君との想い出が風に乗って消えても(長編)






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 ……え……?


 ……なんで……なんで……。


 なんで今、僕が歌っていた歌が聴こえてくるの……?


 僕は、また慌てて後ろを振り返った。


 でもやっぱり一輪の花やたくさんの草花たちが存在するだけ。


 ……これは……。


 これは……幻聴……?


 ……でも……きれいな歌声……。

 透き通ったきれいな……。


 …………。


 ……この歌声……。


 この歌声どこかで聞いたことが……。


 ……でも……いつ……?


 ……どこで……?


 思い出せない……。


 心の奥で何かがつかえているような……そんな気が……。


 ……それに……この歌声……。


 なぜだろう……。


 なぜか……。


 なぜか切ない気持ちになる……。


 苦しくて苦しくて……。


 胸の奥が何かで締め付けられているかのように……。


 ……息が……。


 息が……できなくなりそうなくらいに……。


 …………。


 ……あれ……?





 ……僕……。


 また涙が……。


 涙が出てくる……。


 涙が……。


 涙が止まらない……。


 悲しいよ……。


 どうして……どうして……。


 どうしてこんなにも悲しいの……?


 …………。


 ……あれ……?


 ……なんか……眠い……。


 なんでいきなり眠気が……。


 ……でも……ここで眠ったら……。


 ……でも……でも…………。



 ……………………。





  。.・.*.・.。・.*.・.。.・.*.・.。.・.









「……あれ……? 僕……」


 目が覚めたら僕は一輪の花やたくさんの草花たちに囲まれていた。


「なんでこの場所で眠っていたんだろう……確か一輪の花やたくさんの草花たちに『また明日ね』って言って帰ろうとしていたはずなのに……」


 外は薄暗くなっていた。


「そうだ、帰らないと。じゃあ、今度こそまた明日ね」


 僕は、一輪の花やたくさんの草花たちにそう言ってこの場所を出た。







 そして今年も、一輪の花が咲いている間は、ほぼ毎日通い続けた。













 これからも









 20年後―――。



 4月中旬、僕は今年も一輪の花に会いにあの場所に行く。


 今年も妻と小学一年生の娘と幼稚園の年中の息子と一緒に。



 あの場所に行くまでの道のり。


 今年も春の穏やかでやさしい風と香りに包まれながら、僕と妻と娘と息子はゆっくりと歩いている。


 そして……。





「……着いた……」


 美しい秘密の場所……。


 僕たち家族はその中に入った。


「こんにちは」


 僕が挨拶をすると、いつものように美しい草花たちが迎えてくれるようにやさしく揺れていた。


 そして……。


「今年もきれいに咲いてくれてありがとう」


 一輪の花も……。



「パパ、今年もきれいだね」


 娘も笑顔で一輪の花を見ていた。


 そんな娘の姿が微笑ましい。


「こんにちは」


 娘も一輪の花やたくさんの草花たちに挨拶をした。


 そんな娘の挨拶に答えるかのように、一輪の花やたくさんの草花たちがやさしく揺れていた。





 僕はこの場所がとても好き。


 この場所は僕にとって心の支え。


 そしてこの場所は僕にとって心の中の一部。


 僕は、この場所と共に生きている。


 僕は、これからもずっとこの場所で生き続ける。





 あのとき……。


 20年前の今頃……。


 一輪の花を見て辛くて苦しくて切なくて悲しくて涙が止まらなかったあの頃……。


 結局、あれから僕は一度も何も思い出せていない。


 あのときからずっとずっと心のどこかでつかえている何かが……。


 それが何なのかは今だにわからない。


 いつ思い出すかもわからない。


 ずっと思い出せないかもしれない。


 それでも僕は……。


 僕は生きていく。


 僕には……大切な家族がいるから……。


 大切な妻と娘と息子がいるから。


 僕は大切な妻と娘と息子と共に生きていく。


 きっとそれが僕にとっても……思い出せない何かにとっても……。







 この場所に咲いてくれている一輪の花さんやたくさんの草花さんたち……。


 いつもありがとう。


 これからもよろしくね……。


 僕たち家族の元気のもとの一輪の花さんやたくさんの草花さんたち。


 これからも僕たち家族はきみたちと共に生きていきます……。





「パパ、今日も歌おうよ」


「そうだね」


 この場所に来ると僕たち家族は歌を歌う。


 それはあの頃から変わらない。


 そして僕と妻と娘と息子は歌を歌い始めた。


 それに合わせてくれるかのように草花たちも揺れている。

 そして一輪の花も……。


 僕たち家族は、一輪の花も含めてここに存在するすべての草花たちに響き渡るように心を込めて歌った。





 * * *



「さっ、今日は帰ろうか」


 ある程度の時間を過ごした後、僕はそう言った。


「えー、まだいたい」


 まだこの場所にいたいと言う、娘と息子。


 僕は、そんな娘と息子が愛おしい。


「また来るときの楽しみにとっておこう」


 僕がそう言うと……。


「……うん……」


 娘と息子は頷いた。


「じゃあ、またね」


 僕がそう言うと娘も……。


「じゃあ、またね」


「じゃあ、またね」


 娘の後に息子もそう言った。


 妻も「じゃあ、またね」と言って、僕たち家族はこの場所を出ようと歩き出した。





『優くん……』





 ……え……?





 今……確かに『優くん』と聞こえた……。


 ……あのとき……。


 あのとき……20年前と同じだ……。


 僕は慌てて振り向いた。


 だけどやっぱりそこには一輪の花やたくさんの草花たちが存在するだけ。


 ……今のも……幻聴……?


「どうしたの?」


 ……‼


 僕は妻の呼びかけで我に返った。


「……う……ううん、何でもない」


 僕は心のどこかで引っかかりながらも妻にそう言った。


「じゃあ、またね」


 僕はもう一度、一輪の花やたくさんの草花たちにそう言った。


 そして妻や娘や息子と一緒に歩き出した。