私はそれをただぼーっと見つめていたが、いきなり眼前に例のテスト用紙を突きつけられる。

「ほら、35点」

「えっ……あっ!!」

我に返り、両手で用紙を奪い取る様に受け取った。
彼は特に気にした様子もなく、踵を返して何事も無かったみたいに立ち去ろうとする。

ようやくそこで、私の頭は動き出した。

「あっ、アノ……」

「何?」

「ありがとうございます!!」

「……ん」

その時、私は見逃さなかった。
振り返ったその顔を。
無愛想だった彼が、ほんの少し微笑んだのだ。

私は────

私は、その笑顔で完全に恋に落ちた。

恋に落ちた音を聞いた、気すらした!

何でもいい! 何かもう少し、彼の事を知りたかった。
このままではもう会えなくなってしまうかもしれない!

いや、同じ学校の生徒ならチャンスはあるかもしれないが……でもっ!

何か……彼の事を……少しでも!

「あっ、あの! 」

「…………」

背中を向けていた彼が、もう一度私に振り返ってくれた。

もうその時は、ありがとうございます! ありがとうございます! 視線頂きました!というくらい、私の中で彼は確実に推しへと昇華していたのだが……

「名前……名前を……教えて頂けませんでしょうか?」

「犬神 蓮…………」


犬神 蓮……センパイ────


あとは、何も言わずに行ってしまった先輩の背中に向かって、私は彼の名前を何度も何度も頭の中で呼んでいた。





それが────

私と犬神先輩の出会いだ。

ちなみにその後私は、犬神先輩の事を色々と調べて彼が2年B組に在籍し、出席番号は2番である事や、徒歩で通学している事や、帰宅部である事。

友達らしい友達はいなくて、何故かクラスでも孤高の存在である事を知った。

しかし、それ以上の事は何もわからず……
彼女がいるのかとか、好みの女の子のタイプはどんなかとか、好きな食べ物とか、好きな音楽とか、そしてコレが一番知りたい……

数学35点の女って、ぶっちゃけどう?

第一印象は多分最悪だと思うけど、こっから盛り返していきたい所存です。

しかし、本当に知りたかった情報は得られず……今に至る。



──で、話は戻る。

今、私の目の前にはその『犬神 蓮』を名乗るボロ雑巾みたいなぬいぐるみ……もとい私の大事なもふもふさんがおり、なんだかよくわからない動きで奇声を発しながらベッドの上を転がり回っている。