母と長倉さんが車で私の帰りを待っているため、来た道を戻ることはできなかった。
 なんとかこの小屋の近くから、山道へ出る方法はないだろうかと、あちこち見てまわる。

(ここって、もとはお祖父ちゃん……誠さんが使ってた小屋なんだよね……あんな大きなイーゼルを、『うてな』まで運んで絵を描いてたんだもん、もしかしたらどこかに抜け道があるんじゃないかな……?)

 予想通り、敷地の最奥の端に、今は雑草で塞がりかけているが、確かに細い道のようなものを見つけた。
「あった!」

 私は手頃な長さの棒を拾い、なるべくそれで草をかきわけるようにしながら、道に足を踏み入れる。
『虫は逃げるし、なるべく汚れないで草をかきわけられるし、このほうがいいのよ?』
 初めて『うてな』から椿ちゃんと一緒に帰った夜、彼女は器用に棒で草をかきわけながら、私に教えてくれた。

 彼女と一緒の山道は、もう月が高くなるくらいの時刻だったにもかかわらず、ちっとも怖くなどなかった。
 彼女が教えてくれる山のことや自然のことや町のことは、どれも私にはもの珍しく、今もしっかりと心に刻まれている。

(お祖母ちゃんだったんだね……)
 とてもそうは見えない、あの美少女然とした風貌の彼女にぜひもう一度会いたくて、私の足は自然と速くなった。



 実際に上之社まで一旦登って崖から転げ落ちるより、その道を進んだほうが、目的の場所へたどり着くまで半分の時間ほどしかかからなかった。
 もっとも崖を落ちたあとは、私はいつも気を失い、起きるまでどれだけかかっているのかはわからないので、正確なところは不明だが――。

 ともあれ、沈み始めた太陽が、遠くの山の稜線の向こうへ、完全に姿を消してしまわないうちに、なんとか『うてな』へたどり着くことができた。
 その時間に行くことには、おそらく意味があるのだ。
 ハナちゃんも「夕暮れ時に、その『うてな』へ行ったら」と話していた。

 昼と夜の境目。
 人と、人ならざるものが交わる時間。
 異なる世界が交錯する時刻――。

 その特別な時に起きた不思議な現象に関する伝承ならば、この町に関してではないが、私もいくつか耳にしたことがある。
(神隠しとか……もう死んだ人に会ったとか……私のこれも、『もう死んだ人に会った』ってことになるのかな?)

 それにしては、椿ちゃんも誠さんも、今この時を生きているかのようにリアルだった。
 確かに今になって思い返してみれば、少し時代が古いのではないかという考え方や、事象もあったが、この町ではそうなのだろうと、都会とそうではない場所の地域差のように私は受け止めていた。

 二人が抱えていた問題も、私たちくらいの年齢の者がもっとも関心を大きくしている恋愛問題で、だからこそ私は、そこに本当はかなりの時間差があったなど、こうなるまでまったく気がつかなかった。

(本当に、また会えるかな……?)
 少しの不安と、大きな期待を抱えて、私はその場所へ足を踏み入れる。
 最後の草をかきわけて前へ進むと、目が眩むほどの夕焼けに迎えられた。