準備を終えたみんながバラバラと教室から出ていく。この後すぐに帰宅する人やどこかお店によってご飯を友達と食べる予定の人もいる。

 そんなみんなを見送りながら、私は教室に残った。明日香ちゃんから残ってと頼まれたから残っているわけだが、肝心の明日香ちゃんが見つからなかった。明日香ちゃんは私に言ったことを忘れて帰るなんてことはないだろうから、私はスマホをいじりながら気長に待つことにした。

 待っているうちに人はどんどんと減っていき、ついさっき長話をしていたクラスの女子グループも帰った。さすがにそろそろ私もおかしいなと思い始めて、明日香ちゃんに確認のメッセージを送った。

 明日香ちゃんからの返答のメッセージを待っているとき、教室が急に暗くなった。

 思ってもみなかったことに慌てるが、周りの教室には電気がついているので誰かのいたずらなのだろう。

「明日香ちゃん、びっくりするからやめてよー」

 こんないたずらを吹っ掛けるのはきっと明日香ちゃんだろう。彼女もいたずらはするがいじわるはしない、きっとすぐに電気をつけてくれるだろう。そう思ったがすぐに電気はつかなかった。

——まさか、明日香ちゃんじゃなかった?

 明日香ちゃんが犯人じゃないとすると誰が、と。暗い教室で電気を消しそうな人を考える。ひまりちゃんかな?とも思ったが、彼女は決してこんなことをしない。

——じゃあ、誰が?

 もしかして、魔女も存在するんだし、学校によくいるっていうあれ?ありもしない想像でゾクリと背中に汗が伝う。こんなこと考えてもしかたない、頭を振って余計な考えを消す。電気をつけにスイッチのある所に向かう。スマホのライトもあるので電気をつけに行くのは何も問題はなかった。

 スイッチのところに足を向けようとしたとき、教室の端にポゥと一つの明かりがともった。その光はまるで生きているかのように揺らいでいた。

 そこで、私は人生で一番大きな悲鳴を上げた。

「ちょっと、落ち着いてマオ」

「大丈夫ですよ、お化けじゃありません」

 更に近づいてくる、その光の奥から明日香ちゃんとひまりちゃんの声が聞こえた。

 私が声の方へ向かうとキャンドルを持ったひまりちゃんに明日香ちゃんがいた。二人とも足はちゃんと二つあった。

「二人とも、もう、びっくりしたよ」

「ごめんごめん、準備に手間取っちゃって」

 二人の服装がさっきの文化祭の準備をしていた時と違っている。キャンドルの光だけでは薄暗く、正確には分からない。それでも目を凝らすと、二人はまるでおとぎ話の魔法使いのような裾の長いローブを着ていた。

「さあ、マオこっちに来て」
 
 明日香ちゃんに手を引っ張られて、教室の隅に幕でつくられた小さなスペースに入っていっていく。中に入いると、入り口近くの椅子に腰を掛けるよう指示をもらい、その通りにした。中は、他にも明かりが用意されていて、今度はちゃんと二人の服装を見ることができる。

「マオ」

「はい」

 向かいの席に座った、二人と向き合う。

 二人は、私の注意が向けられたことを確認すると、せーのっとタイミングを合わせる。

「「あなたは、恋に困っていませんか?」」

「へ?」

「もう、とぼけたって駄目だよ」

「そうだよ、もう私たちも気づいているんだから」

 きっと二人は彼とのことを言っているのだろう。

 今まで気づかれていないと、私が思えていたのは彼女が悔い息を読んでくれていただけであって、さすがに一カ月近く引きずっていれば、バレるのも当然だろう。二人の質問仕方や、今この空間がどことなく、私の魔女の時と似ている。

「はい」

「やっぱりね、それは、幼馴染って人と?」

 それから私は二人に事細かく今の状況を説明した。

「そういうことだったんだね」

「はい……」

 こんな子供じみたことで、周りに気を利かせてもらっていたことを知り、私は今更ながら恥ずかしくなった。

「それで、マオはどうしたいの?」

「それで……って?」

「だから、幼馴染と一緒に文化祭回りたいの?」

「それは、回りたいけど……」

「じゃあ、決まりだね!」

 私の返答を聞き取ると、二人は席から立ち上がった。

「私たちがあなたを助けてあげる」

 そういって、二人は私の周りで動き回り始めた。意味のない言葉のつながりを読んだり、100均で売られていたステッキを振り回したりと、とにかくいろんなことをした。きっと二人は私に魔法をかけてくれているのだろう。どれも文化祭の為にクラスで考えた台本に見習って動いている。何も起こらない、意味のないことだと分かっているけども、なんだか頑張れそうな気がしてきた。

「ありがとう、明日香ちゃん!ひまりちゃん!」

二人にしっかりと顔を向けて、感謝を伝える。

「うん、後は頑張って!」

 二人には何度も、お礼を言って幕の中から飛び出す。早く彼の家に行って、彼と話 さなきゃ、この魔法が解けてしまう前に。

「あれ?マオ」

「え?」

 今から会いに行こうと、思った彼が私の教室の中にいた。彼も、急に飛び出してきた私に驚いている。また、お互い黙ってしまう。いきなりなこの上級のせいもあるだろうけど、このままでは前の朝の時と同じになってしまう。

——今回は大丈夫、だって私には魔法がかかっているのだから。

「き、君、いや、裕一君!私と文化祭回ってください、それと、最近はごめんなさい……」

「ううん、僕も考えすぎていた。文化祭は一緒に回るつもりだったから——それに、ようやく名前で呼んでくれたね」

「う、うん」

 今の私はまさしくゆでだこのように真っ赤といった状況だろう。耳の先まで熱がこもっている。あれだけ、恥ずかしくて呼べなかった彼の名前まで呼んでしまった。
——でも、結果は最高!

「なんで、裕一君はこの教室にいるの?」

「それは、さっき帰ろうとしていた時にそこの子たちに呼ばれて……あれ、いなくなってる」

「そうだったんだ」

 明日香ちゃんとひまりちゃんはも教室から出ていった後だった。あとでたくさんお礼をしなければいけない。

 もう一度、彼の方に向きなおす。

「早く帰ろうよ、裕一君!」

「そうだね」

 教室の電気を消して、私たちは玄関に向かう。

 ようやく、彼との距離が戻ったような気がする。私が魔女になる前の頃に。