両手で耳を塞がずにはいられないほどの蝉の大合唱が、私の頭よりもずっと高い位置で、シンシンシンシンと森に響き渡る。
 頭の中まで埋め尽くすような鳴き声ばかりで、蝉本体の姿はまるで見えない。
 それは当然で、私が登り続ける山道の前後左右に鬱蒼と茂る木々は、どれもマンション三階ぶんほどの高さがあった。

 見上げるほどに高い位置で、青々とした葉が重なりあい、本来そこにあるはずの空さえ見えない。
 まだ夕暮れまでには時間があるはずだが、山に入ってもう何時間が過ぎた……?と、ぞっとするような考えが頭を過ぎるほど、森の中は初めからずっと薄暗い。

 おかげで体感温度は、登り始める前よりずいぶん下がったように感じたが、蝉の大合唱が、今は真夏であることを忘れさせてはくれない。
(まだかな……)
 木々の間に吸いこまれて消える山道の先を見やって、私はため息を吐いた。

 瞬間――。
 私のスカートの裾と、肩までの長さの髪をさあっと巻き上げて、一陣の風が頭上へと吹き抜けていく。

「きゃあっ!」
 慌ててスカートと髪を押さえ、風につられるように上向けた視線の先で、木々の梢がざわざわと擦れあう。
 ぴたりと蝉の泣き声が止まり、静寂に包まれた森の奥では、風と葉擦れの音しか聞こえず、不安に駆られた。

(急ごう……)
 疲れを感じ始めていた足を、これまでより早く動かして、私は歩みを進める。

(急いで行って、急いで帰ろう……)
 目的の場所まであとどれくらいの距離があるのか。わからないことがますます不安を煽り、私の歩く速度はどんどん速くなる。

(そもそもそんな場所が本当にあるのか、わからないし……!)
 長い時間をかけて、こんな森の奥まで来たが、それが単なる徒労に終わった時の言い訳を、今から考えながら、歩き続ける。

(気分転換に……ってハナちゃんも言ってたじゃない。そう、これは気分転換なのよ、気分転換!)
 ここへ来るきっかけとなったやり取りを思い返しながら、ずんずん歩を進めた。