少し商店街の中に入っていくと、種類豊富な総菜がショーケースに並んだ総菜屋「まめや」の前で立ち止まる。
帰りがけの主婦がこぞって買い込む、この店のお惣菜は栄養バランスも良く、「おふくろの味」と謳われるほど人気だ。そしてなぜか、一番人気商品が「まめたのおはぎ」という、小豆餡から作る本格的おはぎが飛ぶように売れている。総菜屋なのにおはぎが、と不思議がる人もいるが、これがなかなか絶品らしい。
……らしい、と濁したのは、口コミで知った程度で私自身が食べたことがないからだ。
作間くんがショーケースの前まで行くと、先程まで別のお客さんの相手をしていたおばさんが気付いた。
「あら、作間くんじゃない! 学校帰り?」
「こんにちは。豆太はいますか?」
「裏で追加のおはぎを作ってくれてるの。もうそろそろ来ると思うけどねぇ。……ところで、お隣の子は彼女さんかしら?」
「え!?」
「嫌だなぁ。そんなんじゃないですよ。もし彼女と一緒にいたら、菊が黙っていないですから」
彼の言葉にそうよねぇ、と納得するおばさん。
そうだよ、作間くん絡みで誤解を招くような噂が流れたら、あのお菊さんが黙っていない。申し訳ないけど彼女の鬼火の餌食にはまだなりたくない!
声に出さずにいると、それを察した作間くんが「そこまでしないから大丈夫だよ」と笑う。
……あれ、っていうかこの人、お菊さんのこと知ってるの?
「美代子さんはね、菊と仲が良いんだ。たまに入り浸っていることもあるよ」
「随分助かっているのよ! あの子がいてくれると、いなり寿司やお揚げとほうれん草の胡麻和えがよく売れる売れる!」
ふと狐の姿のお菊さんがお店に立っているという、シュールな光景に眉をひそめる。招き猫ならぬ招き狐というべきか。
すると店の奥からガタン、と音を立てて出てきたのは、トレイいっぱいに詰めたおはぎを、慎重に運ぶ小学生くらいの男の子だった。半袖短パンに少し大きめのえんじ色のエプロンをつけた彼は、美代子さんにトレイを渡す。
「みよこさん、第三弾お待たせ! ……ってアレ? さくまだー!」
「こら、豆太! お客さんの前でしょう?」
「あっ……いらっしゃいませー!」
美代子さんに注意されながらも、ショーケースから出て作間くんに飛びついた男の子は、元気に挨拶をしてくれた。ずっと裏でおはぎを作っていたのか、頬にこした小豆がついている。
……もしかして、人気のおはぎを作っているのって……!
「さくまー! っと……おまえ、もしかして【しぐれさま】が連れてきた新しい人間?」
男の子――改め、豆太くんは首を傾げながら問うと、作間くんが笑って答えた。
「そうだよ。久野さんって呼んであげて」
「へぇー……くの! よろしくな!」
「よ、よろしく……えっと……豆太君は妖怪なの?」
「そうだよ! 見ての通り【小豆洗い】の妖怪さ!」
どこを見て?
ニコニコの満点の笑みで言われても、見た目だけでは人と大差ないのにわかるわけがない。小難しい顔をしているのが分かったのか、隣で作間くんが笑いをこらえて震えている。
「もしかして、くのは小豆洗いを知らないのか?」
「えっと……小豆を洗っている、妖怪……?」
「だいせーかい! すごいなお前!」
それでいいんかい。
キラキラと目を輝かせて興奮する彼に私が黙って突っ込むと、ついに作間くんは噴き出して笑った。
考えていることが読めるって大変だな。
「ん? さくま、どうしたの? 急に笑い出して、相変わらずヘンなやつだな!」
「いや、何でもないよ! それより本谷さんと菊のところに行くからおはぎを八個貰えるかな?」
「まいどーっ! みよこさん、おはぎ八つー!」
豆太くんが飛び跳ねながら店へ戻ると、美代子さんと一緒にできたてのおはぎを包んでいく。
待っている間に笑いを落ち着かせようとしている作間くんの横っ腹を軽く突いた。
「そんなに私のツッコミが面白かった?」
「ふふっ……タイミングがね、結構ツボだったよ」
「……豆太くんは、ここに住んでいるの?」
「そうだよ。美代子さんが生まれる前からずっとここにいる。勿論、豆太が妖怪だって知ってるよ。家族絡みですごく仲が良いんだ」
聞けばこの総菜屋さんは五十年以上前から続いており、その頃から豆太くんが住み着いて一緒に暮らしているらしい。今は美代子さんとおじさん、豆太くんの三人で切り盛りしている。子供は他所へ嫁入りに行って帰ってくるのは年に二回もないため、孫みたいな豆太くんと生活できるのがいいのかもしれない。
