とレンは、リビングの端にあるドアの向こうへ入って行いった。
そのドアの向こうには、葬儀事務所のロビーがあるのだろう。
事務スタッフの女性も、あのドアから出入りをしていたから。


シオンは、改めて祭壇位置の写真を見上げた。知っている笑顔の叔母が、そこにある。
その笑顔は、良く知る顔だから、写真は 最近の叔母のものではないはずだ。
今どきは、急に亡くなった故人の写真を探すのも 簡単な様で 難しいらしい。電話の中に 本人の顔写真があるのは 珍しく、電話自体ロックも多いと どこかで聞いたことがある。

みると、花はまだない。
棺の窓を開けてみる。

そこには、レンが言ったとおり、目鼻 のあたりだけが出て、あとは ガーゼに埋もれていた。
何度、目を凝らしても、目の前の叔母の目鼻立ちは、記憶にないものだった。
写真と比べても、ちょっと違う。かな。

「……、叔母さん、…来ましたよぉ。シオンですぅ。聞こえるぅ…?」

顔もとに、シオンは 声を寄せてみた。


滋賀の叔母は、3人姉妹の長女である。正しくは、4人姉弟の長女であろう。なぜなら 末の長男は、育たなかったそうだ。
一族待望の本家の長男だったにも関わらず、弟がいなくなったことで、本家は女系が強くなる。そういう、シオンのところも、3人姉妹だ。
そもそも、昔よくある 一族内での婚姻は、物質的に濃くなり過ぎたのではないかと、想像がつく。

「ママが 言ってたね。叔母さんは、お祖父様が襲名当主だった頃の記憶を、唯一持った 剛力姫様だって。」

今は 物いわない 相手に 話かけようと シオンは思った。


シオンの祖父には 2つの名前があった。幼名をシオンは 知らないが、成人すると 本家当主は 皆同じ名前になる。
祖父は、『三代目』だった。

京都などなら、たかが『三代目』だろう。だが そもそも 平安から続く代なんて、よっぽどの上位貴族。そして、天皇家に謹上できる 上位老舗の職人族。だからこそ、10代以上が襲名を 保てるのではないか。

祖父の一族は、江戸時代後期に全国に勢力を伸ばした、近江商人。豪商と呼ばれる一族で、特に血の結束の固い一族だった。

近江商人の歩いた後は、草も生えないと 揶揄される中にあって、祖父の一族は 特にその豪腕は群を抜くものだったと聞いた。言い方をかえれば、えげつない。か?

所謂、祖父達は 超成金。シオンは話でしか聞いたことがないが、当時 田んぼを まだ日本に入ったばかりの外車で走り周り、プロペラ機で満州に行っていたとか。
歴史の教科書の豪商イメージより、ずっとアクティブに、金に物を言わせて 手広くしていた印象だ。そういえば 帆掛け船の商船を活動映写機で撮ってたりした。

一族会議になると、それこそ 大広間に 祖父の元、男性陣が紋付き袴で総勢して かしこまる姿を、幼い叔母は目にしていたという。
だから、弟が生まれるまでは、下にも置かないお姫様ぶりだった。
とわ言え 何より、男子上位。
末の長男となる弟が生まれたとたん、皆がまだ赤子の弟を殿様扱いしたことで、男の子を生むことには、少なからず執着心があったのだろう。
そして もし、男に生まれていれば、 豪腕を奮ったろう。

弟が育たなかった事で、外に嫁いだが 本家の長女として 家の奥の事を つぶさに押さえていき、息子も生み上げた叔母だった。

「叔母さんの 手腕は、尊敬してたんだからね。」

今度は、写真の姿に シオンは語った。

祖父の本家は、終戦の折に 財産の解体もあり、没落の道を辿るのだが、一番の原因は、『三代目』がその家業を辞めたことだろう。シオンは 祖父本人に聞いたわけではないが、外からの婚姻となる祖母の事もあるのだろう。
あの、日野の叔母は シオンが思うに、一族における 祖父の婚約者だったのではないか。

ともあれ、ゆくゆくは没落の家ではあったが 叔母はお姫様であったようだ。

「叔母さんは、学生の頃から 毎週 違う男性に誘われて、青春を優雅に満喫したものよって、ママが恨めしそうだったもんねー。」


「でもさあ、さすがに ママから 叔母さんの あの事。聞いた時は びっくりしたんだよ。」

棺ごしに 叔母を見るシオンは、ただ 独り言のように 話し掛ける。

あながち 弔問客は、シオンだけだというレンの言葉は 間違いではないのだろう。さっきのレンの言葉から考えても、そうなのかもねーと、 シオンもユルく 心の中で賛同だ。

