そしてまた辺りが静まり返ると、からんと下駄の音が響いて、私のすぐ近くで止まった。
恐る恐る目を開くと、周りには青みを帯びた鬼火が浮かび、目の前には作務衣姿の本谷さんと白い狐を肩に乗せた青年の姿があり、その奥には先程まで金属バットを振り上げていた大男がひっくり返っていた。
目を瞑った一瞬の間に何が起きたのだろう。状況が呑み込めないまま驚いていると、靄を纏った骨の手がそっと握っていた左足から離れようとしていた。
すると、青年の肩に乗っていた白い狐が気付いて骨の手に飛びつくと、ひと噛みして砕いてパクパクと食べ始めたのだ。
目の前で起こっている出来事を凝視していると、本谷さんが昨日と同じように楽しそうな笑みを口元に浮かべて狐に向かって言う。
「おおっと、お菊さーん。食べちゃダメってこの間も言ったよねー? オイタがすぎるんじゃないかい?」
『別にいいじゃない。美味しそうだったんだもの』
「そうかい……? がしゃどくろの骨なんてスープにもならないよ、お菊には出汁の効いたきつねうどんがお似合いさ!」
『うどんもいいけどいなり寿司の方が好きよ。作間ぁ、帰ったら作ってくれる?』
「今日はもう遅いから、明日な」
『フフッ! 私も手伝うわ!』
「いいなぁ。見せつけてくれるその溺愛っぷりをボクにも分けてくれたらいいのにー」
本谷さんはそう言って笑うのを横目に、お菊と呼ばれた狐は青年の肩に戻ると、じっと私を見つめて言う。
『ねぇ、どうしてこの子から名簿の匂いがするの?』
「へ……め……めい、ぼ?」
『そう、名簿。鬼やがしゃどくろが狙ってたってそういうことよ? ……あ、そっか。人間の貴女には何も見えないし、名簿を持っていれば妖怪が居ても……ん? ってことはこの声も聞こえないはずよね……?』
狐が首をこてんと傾けながらも品定めするように見てくる。あざと可愛い容姿ながらも、目力の威圧感に押されて逸らせない。
名簿なんて知らないし、妖怪に狙われるようなことはしてない。そもそも妖怪なんて存在をどう信じろと?
……いや、それよりも、
「――しゃ、喋ったあああ!?」
『失礼な人間ね! 人様に指を向けないでよ!』
「いや狐! 人っていうより狐でしょ!?」
「菊、はしゃぎすぎ」
『はーい……作間、いつになくクールね? そういうところも好きっ!』
喋る狐が作間と呼んだ彼の頬に擦り寄ると、周りに浮いていた鬼火が嬉しそうに揺れる。
え、鬼火って狐の気分と同調するの?
「あははっ! こんなに楽しそうにしている二人は珍しいね。うんうん、良いことだ!」
二人に気を取られていると、本谷さんが後ろで腹を抱えて笑っていた。
「いやぁ、お嬢さん。左足は大丈夫かい? 随分しっかりと掴まれていたみたいだけど……ああ、見せなくてもいいよ。骨が折れていないから歩けるだろうけど、悪化させるのは良くない。作間くん、肩を貸してあげてよ」
『ちょっと、私の特等席を人間に使わせるの?』
「菊はいつも乗ってるんだからいいでしょ。怪我人が優先だよ」
彼は宥めながら喋る狐を地面に降ろすと、私の腕を引っ張って立ち上がらせてくれた。
昨夜、バーで本谷さんと一緒に入ってきた『きーくん』に似ていたけど、よく見れば髪は茶髪で、目の下の隈がくっきりと出ている。おそらく別人だろう。
「あ、ありがとう、ございます……」
「どういたしまして。大した怪我じゃなくてよかった。とりあえず書店に行こう。確か、薬箱によく効く軟膏があった気が……」
「あーアレね! 美味しいよねぇ!」
「は……? もしかして食べたんですか?」
本谷さんは両頬を手で押さえながらとても嬉しそうに――身体が軟体動物かのようにぐねぐねと動いているのは照れ隠しだろうか――、呆れた顔で見ている青年を置き去りにして一人で語り始めた。