でもまさか人気商品を作っているのが妖怪だったなんて、と考えているうちに、豆太くんがおはぎが入った透明のプラスチックケースをポリ袋に入れて持ってきてくれた。
握りこぶし一つ分の大きさの割に、一個一二〇円はお得だろう。ケース越しからでも小豆一粒が艶々していて、思わず腹の虫を抑える。
「お待たせー! 出来立てほやほや、はんごろしでどうぞ!」
「はっ……半殺し!?」
「『はんごろし』は米の潰し具合のことだよ」
ちなみにおはぎで使うもち米を全部潰したものを『みなごろし』と言うらしい。
小学生みたいな可愛い顔をして怖い言葉が出てきたことに驚いていると、豆太くんは小首を傾げて不思議そうに言う。
「くのは知ったかぶりなのか? 反応も大きいし、わざとしてるのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……。豆太くんはよく知ってるね」
「みよこさんが教えてくれたんだ。おれの方がずっとずっと長生きしてるのに、みよこさんはいろんなことをたくさん知ってるんだ!」
すごいだろーっ! と豆太くんは胸を張って答える。ショーケースの向こう側では美代子さんが気恥ずかしそうに笑っていた。
ふと美代子さんと目が合うと、何か思い出したように手を軽く叩いた。
「そうだ。本谷さんのところ行くなら、途中で清音ちゃんのところに寄ってくれない? お昼におはぎを買いに来てくれたんだけど、丁度売り切れた後で渡せなかったのよ」
「いいですよ。清音の分も入れていくらですか?」
知らぬ間に淡々と話が進んでいく。作間くんがおはぎの代金と交換で、四つのおはぎが入ったポリ袋を受け取った。
「それじゃ久野さん、行こうか」
「う、うん。美代子さん、豆太くん、お邪魔しました」
「さくま、くの! また来いよーっ!」
「豆太! お客様にはありがとうございます、でしょ!」
美代子さんに軽く小突かれる豆太くんを横目に総菜屋から離れる。その直後、おはぎを買いに来た常連客で賑わう声が遠くから聞こえた。
帰りがけの主婦がこぞって買い込む、この店のお惣菜は栄養バランスも良く、「おふくろの味」と謳われるほど人気だ。そしてなぜか、一番人気商品が「まめたのおはぎ」という、小豆餡から作る本格的おはぎが飛ぶように売れている。総菜屋なのにおはぎが、と不思議がる人もいるが、これがなかなか絶品らしい。
……らしい、と濁したのは、口コミで知った程度で私自身が食べたことがないからだ。
作間くんがショーケースの前まで行くと、先程まで別のお客さんの相手をしていたおばさんが気付いた。
「あら、作間くんじゃない! 学校帰り?」
「こんにちは。豆太はいますか?」
「裏で追加のおはぎを作ってくれてるの。もうそろそろ来ると思うけどねぇ。……ところで、お隣の子は彼女さんかしら?」
「え!?」
「嫌だなぁ。そんなんじゃないですよ。もし彼女と一緒にいたら、菊が黙っていないですから」
彼の言葉にそうよねぇ、と納得するおばさん。
そうだよ、作間くん絡みで誤解を招くような噂が流れたら、あのお菊さんが黙っていない。申し訳ないけど彼女の鬼火の餌食にはまだなりたくない!
声に出さずにいると、それを察した作間くんが「そこまでしないから大丈夫だよ」と笑う。
……あれ、っていうかこの人、お菊さんのこと知ってるの?
「美代子さんはね、菊と仲が良いんだ。たまに入り浸っていることもあるよ」
「随分助かっているのよ! あの子がいてくれると、いなり寿司やお揚げとほうれん草の胡麻和えがよく売れる売れる!」
ふと狐の姿のお菊さんがお店に立っているという、シュールな光景に眉をひそめる。招き猫ならぬ招き狐というべきか。
すると店の奥からガタン、と音を立てて出てきたのは、トレイいっぱいに詰めたおはぎを、慎重に運ぶ小学生くらいの男の子だった。半袖短パンに少し大きめのえんじ色のエプロンをつけた彼は、美代子さんにトレイを渡す。
「みよこさん、第三弾お待たせ! ……ってアレ? さくまだー!」
「こら、豆太! お客さんの前でしょう?」
「あっ……いらっしゃいませー!」
美代子さんに注意されながらも、ショーケースから出て作間くんに飛びついた男の子は、元気に挨拶をしてくれた。ずっと裏でおはぎを作っていたのか、頬にこした小豆がついている。
……もしかして、人気のおはぎを作っているのって……!
