「あっ、ああ! 違うんですごめんなさい! ちょっとボーとしちゃってて……今日はこれから打ち合わせがあって……」

「そっか……ごめん、こっちこそ急に誘って……」

「いっ、いえいえコチラこそせっかく誘って頂いたのにすみません!」

「いいって、迷惑じゃなければまた誘うから」

「は、はい……」

狭山さんは笑って手を振っていた。
いかにもな好青年といった感じだけど……
好みのタイプかと言われると、ちょっと違う。

「あっ! 急がないと……」

壁にある時計を見ると、移動距離を考えても約束の時間ギリギリだ。

私は急いで会社を出た。

指定されたのは、会社近くのイタリアンレストラン。
(ミーティングなんて会議室とかでいいのに……)

「いらっしゃいませ」

「あの、すみません今日予約してる……」

「お待ち合わせですね? お連れ様はもうお見えです」

「あっ、はい……」

「ご案内致します」

そう言って前を歩き出す店員さんの後ろを、私は着いて歩いた。

ちょっと高級そうな店内、そういえば以前読んだ雑誌にこのお店が載っていた事を思い出した。

『初デートにピッタリのレストラン』
とか、そんな見出しが付いていた気がする。

確かに、初めて来たその店の雰囲気はこれが主任とのミーティングなんかでなければ喜んで入ったのに……と残念な気持ちにさせられる場所だった。

「こちらになります」

そう言われて通された部屋の中を見て、私はまた呆然とした。

「主任……?」

扉の開かれた個室の中確かに、主任はそこにいた。
だけど……

「長浜……」

何故、バラの花束を抱えているのだろう。

「あの、ランチミーティングですよね?」

「……すまない」

「えっ? どういう事ですか?」

私には全く、この状況が理解出来ない。
いや、理解したくないが正解かも……

「ミーティングは……キミを呼び出す為の、口実だ」

「ど、どういう事ですか!?」

むしろ今のこの状況が夢だと言われた方が納得がいく。

「長浜 小夜さん……僕と、結婚を前提に付き合って欲しい」

…………………………

声が出なかった。
びっくりして思考が止まって、それで声が出ないのではない。

私の目の前にはまた、アノ選択肢が姿を現していたからだ。

どうやらこの選択肢が目の前に出ると、それ以外の言葉を発せなくなるみたいだ。