「もうね、ほんのり甘い香りが気になって気になって仕方がなくってさぁ! その軟膏は少し特殊でね、打撲や絞め痕に効果があるんだよ。……それにしても作間くん、ちゃんと【こちら側】の勉強してくれてるなんて、ボクは嬉しいよ! あ、ちなみにその軟膏はね、癖のある苦みと味気のない油が溶けると、まるでバターみたいな濃厚な……」
「気にしなくていいからね。いつもこんな感じだから、相手にしない方がいい」
「冷たい! 立派に育った鍾乳石を背後から貫かれたように冷たい!」
ジロッと彼が本谷さんを睨みつけると、更に頬が緩んで不思議な動きが増したのを見て確信する。ヒロさんが言っていた通り、悪い人ではないけど変人だ。
二人のやりとりについていけずに目を逸らすと、ひっくり返っている大男に纏った黒い靄が消えていた。そこに残ったのは頭から二つの角、口から牙を生やし、鋭い爪を持った鬼の姿だった。
「なに……あれ……」
『あら。もしかして……見えちゃった?』
足元から問いかける狐の声は、どこか嬉しそうだった。周りで揺れている鬼火からして、この状況を楽しんでいるのかもしれない。
恐る恐る狐がいる方へ目を向けて問う。
「あ……あああれって、見えちゃいけなかったものなの……?」
『そうねぇ。貴女にとっては視えない方が幸せだったかも』
「言っておくけど、ボクはちゃーんとキミに忠告したからね?」
先程と打って変わって、本谷さんの冷めた声色が辺りに響く。ついさっきまで変な動きをしていた人とは思えない真剣な顔つきで、私のリュックを指さした。
「キミ、昨晩帰るときにボロボロの紙束みたいなのを拾わなかったかい? ボクの勘が正しければ、そのリュックの中に入っていると思うんだよねぇ」
「紙束……?」
帰り道で紙束なんて拾ったっけ? 首を傾げて考えながらリュックの口を開くと、昨日郵便受けに入っていたボロボロの和装本があった。
「……え?」
帰ってからの記憶は少し曖昧だけど、鞄に入れた覚えはない。出かけるときもテーブルに置いてあるのを見かけてそれっきりだ。
酔いが回って勝手にリュックに入れた? いや、休憩中に本を取り出すときにはなかった。
慎重に和装本を取り出すと、昨日は汚れていた表紙の文字がはっきりと読めるようになっていた。
【滑瓢】
…………読み方がわからない。
しかめっ面で凝視していると、フフッと笑う声が聞こえた。
「それはね、【ぬらりひょん】って読むんだよ。何処からともなくやってきて人の家に上がり、呑気にお茶を飲んでその場に馴染んでいる。そしてまたぬらりくらりと、いつの間にか何処かへ行ってしまう妖怪さ」
本谷さんは私の前に来て和装本を指さすと、どこか懐かしそうに目を細めた。
「妖怪って……昔話に出てくる? このボロボロの本と何か関係があるんですか?」
「これが大アリなんだよ。その和装本はね、変わり者のぬらりひょんが、自分の配下にいる妖怪の名前を書き留めた名簿なんだ。煤だらけで読めないだろうけど、汚れの下には妖怪の名前が書かれているんだよ。そしてこの和装本を手にした者には、強力なぬらりひょんの妖力を受け継ぐことができるって有名なのさ」
「……えっと……?」
「ま、簡単な話。その本が唐突にやってきて、妖怪のくだらない争いにお嬢さんは巻き込まれちゃった! ……って感じかな?」
語尾に星や音符が見えるような、随分能天気そうな口調で訳の分からない怖い話をする本谷さんに、私は無言ながらも引きつった顔で固まった。
「あれ? お嬢さん、大丈夫かい?」
「……これが大丈夫に見えますか?」
「じゃないだろうね、うん。……おっと。この話はいったんここまでにしておこうか。鬼が起きてしまったようだ」
「へ……?」
本谷さんが笑ったと同時に、何か重い物が地面に落ちた音が響き渡った。
