僕は、そんな気持ちを抱えたまま家に帰った。
自分の部屋に入り、着替えを済ませてベッドに横になった。
加恋ちゃんは知らないとはいえ、明日から僕はどういう顔で加恋ちゃんと顔を合わせればいいのだろう。
そんなことを思うくらいなら初めから加恋ちゃんにキスをしなければよかったじゃないかとも思ったのだけど、僕はあのとき、あの感情を抑えることはできなかった。
どうしても加恋ちゃんとキスがしたい。
そう思った。
そう思って僕は自分のありのままの気持ちを眠っている加恋ちゃんに……。
僕は、これからどう自分の気持ちをコントロールすればいいのかを考えた。
教室でみんなといるときは大丈夫。
ただ……加恋ちゃんと二人きりになったときは……。
僕は、そのときどのように自分の気持ちをコントロールすればいいのか、ちゃんとコントロールできるのか自信がなかった。
自信はないけど、今はそれを考えている場合ではない。
……加恋ちゃん……体調少しは良くなったかな……。
明日、学校に来ることはできるかな……。
加恋ちゃん……。
会いたい……加恋ちゃん……。
でも無理しないでほしい、ちゃんと良くなってから学校には来てほしい。
僕は、そう思いながら加恋ちゃんの体調が良くなることを願った。
次の日、加恋ちゃんは学校を休んだ。
僕は先生に加恋ちゃんの容態を訊いた。
加恋ちゃんが倒れた理由は熱中症だった。
昨日は気温も高めだったけど湿度がかなり高く、それが原因だろうということだった。
6月の中旬でまだ真夏ではないけど、こういうジメジメとした時も危険だから気を付けなければと思った。
そしてその次の日、加恋ちゃんは元気に学校に来た。
加恋ちゃんは教室に入ってすぐに僕のところに来て「心配かけてごめんね」と謝った。
僕は「気にしないで。元気そうでよかった」と声をかけた。
そして休み時間。
元気になった加恋ちゃんはクラスの友達と楽しく話をしていた。
そんな加恋ちゃんを見て僕はとても安心した。
君とあの場所に
7月に入った。
今日は終業式前日。
一学期最後の授業が終わり、部活も終わって加恋ちゃんと帰るところ。
そして学校を出た僕と加恋ちゃん。
加恋ちゃんと一緒に並んで歩く帰り道。
僕は隣にいる加恋ちゃんのことをチラッと見た。
加恋ちゃんのきれいな横顔。
その横顔に何度も引き寄せられそうになる、僕。
加恋ちゃんの横顔に引き寄せらせそうになっている僕は、あることを考えていた。
明後日から夏休み。
僕は夏休みの間に加恋ちゃんと一緒に行きたいところがある。
それは……僕が行っているあの秘密の場所……。
僕は、どうしても加恋ちゃんとあの秘密の場所に行きたいと思った。
加恋ちゃんと秘密の場所に行って、あの美しい景色を一緒に見たい。
そして……あの美しい自然に包まれる美しい加恋ちゃんを見たい。
加恋ちゃんと一緒にあの美しい場所で一緒に過ごしたい。
……ただ……。
加恋ちゃんと一緒にあの場所に行くには加恋ちゃんのことを誘わなくてはいけない。
どうやって加恋ちゃんのことを誘えばいいのか、僕はその言葉が思いつかなかった。
たぶん普通に誘えばいいのだと思うのだけど……。
でも、やっぱり加恋ちゃんのことを誘う勇気がない。
そして僕はこう思った。
加恋ちゃんのことを誘わなくても加恋ちゃんと一緒にあの場所に行く方法はないのかな……と。
でも……。
でも、やっぱり加恋ちゃんのことを誘わなければ、加恋ちゃんと一緒にあの場所に行くことはできない……のだろう。
僕は思った。
今、僕の横には加恋ちゃんがいる。
今だ。
今が加恋ちゃんのことを誘うチャンスだと。
僕は何度も加恋ちゃんに『あの場所に行こう』と言おうとした。
だけど、なかなかその一言が出せない。
サッと言えば済むはずなのに、僕は喉になにかが詰まったかのようにその一言が言えない。
明日は終業式。
夏休み中も部活で顔を合わせるし、加恋ちゃんのことを誘うのは明日以降にしようと諦めかけた。
「優くん」
僕が誘うことを諦めかけたとき、加恋ちゃんが声をかけた。
「うん?」
「優くん、夏休み中のどこか空いてる日ある?」
加恋ちゃん……。
僕は飛び上がりそうなくらい喜びそうな気持ちを必死に抑えた。
「あるよ」
僕は少しだけ笑みを浮かべて普通の言い方で答えた。
「優くん、私が転校してきた日のこと覚えてる?」
「うん、覚えてるよ」
あの日、加恋ちゃんが言ったあの言葉。
『来年の今頃は、ここにはいない』
あの言葉を聞いたとき、僕はものすごくショックを受けた。
加恋ちゃんのあの言葉を聞いたあの日から僕は今まで以上に一日一日を大切に過ごしている。
加恋ちゃんとの時間を大切に大切に……。
「そのときに優くん、私に『来年、秘密の場所に一緒に一輪の花を見に行こう』って言ってくれたでしょ」
「うん」
あ……そっちの方ね……。
もちろんそのことを話に出してくれるのは大歓迎。
だけど……。
僕は加恋ちゃんのことで思い出すといったら、すぐに『来年の今頃は、ここにはいない』ということが頭に浮かんでしまう……。
そのことは浮かばないようにしなければいけないのに……。
「もし優くんがよかったら、夏休み中にその秘密の場所に私のことを連れていってほしいなと思って……」
「加恋ちゃん……」
「……優くん……?」
「行こう‼ 行こうよ‼ 加恋ちゃんと秘密の場所に‼」
僕は嬉しかった。
加恋ちゃんも僕と同じ気持ちだったということが。
そして加恋ちゃんと一緒にあの場所に行けるということが。
「ありがとう、優くん」
加恋ちゃんはとびきりの笑顔を見せた。
加恋ちゃんの笑顔。
加恋ちゃんの笑顔は太陽の恵みをいっぱいに受けた美しく咲く花そのものだった。
こうして僕は加恋ちゃんと一緒に秘密のあの場所に行けることが決まった。