「犬神 蓮だ…………」

私の脳内に初めて会った日の、彼との会話が思い浮かんだ。



三ヶ月前────

「……うーん……うーん……ダメだっ、取れない…………」

私は2階の廊下の窓から身を乗り出していた。

目の前にある木の枝に、あまり結果がよろしくない私の数学の中間テストの解答用紙が、風で飛ばされ引っかかっている。

「ああああっ……もうっ!! なんでこんな事に~っ……」

それは本当に一瞬の出来事だった。

テストを返却された時、私は用紙を持って自席に戻ったが、なかなか点数を確認出来ずにいた。

何故なら、怖かったのだ……
だってこのテスト、全く答えがわからなかったから!

しばらくの葛藤。

やがて──
休み時間が訪れた。

意を決して、私は恐る恐る点数を確認する。

「35点…………」

その時突然、空いていた窓から強い風が吹いて廊下の方へと吹き抜けた。

そして、私の指から答案をかっさらい廊下側の窓の外へ運ぶという一連の流れが、体感にして僅か0コンマ2秒。

私にはそれを阻止する事など、出来るはずも無かった。

急いで、風にさらわれたテスト用紙を追いかけたのだけれど……

「ウソ……」

廊下の窓から見える、なんの木かはわからないが青々とした葉の茂るその枝に、私の数学35点が引っかかっっている!!

私は慌てて、開いていた窓から身を乗り出し手を伸ばした。

もう少し、あとちょっとで指が届く、力いっぱい腕を伸ばして
そう思った瞬間────

「あっ!!」

私の体はグラリと揺れて、その重心が窓の外へと傾いた。


落ちる!


一瞬にしてそう思った私は、ギュッと目を閉じた。

「おいっ!!」

しかし、耳元で聞こえた怒声と共に私の体がふわりと持ち上がる感覚がする。


「ナニしてんだよ……」

「えっ…………!?」

目を開くと、そこにいたのは一人の男子生徒だった。

淡い栗色の髪、顔立ちはカナリ整っている。
背も高い。
正統派のイケメンといった感じだ。

「あっ、アレ? 私……」

「自殺する気か? 2階じゃ無理だろうけど……」

ネクタイの色を見ると彼はどうやら上級生らしい、私の体を引っ張って窓からの落下を阻止してくれたのはどうやら彼のようだ。

「あっ、すみません……私、風でアレが飛ばされて取ろうとして……」

その先にあるのは、ヒラヒラと風に靡く35点。

チラっとそれに彼は視線を送ると、小さくため息をついた。

「…………待ってろ」

窓枠に足をかけ、その長身と手足の長さを使い軽々と木の枝に引っかかったテスト用紙を取った。