蓮くんは週に一度塾に通っているらしい。その週一回の塾の時に駅前のカフェで時間をつぶしているとのことだった。

——もちろん、週一回の塾の日にちを知った私は、毎週蓮くんとお茶をした。
これは私が勝手にしていることなので、彼がどう思っているか知らないがやめろと言われることはなかった。

「連くん、おはよ!」

蓮くんは私のあいさつにいつも視線を向けるだけ。そして、電車の隅に移動して音楽を聴いている。

カフェにいる時、簡潔だけども私の聞いたことは返してくれた。なので、彼のことはそれなりに分かってきた。
 話を返してくれると言っても塾までの時間が会話で埋まるわけもなく、話さない時間のほうがまだ長い。

「連くん、今日は何飲むの?」

「いつもの」

 いつか、彼から絶対に話しかけさせてやる——そんな気持ちが私の中に出てきた。
 今まですべての人と仲良くなれた私にとって、一人でも仲良くなれなかった人がいるなんて事実をつくりたくなかった。

 毎日見かけたら、声をかけ、週一回のカフェには欠かさず通った。
友達に今度は陰キャ狙ってるの?——などといわれたが。私はこの勝負から降りる気はなかった。
 彼氏とか恋愛対象ではなかったけど、ただ、私の負けず嫌いが発動していただけ。

 今日も家で考えてきた質問は尽きて、あとは時間まで喋ることないのかと肩を落とす。
 最初のころに蓮くんに聞きたいことはあらかた聞いてしまったため、近頃は一週間かけて家で考えてきた質問をいくつか聞くだけだった。

 一度、私の話を時間まで話続けてみたが、相打ちはともかくスマホから彼の目が動くことはかった。なので、最近はいくつか話にチャレンジして、だめだとわかると私も自分のことをするようにした。

 今日は読み途中の小説があったため、それを読むことにした。
 普段から活字を読むわけではないのだが、友達が無理やり渡してきたので、しぶしぶ読んでいるところだった。
 バックから取り出した本を開いた時——、一瞬だが彼の目がこちらを見た。
今まで彼を観察してきた私が見間違うことはない、確実に彼は私をみたのだ。

「連くん、もしかしてこれ読んだことあったの?」

 すかさずに彼に言葉をかける。
 あとは、彼の返答に合わせた言葉を返していくだけ。
 ——これは好機、なんと言ってきても完璧に言葉を繋げ、会話を発生させる!
 そこから、彼の好みを抑えれば私の勝ち!

「いや、本は興味ない」

 せっかくの好機はいともたやすく、崩れ落ちた。

「はい……」

 これで蓮くんとの関係も大きく前に進むと思ったが、道のりはとても困難なようだ。
 今に知ったことではないが、気が落ち込む。

「見てたのは、そっちだから」

 まさかの蓮くんが口を開いた。驚きに私は硬直してしまう。
 蓮くんの目の線の先を何とか追うと、そこには栞が置いてあった。蓮が気になったというものは、私の本に挟んであった栞らしい。

「これがどうかしたの?」

 栞を取り上げて、自分でもまじまじと見返してみる。
 この栞もこの本を借りたときについてきた。本を貸してきた友達は小物をつくるのが好きなので、この栞も手の込んだものになっていた。

「すごく丁寧に作られてる……あとセンスもいい……」

 蓮くんが栞を覗き込んでくる。蓮くんは栞を見ているだけだろうけど、反対から同じのを見ている私は蓮くんと見つめ合っているみたいに思えてしまう。

「作ったの?」

 私がこの栞を自作したのかを聞いてきたのだろう。もちろん、私がこんなにも手の込んだものをつくれるはずがない。
 友達よりの興味を蓮くんに持ってほしくない私は——そうだよ、と迷わず答えた。

 そこからは、私と蓮くんの立場は逆転した。
 今まで私が質問攻めにしていたのが、蓮くんからの質問攻めにあう。材料は何を使っているのか、ここはどうしたのかなど様々な問いを投げかけてくる。

 蓮くんは手芸のことに興味を持っているらしく、質問の内容も初心者の質問ではなく、普段から手芸をやっている人のものだった。——当然そんな質問に何位も知識のない私が答えられるはずもなく、すぐに店から飛び出した。

 もうここまで来てしまったら、蓮くんに私が作ったのは嘘——、なんて言えるはずもなく。とりあえず、本を貸してくれた友達に泣きついた。

 
「それで、私に手芸のことを教えてほしいと?」

「お願い!」

「前に彼には興味ないとか言っていたじゃん」

「ほんと、おねがーい」

 学校で本を返すとともに、手芸についての教えを乞う。

……まぁ、ようやく興味を持ってくれたなら……理由なんてなんでもいっか

 友達は何かボソッと言った後に、教えることを約束してくれた。

「今日の放課後、部活あるからそこに来ることね」

「はーい!」

 始める前までのやる気はみなぎっていた。なんでもできると思ってたし、直ぐにうまくなれるとも。

 結果は惨敗——そもそも私は細かい作業が苦手な上に、少しでも手を抜くと完成の見た目が悪くなってしまった。
 そんな現実に何度かあきらめかけたが、友達も他の部員も励ましてくれたので途中で放り出すことはなかった。

「これなら毎日くれば、一カ月くらいで、うまくなるよ」

 私の作った作品を吟味しながら言った。
 
 私はこんなに大変なら週一回が限界と言おうとしたが、私から頼んだ以上断るなんてできなかった。