「さくまー! っと……おまえ、もしかして【しぐれさま】が連れてきた新しい人間?」
男の子――改め、豆太くんは首を傾げながら問うと、作間くんが笑って答えた。
「そうだよ。久野さんって呼んであげて」
「へぇー……くの! よろしくな!」
「よ、よろしく……えっと……豆太君は妖怪なの?」
「そうだよ! 見ての通り【小豆洗い】の妖怪さ!」
どこを見て?
ニコニコの満点の笑みで言われても、見た目だけでは人と大差ないのにわかるわけがない。小難しい顔をしているのが分かったのか、隣で作間くんが笑いをこらえて震えている。
「もしかして、くのは小豆洗いを知らないのか?」
「えっと……小豆を洗っている、妖怪……?」
「だいせーかい! すごいなお前!」
それでいいんかい。
キラキラと目を輝かせて興奮する彼に私が黙って突っ込むと、ついに作間くんは噴き出して笑った。
考えていることが読めるって大変だな。
「ん? さくま、どうしたの? 急に笑い出して、相変わらずヘンなやつだな!」
「いや、何でもないよ! それより本谷さんと菊のところに行くからおはぎを八個貰えるかな?」
「まいどーっ! みよこさん、おはぎ八つー!」
豆太くんが飛び跳ねながら店へ戻ると、美代子さんと一緒にできたてのおはぎを包んでいく。
待っている間に笑いを落ち着かせようとしている作間くんの横っ腹を軽く突いた。
「そんなに私のツッコミが面白かった?」
「ふふっ……タイミングがね、結構ツボだったよ」
「……豆太くんは、ここに住んでいるの?」
「そうだよ。美代子さんが生まれる前からずっとここにいる。勿論、豆太が妖怪だって知ってるよ。家族絡みですごく仲が良いんだ」
聞けばこの総菜屋さんは五十年以上前から続いており、その頃から豆太くんが住み着いて一緒に暮らしているらしい。今は美代子さんとおじさん、豆太くんの三人で切り盛りしている。子供は他所へ嫁入りに行って帰ってくるのは年に二回もないため、孫みたいな豆太くんと生活できるのがいいのかもしれない。
でもまさか人気商品を作っているのが妖怪だったなんて、と考えているうちに、豆太くんがおはぎが入った透明のプラスチックケースをポリ袋に入れて持ってきてくれた。
握りこぶし一つ分の大きさの割に、一個一二〇円はお得だろう。ケース越しからでも小豆一粒が艶々していて、思わず腹の虫を抑える。
「お待たせー! 出来立てほやほや、はんごろしでどうぞ!」
「はっ……半殺し!?」
「『はんごろし』は米の潰し具合のことだよ」
ちなみにおはぎで使うもち米を全部潰したものを『みなごろし』と言うらしい。
小学生みたいな可愛い顔をして怖い言葉が出てきたことに驚いていると、豆太くんは小首を傾げて不思議そうに言う。
「くのは知ったかぶりなのか? 反応も大きいし、わざとしてるのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……。豆太くんはよく知ってるね」
「みよこさんが教えてくれたんだ。おれの方がずっとずっと長生きしてるのに、みよこさんはいろんなことをたくさん知ってるんだ!」
すごいだろーっ! と豆太くんは胸を張って答える。ショーケースの向こう側では美代子さんが気恥ずかしそうに笑っていた。
ふと美代子さんと目が合うと、何か思い出したように手を軽く叩いた。
「そうだ。本谷さんのところ行くなら、途中で清音ちゃんのところに寄ってくれない? お昼におはぎを買いに来てくれたんだけど、丁度売り切れた後で渡せなかったのよ」
「いいですよ。清音の分も入れていくらですか?」
知らぬ間に淡々と話が進んでいく。作間くんがおはぎの代金と交換で、四つのおはぎが入ったポリ袋を受け取った。
「それじゃ久野さん、行こうか」
「う、うん。美代子さん、豆太くん、お邪魔しました」
「さくま、くの! また来いよーっ!」
「豆太! お客様にはありがとうございます、でしょ!」
美代子さんに軽く小突かれる豆太くんを横目に総菜屋から離れる。その直後、おはぎを買いに来た常連客で賑わう声が遠くから聞こえた。