「まあね~……あっ、それより小夜ちゃん、アノね人事部の狭山(さやま)君わかる?」

「狭山……さん?」

確か……以前に書類を渡した事が一度か二度あった様な……顔はぼんやりとしか思い出せない。

「うん、昨日ね人事の子に聞いたら、狭山君小夜ちゃんの事いいな~って思ってるらしいよ」

「えっ!? 本当に? 小夜にも恋のチャンスが来たんじゃない?」

「……人事部の狭山さん」

やはり、思い出そうとしてもぼんやりとしか思い出せなかった。

「狭山君ね、以前から小夜ちゃんを食事に誘いたかったらしいの」

「だって! 小夜、一回ごはん行って来なよ」

「えっ……でも……」

そんな会話をしながらガラス張りの会社ビルに入ると、エレベーターホール前に設置されたゲートに入るための入館証を取り出そうとカバンをあさった。

「あれ……? どこいっちゃったかな?」

「小夜~? 大丈夫?」

「小夜ちゃん?」

先にゲートをくぐった尚子ちゃんと美里さんが、心配そうに私を見ていた。

「ゴメン、先に行ってて」

二人にそう告げて、私はカバンの中身をひたすらに掻き回した。

「あっ、あった!」

奥底にあったネックパスを引っ張り出すと、紐に絡み付いたボールペンが転がり落ちてしまう。

「えっ……」

コロコロとそれは大理石の床を転がってゆき、やがて、誰かの黒い革靴の前で止まった。

────あっ!

思わず声を出しそうになるが、必死に押さえた。

「お前……朝から何やってんだ?」

そこにいたのは朝からならべく出会いたくない人物。
入間主任。

けれど私は苦手な主任にいきなり朝から失態を見られた事よりも何よりも……

主任の頭の上のモノに完全に意識が行ってしまったのだ。

「えっと……あの……」

私は、言葉を失った。

主任の頭の上、ハートの横の数字。

まさかの、90!?
どういう事?
えっ?やっぱり好感度じゃない?
もしかして、逆好感度とかなの?
嫌われてる数値とかなのかなコレ?

訳がわからなくなっていた私に、更なる追い打ちが加わる。

「ほら、コレ」

主任が私のボールペンを拾い上げ、差し出して来る。

本来なら、私はココでありがとうございます、とかすみません、とか無難な言葉を言って立ち去るべきところだ。

けれど、何故なのか言葉が出て来ない。

口をいくら動かそうとしても、声を発する事が出来ないのだ。