大きな川沿いに田園と住宅地が広がり、高いビルはほとんど見当たらないこの『髪振町』は、人口四万人弱の、山も海もある町だ。
主な産業は農業と漁業だが、世界的にも名の知れた大きな企業の工場もある。
田舎のわりには若者が多く、高校が三つ、短大と大学も一つずつあった。
私が九月から通うことになっている中高一貫の女子高も見え、家からの大筋の道のりを確認できた。
(やっぱり自転車かな……山を下りるのは楽だけど、登るのは……地獄だな)
今のうちに体力と脚力をつけておくべきかと、腕組みをした時、視界の隅を何か黒いものが横切った。
「あれ……?」
思わずそちらへ視線を向けてしまったのは、長い髪の女の子のように見えたからだ。
社は無人だったので、私のようにわざわざ山を登ってきたもの好きが他にもいたのかと、確認しようとしたが、すでに姿がなかった。
「え? ……え?」
影が消えていった先は、柵の向こう。
原生林が鬱蒼と繁る中だ。
落下防止の防護柵を越えてまで、そんな場所へ入っていく理由がわからず、思わずその場所へ駆け寄る。
「あ……」
長い髪を翻らせて、確かに私と同じくらいの年齢の女の子が、木々の間に消えていった。
「いったいどこへ……?」
その子の行き先が、どうしても知りたかったわけではない。
ましてやあとを追ってみようなどと、思ったのでもない。
それなのに、柵から乗り出して少女の姿を確認しようとした私は、大きくバランスを崩して、防護柵の向こうに落ちてしまった。
「きゃあああああっ!」
木の枝や葉にバサバサとぶつかりながら、いったいどれぐらい落下してしまったのかわからない。
気がついた時には、断崖絶壁からわずかに突き出た足場のような場所に、仰向けで横たわっていた。
崖の下まで落ちず、運よくその場所にひっかかったらしい。
落ちてしばらく気を失っていたらしく、いつの間にか日が暮れかけている。
夕焼けに染まる真っ赤な空を見上げながら、ぼんやりと考えた。
(助かった……)
と、その時――。
私の視界を全て埋め尽くすようにして、見知らぬ女の子の顔がぬっと目の前に現れた。
「ちょっと! あなた大丈夫!? 大丈夫なの!!!?」
「――――」
必死で呼びかけてくれるのに、私がすぐに返事をできなかったのは、その子の顔があまりにも整いすぎていたからだ。
びっくりして、思わずまじまじと見つめてしまった。
睫毛のびっしりと生えた大きな瞳が印象的な、抜けるように白い肌の、日本人形のように綺麗な女の子だった。
腰まである長い黒髪はまっすぐサラサラで、襟と袖とスカートが紺色の、白いセーラー服を着ている。
(あ、これって……秋から私も通う聖鐘女学院の制服だ……可愛い子が着るとほんと可愛いな……私、大丈夫かな……?)
そんなことを考えながらぼんやりしている私を見つめる女の子は、大きな瞳からぽろぽろと涙を零している。
拭っても拭っても溢れてくるらしい涙を見ながら、また「綺麗だ」などという考えが頭を過ぎったが、客観的に考えてみれば、彼女が気の毒だと気がついた。
(これって……早く返事してあげたほうがいいよね?)
私は急いで、こくこくと彼女に頷いてみせた。
「私は、大丈夫……みたい……ありがとう」
「よかったあ」
彼女は大きく叫んで、そのまま足を投げ出し、地面にぺたりと座りこんだ。
私も起き上がって、彼女と向かいあうようにして座ってみる。
腕や足に多少の擦り傷はあるが、大きなけがのようなものはない。
ほっとしながら改めて、自分が今いる場所を見渡した。
主な産業は農業と漁業だが、世界的にも名の知れた大きな企業の工場もある。
田舎のわりには若者が多く、高校が三つ、短大と大学も一つずつあった。
私が九月から通うことになっている中高一貫の女子高も見え、家からの大筋の道のりを確認できた。
(やっぱり自転車かな……山を下りるのは楽だけど、登るのは……地獄だな)
今のうちに体力と脚力をつけておくべきかと、腕組みをした時、視界の隅を何か黒いものが横切った。
「あれ……?」
思わずそちらへ視線を向けてしまったのは、長い髪の女の子のように見えたからだ。
社は無人だったので、私のようにわざわざ山を登ってきたもの好きが他にもいたのかと、確認しようとしたが、すでに姿がなかった。
「え? ……え?」
影が消えていった先は、柵の向こう。
原生林が鬱蒼と繁る中だ。
落下防止の防護柵を越えてまで、そんな場所へ入っていく理由がわからず、思わずその場所へ駆け寄る。
「あ……」
長い髪を翻らせて、確かに私と同じくらいの年齢の女の子が、木々の間に消えていった。
「いったいどこへ……?」
その子の行き先が、どうしても知りたかったわけではない。
ましてやあとを追ってみようなどと、思ったのでもない。
それなのに、柵から乗り出して少女の姿を確認しようとした私は、大きくバランスを崩して、防護柵の向こうに落ちてしまった。
「きゃあああああっ!」
木の枝や葉にバサバサとぶつかりながら、いったいどれぐらい落下してしまったのかわからない。
気がついた時には、断崖絶壁からわずかに突き出た足場のような場所に、仰向けで横たわっていた。
崖の下まで落ちず、運よくその場所にひっかかったらしい。
落ちてしばらく気を失っていたらしく、いつの間にか日が暮れかけている。
夕焼けに染まる真っ赤な空を見上げながら、ぼんやりと考えた。
(助かった……)
と、その時――。
私の視界を全て埋め尽くすようにして、見知らぬ女の子の顔がぬっと目の前に現れた。
「ちょっと! あなた大丈夫!? 大丈夫なの!!!?」
「――――」
必死で呼びかけてくれるのに、私がすぐに返事をできなかったのは、その子の顔があまりにも整いすぎていたからだ。
びっくりして、思わずまじまじと見つめてしまった。
睫毛のびっしりと生えた大きな瞳が印象的な、抜けるように白い肌の、日本人形のように綺麗な女の子だった。
腰まである長い黒髪はまっすぐサラサラで、襟と袖とスカートが紺色の、白いセーラー服を着ている。
(あ、これって……秋から私も通う聖鐘女学院の制服だ……可愛い子が着るとほんと可愛いな……私、大丈夫かな……?)
そんなことを考えながらぼんやりしている私を見つめる女の子は、大きな瞳からぽろぽろと涙を零している。
拭っても拭っても溢れてくるらしい涙を見ながら、また「綺麗だ」などという考えが頭を過ぎったが、客観的に考えてみれば、彼女が気の毒だと気がついた。
(これって……早く返事してあげたほうがいいよね?)
私は急いで、こくこくと彼女に頷いてみせた。
「私は、大丈夫……みたい……ありがとう」
「よかったあ」
彼女は大きく叫んで、そのまま足を投げ出し、地面にぺたりと座りこんだ。
私も起き上がって、彼女と向かいあうようにして座ってみる。
腕や足に多少の擦り傷はあるが、大きなけがのようなものはない。
ほっとしながら改めて、自分が今いる場所を見渡した。