「尾行してくれた井草巡査部長には明日、昼飯でもおごるか。一応、古嶋にも」
「井草さんにびっくりしました。尾行とかできるんですね、あの人」

尾行は警察官なら誰でもやることはある。同じ同僚同士でも、行動確認の必要があれば尾行を命じられることすらある。しかし、尾行に技術は必要だ。
対象にバレては元も子もないし、相手が反社会的勢力であれば、待ち伏せされて半殺しということもあり得る。その際に警察官だとバレれば、本人だけでなく全体の計画に支障をきたす。相手にバレずにこちらのほしい情報だけ集めるのは至難の業だ。

「知らなかったか。井草巡査部長は元公安だ。本庁公安第一課で極左組織を追っていた男だぞ。あの通りやる気にムラがあるから重用されなかったが」
「え!?」

巧は驚いて声をあげた。
公安の刑事といえば、尾行のプロだ。しかも、本庁所属であったという。普段の井草からはそんな様子は見てとれない。完全にただの怠け者である。

「能ある鷹は、というヤツだ。だが、あの怠惰な勤務姿勢は反面教師にすべきだぞ」

誉は顔に落ちてきた髪をうっとうしそうにかきあげる。髪の毛だけは、まだ縦巻のままだ。

「さて、香西永太に接触する準備は整ったな」