さっきも似たような音を聞いた気がすると思いながら音が聞こえた方へ向くと、ひっくり返っていた鬼がゆっくり起き上がって息を荒くし、こちらをギロリと飛び出した眼で睨みつけていた。
黒い靄はもうどこにもなく、ゴツゴツした体格に鋭い爪。先程の何かが落ちた音は、私に振り上げていた金属バット――ではなく、沢山の棘が付いた金棒を叩きつけると、衝撃で地面のコンクリートに亀裂が走っていた。
先程とは違う風貌に怖くなって思わずよろけると、本谷さんが肩を掴んで支えてくれた。
「無理はないさ。初めて妖怪を見る人間にとってアレはかなりショッキングだろう。最近の若い子は珍しいものを見かけたら、すぐSNSに拡散するから放置してそのまま傍観してるんだけど……お嬢さんは巻き込んじゃったから、お詫びにこの本谷さんが助けてあげよう! 有難く思いたまえ!」
「は……?」
「無駄話はいいから。本谷さん、さっさとその人連れてってください」
「おおっ! ってことは、キミ達に頼んじゃっていいのかい?」
『それとも貴方が金棒の藻屑になる? 良いわよ、残った骨は私が食べてあげる』
「それは大変だ! ささっ、お嬢さんこちらにどーぞ!」
「うわっ!」
青年と喋る狐に促されて――というより脅されて?――本谷さんは私の腕を掴んで走り出す。からんころん、と忙しなく下駄が鳴るのを構わずに商店街を走り抜けていく。
振り返ると、金棒を振り回す鬼のまわりを青白い鬼火がぐるりと囲んでいた。彼らは大丈夫だろうか?
「あの二人のことなら心配無用さ! お菊の鬼火に見とれている暇があるなら、自分の心配をした方が良いよ!」
「え?」
「言っただろう? 考えすぎるのは誘惑の始まりだと。夜は【良くないもの】が集まるご馳走の時間だからね」
周りの時間が止まるような静けさの中、あの時と同じように本谷さんは冷めた声色で言った。
恐る恐る目を開くと、周りには青みを帯びた鬼火が浮かび、目の前には作務衣姿の本谷さんと白い狐を肩に乗せた青年の姿があり、その奥には先程まで金属バットを振り上げていた大男がひっくり返っていた。
目を瞑った一瞬の間に何が起きたのだろう。状況が呑み込めないまま驚いていると、靄を纏った骨の手がそっと握っていた左足から離れようとしていた。
すると、青年の肩に乗っていた白い狐が気付いて骨の手に飛びつくと、ひと噛みして砕いてパクパクと食べ始めたのだ。
目の前で起こっている出来事を凝視していると、本谷さんが昨日と同じように楽しそうな笑みを口元に浮かべて狐に向かって言う。
「おおっと、お菊さーん。食べちゃダメってこの間も言ったよねー? オイタがすぎるんじゃないかい?」
『別にいいじゃない。美味しそうだったんだもの』
「そうかい……? がしゃどくろの骨なんてスープにもならないよ、お菊には出汁の効いたきつねうどんがお似合いさ!」
『うどんもいいけどいなり寿司の方が好きよ。作間ぁ、帰ったら作ってくれる?』
「今日はもう遅いから、明日な」
『フフッ! 私も手伝うわ!』
「いいなぁ。見せつけてくれるその溺愛っぷりをボクにも分けてくれたらいいのにー」
本谷さんはそう言って笑うのを横目に、お菊と呼ばれた狐は青年の肩に戻ると、じっと私を見つめて言う。
『ねぇ、どうしてこの子から名簿の匂いがするの?』
「へ……め……めい、ぼ?」
『そう、名簿。鬼やがしゃどくろが狙ってたってそういうことよ? ……あ、そっか。人間の貴女には何も見えないし、名簿を持っていれば妖怪が居ても……ん? ってことはこの声も聞こえないはずよね……?』
狐が首をこてんと傾けながらも品定めするように見てくる。あざと可愛い容姿ながらも、目力の威圧感に押されて逸らせない。
名簿なんて知らないし、妖怪に狙われるようなことはしてない。そもそも妖怪なんて存在をどう信じろと?
