それから、毎日のように手芸部に通った。行っては何か作りを繰り返す、毎日毎日繰り返すたびに、手に傷が増えていく、——私、何やっているんだろ、と頭を抱える日もあったが家庭科室に通い続けた。

 もちろん、週に一回の蓮くんとのカフェには欠かさずに行った。部活によりも蓮くんを優先する代わりにその日は材料を持たされた。


「今日は材料持ってきてる?」

「うん、持たされた!」

 私が手芸を全くやっていない初心者だということは早々にバレた。そして、私が手芸部に通って練習していることは日々増えていく手の絆創膏で見つかった。

 私が手芸を始めたおかげか、蓮くんは私に話しかけてきてくれるようになった。
 そのせいで、話す内容は手芸の話ばっかりになってしまう。
 蓮くんと話ができるのは嬉しいが、これは私に興味を持ってもらう目的とはずれていることは……あまり気にしないようにする。

 カフェにいる時は持たされた材料で場所を取らずにできるものを選んで、チクチク手を進める。
 私が何かしら手芸関連のことをやっているとき、蓮くんはスマホをいじることもなく私の手元を眺めていた。

「おぼつかない手際だけど。見てて楽しい?」

「そうですね、それだからこそです」

「だからこそ?」

「今の時代、上手い人の動画はネットで見るので、こういうのも悪くはない」

「そうなんだ……」

 蓮くんに見られ続ける羞恥に耐えながらも、手を進める。

「あ、そこ、手の持ち方を変えたほうがいいです」

 そして、時々蓮くんからのアドバイスが飛んでくる。
蓮くんがアドバイスをくれる時は、最初は言葉で説明する。でも、最後は蓮くんが実践してお手本を見せてくれる。
 これは、私の理解力がないせいではなく、蓮くんが説明下手なだけと思うようにしていた。

 今日も結局、蓮くんがお手本を見せてくれる。

蓮くんの手さばきは迷いが全くなく、動きがなめらか。それでいて、すべての形が均等にそろっている——何より、少し楽しそう。
それを見て、やっぱり蓮くんは手芸が好きなんだなと再確認した。

「はい、こんな感じ」

「ありがと!やってみる」

 毎日、手芸部に通ったのと、蓮くんのワンツーマン講座があったおかげで、私でもましなものが作れるようになってきた。
 もともと、蓮くんとの話題作りのためにやり始めたことだが、今となっては私の趣味にしてもいいのでは?と思うほど手芸の魅力に惹かれている。

 手芸に意欲がのってきた頃だった、文化祭で手芸部のワークショップやるから、私も出してみないかって顧問の先生に言われたのは。

「私の作品を?」

「ええ、ここまでやってきたし、せっかくならどう?」

そ の話を近くで聞いた部員たちが、私のまわりに集まってきて、私がなんて答えるかを、そわそわしながら私を見てくる。何も言ってないが、雰囲気は私に期待を寄せていた。

「やります!」

 周りの空気に流されたのではなく、これは自分でやりたいと思った。先生も言っていたようにここまでやってきたのだ、ならもう少しとチャレンジするのも悪くない。

 ——あと、これを口実に蓮くんを文化祭に誘えるというかも……なんて、気持ちが少し。

 ワークショップに出すのが決まってからいつも忙しかったのが、それからはさらに忙しくなった。

 ワークショップに私が出品するのは栞に決めた。もともと、手芸を始めたきっかけでもあるし、私の作れるものの中で一番うまく作れる自信がある。

 もちろんワークショップに出すので一個だけとはいかなく。
 先生からは10個以上は欲しいと言われ、文化祭まで時間も残っておらず、私は文化祭まで栞の制作に全力を向けることになった。


「なんか最近、忙しそうだね」

「どうして?」

「いつもの電車になってないし。たまに電車で見かけても何か作業をしてるから」

「ああ、たしかにね」

「何かあった?」

 実は——と、文化祭のワークショップに出品することになるまでの経緯を蓮くんに話した。

「それは大変」

「そうなの!……でも、せっかくだから頑張るよ!」

 自分を改めて鼓舞するように、胸の前で握りこぶしをつくる。

「頑張って、間に合わせてくださいね」

「うん!」

 蓮くんはスマホの画面で時間を確認した。

「そろそろ、時間なので」

 彼はバックを持ち、席を立ちあがった。

「はーい、塾がんばってねー」

カフェから出ていく蓮くんに手を振った。

 蓮くんも塾に行ってしまったので、私もカフェから出る。家に帰ったら、また栞の続きをしなければと、待ち受ける仕事の前に少しの倦怠感を覚えた。
 
 カフェから出たところで、なぜか蓮くんがカフェに戻ってきた。
 何か忘れ物でもしたのかな、と思ったが、蓮くんはカフェには入らず私に向かってくる。
 
「凜さん、文化祭っていつですか?」

「え?来週の、土日だけど」

「来週の土日……わかりました。ワークショップ楽しみにしときますね、それでは」

 蓮くんは私に文化祭の日時を聞きにきたらしい。本当に塾の時間も迫っているようで、聞くだけ聞いたところで、来た道を戻っていく。

 嵐のような、一瞬の出来事だった。

 どうやら、蓮くんはうちの文化祭に来るらしい。