「そうだよ、あたしを、養子になんて条件。」


『三代目』祖父の剛力姫は、南国系の分家筋である 叔父に 嫁いだ。それでも 叔父の出身家に その身を輿入れた わけではない。叔母が、一族の『奥』を視れるよう 夫婦は 滋賀に住まいを 置いたのである。

この土地で 叔母夫婦は 服飾素材の会社を起こし、直営工場を経営した。工場でつくられる、軽量高品質の服地素材 は海外のハイブランドやオートクチュールで 持て囃され 多いに使用され 経営は乗っていく。
もちろん叔父の技術開発があってだが、シオンからみれば、叔母の力は 叔父を支える などというものではなく、叔母よる 経営実権の有り様は会社の『奥』そのものだと感じた。
さらに 叔母が 先見性を発揮して、服飾の軽量素材を 医療分野に転用したのは シオンは最初驚いた。意外な発想だった。
そんな風に叔母夫婦が、 医療生地生産の拡大をした頃だ。

シオンの父親が、海外恐慌のショックを受けて経営破綻をしてしまう。

それで、シオンの父親は、母親の姉妹である 叔母夫婦に、負債の助力を懇願したのだ。
その時に、叔母から出された条件が。

「シオンちゃんを、養女に貰えるなら」。


この事を、シオンは 後になってから 母親に聞かされた。
母には、次女のシオンも含め3人も女の子がいるのだし、口減らしにもなるのじゃないか。何よりシオンが娘のように可愛いと、叔母は父親に話たそうだ。
それを 父親は 負債回避の為、受けたいと 考えたみたいだが、一旦話を持ち帰った父親の話に、 今度は母親は激怒したのだった。

なにより『口減らし』という発想が シオンの母親の逆鱗に触れたと 本人は、シオンに 後で教えてくれた時も 忌まわしげに叫んでいた。

これで シオンの家族は、負債の処理もあり 叔母夫婦とは完全に絶縁となった。母親達 3姉妹の縁も 潰れてしまうほど、叔母が持ち出した、養女の件は 母親の怒りを長年燻らせることとなる。


それが、あの花火の夏休み以降に親戚で 起きた 出来事だった。

「結局、あの夏休、お祖父様は 全部じゃないだろうけど、パパの為に 前もって 家の整理をしてたんだねー。へんな所で 目が早いんだねお祖父様も。」

さて、その後 。

シオンの両親に条件をだした 叔母夫婦の経営も、全く不景気の煽りを受けなかったわけではなくなる。
海外恐慌の余波で 今度は、海外からの資材不足が起きたらしい。それでも、もう一手で免れる所、叔父が急逝したのだ。
すでに、レンの代わりとなって、ルイが 経営を担っていたはずだが、医療業界の進出は、特に 顔のつながりが要因と聞いた。フロントリーダーの叔父がいなくなったのは 致命的だったのだろうか。何より、早すぎる叔父の死は、叔母の勢いを 削いでしまったようだ。
それから、ルイは継いだ、会社を畳んだ。

シオンが いろんな人から聞いた 話は ここまでだ。

「叔母さん、もしさ、あたしが養子に来てたら。何か 違ったかな。」

そう 言葉にして、何故か、シオンは 涙が滲んだ 時。声が 投げられた。


「おまえ、バカ 言ってんじゃ ねぇよ。」

そこに、南国系育ちの 叔父によく似た、目元の濃い ワイルドイケメンが、 喪服スーツのパンツポケットに両手をつっこんで、

いた。

魔王かよ。と、10年以上ぶりに ルイをみた シオンは 唸った。

★筆者の さいけ みか です。
はじめまして。

ここまで 読んで下さり、有り難うございます。
10話まで 書くことが
出来ましたので、

サイドストーリーを投稿しました。


『シオンの仕事場 先輩のつぶやき』、です。

シオンが、旅行で信楽に行った
場所が分かります。笑


これから、10話進む毎に
短編サイドストーリーを
投稿します。

少しずつですが、
本編の内容を
補足するつぶやきに、
なりますので。

では、この後、
何卒宜しくお願い致します。