……いや、それよりも、
「――しゃ、喋ったあああ!?」
『失礼な人間ね! 人様に指を向けないでよ!』
「いや狐! 人っていうより狐でしょ!?」
「菊、はしゃぎすぎ」
『はーい……作間、いつになくクールね? そういうところも好きっ!』
喋る狐が作間と呼んだ彼の頬に擦り寄ると、周りに浮いていた鬼火が嬉しそうに揺れる。
え、鬼火って狐の気分と同調するの?
「あははっ! こんなに楽しそうにしている二人は珍しいね。うんうん、良いことだ!」
二人に気を取られていると、本谷さんが後ろで腹を抱えて笑っていた。
「いやぁ、お嬢さん。左足は大丈夫かい? 随分しっかりと掴まれていたみたいだけど……ああ、見せなくてもいいよ。骨が折れていないから歩けるだろうけど、悪化させるのは良くない。作間くん、肩を貸してあげてよ」
『ちょっと、私の特等席を人間に使わせるの?』
「菊はいつも乗ってるんだからいいでしょ。怪我人が優先だよ」
彼は宥めながら喋る狐を地面に降ろすと、私の腕を引っ張って立ち上がらせてくれた。
昨夜、バーで本谷さんと一緒に入ってきた『きーくん』に似ていたけど、よく見れば髪は茶髪で、目の下の隈がくっきりと出ている。おそらく別人だろう。
「あ、ありがとう、ございます……」
「どういたしまして。大した怪我じゃなくてよかった。とりあえず書店に行こう。確か、薬箱によく効く軟膏があった気が……」
「あーアレね! 美味しいよねぇ!」
「は……? もしかして食べたんですか?」
本谷さんは両頬を手で押さえながらとても嬉しそうに――身体が軟体動物かのようにぐねぐねと動いているのは照れ隠しだろうか――、呆れた顔で見ている青年を置き去りにして一人で語り始めた。
「もうね、ほんのり甘い香りが気になって気になって仕方がなくってさぁ! その軟膏は少し特殊でね、打撲や絞め痕に効果があるんだよ。……それにしても作間くん、ちゃんと【こちら側】の勉強してくれてるなんて、ボクは嬉しいよ! あ、ちなみにその軟膏はね、癖のある苦みと味気のない油が溶けると、まるでバターみたいな濃厚な……」
「気にしなくていいからね。いつもこんな感じだから、相手にしない方がいい」
「冷たい! 立派に育った鍾乳石を背後から貫かれたように冷たい!」
ジロッと彼が本谷さんを睨みつけると、更に頬が緩んで不思議な動きが増したのを見て確信する。ヒロさんが言っていた通り、悪い人ではないけど変人だ。
二人のやりとりについていけずに目を逸らすと、ひっくり返っている大男に纏った黒い靄が消えていた。そこに残ったのは頭から二つの角、口から牙を生やし、鋭い爪を持った鬼の姿だった。
「なに……あれ……」
『あら。もしかして……見えちゃった?』
足元から問いかける狐の声は、どこか嬉しそうだった。周りで揺れている鬼火からして、この状況を楽しんでいるのかもしれない。
恐る恐る狐がいる方へ目を向けて問う。
「あ……あああれって、見えちゃいけなかったものなの……?」
『そうねぇ。貴女にとっては視えない方が幸せだったかも』
「言っておくけど、ボクはちゃーんとキミに忠告したからね?」
先程と打って変わって、本谷さんの冷めた声色が辺りに響く。ついさっきまで変な動きをしていた人とは思えない真剣な顔つきで、私のリュックを指さした。
「キミ、昨晩帰るときにボロボロの紙束みたいなのを拾わなかったかい? ボクの勘が正しければ、そのリュックの中に入っていると思うんだよねぇ」
「紙束……?」
帰り道で紙束なんて拾ったっけ? 首を傾げて考えながらリュックの口を開くと、昨日郵便受けに入っていたボロボロの和装本があった。
「……え?」
