社殿の前にたどり着くと、そこは少し開けた広場だった。隅に自治会のテントがある。遊羽は参道から逸れて立ち止り、紗枝にきいた。

「紗枝、番号を教えて」
「いいけど、圏外じゃない?」
「そうなの。圏外で困ってて……、って、あれ? 言ったっけ?」
 遊羽がスマホを取り出してみると、圏外のままだった。故障かな、と憂鬱な気分になっていると紗枝がいった。
「ここ、電波が悪いんだよ」
 電波が悪い? 山奥ならわかるが、電波が入らない場所が日本にあるのだろうか。ひと昔前ならまだしも、いまどきそんな話は聞いたことない。
「まぁ、いいや貸して」
 紗枝にスマホをひったくられた。紗枝は素早く番号を押してコールする。圏外なのでつながらないが、これで発信履歴に番号が残ったはずだ。

 紗枝はスマホを突き返しながらいった。
「それにしてもお腹すいたねぇ……」
 着物の帯の上からお腹をたたきながら紗枝はいう。この無銭飲食娘とさっさと別れた方がいい気がするが、紗枝を一人にするのはなんだか不安だ。
 紗枝は社殿の側にある自治会テントに目を止めていた。地元の人らしき老人たちが寿司や煮物の総菜を肴に宴会をしている。すでに顔が赤い。もしかしたら早朝から飲んでいるのかもしれない。
 紗枝はそこにずんずんと歩いて近づいていった。
「ちょっと、さっき食べたばかりでしょ」そう言いながらも、遊羽はずるずるとついていってしまう。

「こんにちはー」紗枝は余所行きの声で挨拶した。うそー、話し掛けちゃった。と思いながらも、今さら他人のフリも出来なかった。