「おお、ここから河原なのね」

 山を下り、平日の喧騒を洗い流すかのごとく穏やかに流れる川に到着する。

 もう少し下流に行くとまた全然違う姿を見せるのだろうが、ここでは5mほどの川幅に、俺の太ももくらいまでの深さ。

4人のお年寄りグループが一眼レフを構えたり軽食をとったりしていたが他に人気(ひとけ)はない。日の光を吸い込んだように輝きを放ちながら水面が揺れ、ショロロロ……と小さな音が響く。


「ほら、桜さん、あそこ渡れるんですよ。飛び石みたいなのがある」

 少し先、かつて意図的に置かれたであろう大きな岩を指すと、彼女は「ホントだ!」と楽しそうに目を見開いた。

「向こうの河原の方が広いわね」
「フッフッフ、実はそれだけじゃないんですよ」
「なになに、気になるなあ」
「行ってからのお楽しみです」

 やや甘ったるいやりとりに、昔の思い出を垣間見る。女子と過ごすというのは、こんな感じだっただろうか。

「じゃあ俺先に行きますね」

 そこまで間隔の開いていない、6つある岩の2つ目を渡ったところで振り向く。彼女が1つ目の岩にぴょんと移ったところだった。

「あ……」
「どした?」


 脳が瞬時に迷う。手を差し伸べるのが優しさか、それはしない方がいいのか。

「落ちないでくださいね」
「ちょっとちょっと、私の運動神経甘くみてるわね。大丈夫だって」

 よっと勢いをつけて、彼女はこちら側に飛び移る。そのまま軽快に跳んでいき、丸石の並ぶ反対側の河原に降り立った。



『川遊び注意! 水難事故がありました!』

 雄大な自然に無粋とも言える、水色背景に太字の大きな看板。いつも2年前を思い出させるものの、今となっては唯一の彼女がここにいたという痕跡でもあり、嫌いにはなりきれなかった。



 こちらの気持ちなどどこ吹く風で流れる川を見つめる。愛理がいたのはこの辺りだろうか。

 当時の現場の証言がないから、なぜ彼女が川に入ったのか、全然想像できない。謎だけ残して、こことは違う別の川の反対側に消えてしまった。

 友達が亡くなった、とは伝えているから、桜さんが少し心配そうに視線を向けているのが分かる。大丈夫、また高校2年生の俺に戻ろう。


「桜さん、あそこ登りますよ」
「えっ、キリ君、待って、あの坂?」

 彼女の質問は聞こえないフリをし、背の高い草の絨毯が出迎える土の急斜面を斜めに上がっていく。

 滑らないように気を付けながら登りきったそこは、俺がいつも来ている土手。今渡ってきた川を見下ろし、切らしていた息を整える。


「あっ、ここ! 写真で見せてもらったところ!」
「写真より川がよく見えますよね。2人が話すシーンに合ってると思います」

 軽快な足取りで、桜さんは土手の反対側の景色を確認する。

「そっかそっか、こっちは川でこっちは隣の山の入り口に続くのか。ならこっち側から撮れば高校の回想のカットに使えそうね……よし、ちょっとここで描いてみようかな」

 彼女は左右に歩いて数枚写真を撮った後に座り、リュックから紙の束を2つ取りだす。片方が脚本で、もう片方は4コマ漫画のように四角い枠が4つ入った白い紙。枠の横には「アクション」「アングル」「オーディオ」という列がある。

「それ、絵コンテですね」
「正解!」

 昨日、「脚本も大分固まってきたから、今日帰ったら絵コンテに入るわ」と話していたっけ。

「シーンごとに描くんですか?」
「ううん、シーンをさらに細かいカットに分けるの。で、誰がどんな風に動くか、その時カメラはどう動いて、BGMやSEは何を流すのか、1カットずつ埋めていくの。こんな感じね」

 既に書き上がっている序盤のシーンの絵コンテを何枚か見せてもらう。

 佳澄が和志を待ってウロウロ歩いている絵や、駅を出た和志が手を挙げて近づいてくる絵が、ラフなスケッチで描かれていた。「アクション」の列には「スマホで時間を確認しつつ緊張して待つ」、「オーディオ」の列には「BGM(未定)」といった説明が書かれ、「アングル」の列には「パン・フォーカス」「右にティルト」とよく分からない文言が並んでいる。