帰ってからの記憶は少し曖昧だけど、鞄に入れた覚えはない。出かけるときもテーブルに置いてあるのを見かけてそれっきりだ。
酔いが回って勝手にリュックに入れた? いや、休憩中に本を取り出すときにはなかった。
慎重に和装本を取り出すと、昨日は汚れていた表紙の文字がはっきりと読めるようになっていた。
【滑瓢】
…………読み方がわからない。
しかめっ面で凝視していると、フフッと笑う声が聞こえた。
「それはね、【ぬらりひょん】って読むんだよ。何処からともなくやってきて人の家に上がり、呑気にお茶を飲んでその場に馴染んでいる。そしてまたぬらりくらりと、いつの間にか何処かへ行ってしまう妖怪さ」
本谷さんは私の前に来て和装本を指さすと、どこか懐かしそうに目を細めた。
「妖怪って……昔話に出てくる? このボロボロの本と何か関係があるんですか?」
「これが大アリなんだよ。その和装本はね、変わり者のぬらりひょんが、自分の配下にいる妖怪の名前を書き留めた名簿なんだ。煤だらけで読めないだろうけど、汚れの下には妖怪の名前が書かれているんだよ。そしてこの和装本を手にした者には、強力なぬらりひょんの妖力を受け継ぐことができるって有名なのさ」
「……えっと……?」
「ま、簡単な話。その本が唐突にやってきて、妖怪のくだらない争いにお嬢さんは巻き込まれちゃった! ……って感じかな?」
語尾に星や音符が見えるような、随分能天気そうな口調で訳の分からない怖い話をする本谷さんに、私は無言ながらも引きつった顔で固まった。
「あれ? お嬢さん、大丈夫かい?」
「……これが大丈夫に見えますか?」
「じゃないだろうね、うん。……おっと。この話はいったんここまでにしておこうか。鬼が起きてしまったようだ」
「へ……?」
本谷さんが笑ったと同時に、何か重い物が地面に落ちた音が響き渡った。
さっきも似たような音を聞いた気がすると思いながら音が聞こえた方へ向くと、ひっくり返っていた鬼がゆっくり起き上がって息を荒くし、こちらをギロリと飛び出した眼で睨みつけていた。
黒い靄はもうどこにもなく、ゴツゴツした体格に鋭い爪。先程の何かが落ちた音は、私に振り上げていた金属バット――ではなく、沢山の棘が付いた金棒を叩きつけると、衝撃で地面のコンクリートに亀裂が走っていた。
先程とは違う風貌に怖くなって思わずよろけると、本谷さんが肩を掴んで支えてくれた。
「無理はないさ。初めて妖怪を見る人間にとってアレはかなりショッキングだろう。最近の若い子は珍しいものを見かけたら、すぐSNSに拡散するから放置してそのまま傍観してるんだけど……お嬢さんは巻き込んじゃったから、お詫びにこの本谷さんが助けてあげよう! 有難く思いたまえ!」
「は……?」
「無駄話はいいから。本谷さん、さっさとその人連れてってください」
「おおっ! ってことは、キミ達に頼んじゃっていいのかい?」
『それとも貴方が金棒の藻屑になる? 良いわよ、残った骨は私が食べてあげる』
「それは大変だ! ささっ、お嬢さんこちらにどーぞ!」
「うわっ!」
青年と喋る狐に促されて――というより脅されて?――本谷さんは私の腕を掴んで走り出す。からんころん、と忙しなく下駄が鳴るのを構わずに商店街を走り抜けていく。
振り返ると、金棒を振り回す鬼のまわりを青白い鬼火がぐるりと囲んでいた。彼らは大丈夫だろうか?
「あの二人のことなら心配無用さ! お菊の鬼火に見とれている暇があるなら、自分の心配をした方が良いよ!」
「え?」
「言っただろう? 考えすぎるのは誘惑の始まりだと。夜は【良くないもの】が集まるご馳走の時間だからね」
周りの時間が止まるような静けさの中、あの時と同じように本谷さんは冷めた声色で言った。