「これだけ居たら、紛れ込んでてもおかしくなさそうだね」
「カタミミ様?」
「そう。探しちゃう、見分けられるわけないのにね。……あ、いや」そこまでいって遊羽は慌てて否定した。「別に信じてるわけじゃないんだけどね。一人くらい紛れていてもおかしくないかなって気がしただけ」
参道で何人かの赤ずきんの女性とすれ違った。すれ違いざまに女性の顔をじぃっと見つめていた遊羽は、目が合ってしまい、慌てて目を逸らした。変な人に思われただろう。
「…………実はね、ホントに出るって話なの」紗枝が声のトーンを落とした。
「ん? 出るって?」
「カタミミ様だよ」
「またまたぁ」遊羽は笑いとばしたが、紗枝はぴくりとも笑わなかった。
「カタミミ様が片耳なのは、人間に耳を切り落とされたからなんだ。キツネはうっかり麓の神社まで降りてきてしまった。ちょうどその時、神社に住む少女に捕まってしまい、左耳を切り落とされた」
紗枝は遊羽に顔を近づけた。さっき老婆にきいた話とちょっと違う気がするが遊羽は黙っていた。
「だからね、毎年このお祭りでは、キツネが人間に化けて出るんだよ。切り落とされた左耳を赤ずきんで隠し、人混みにまぎれて徘徊するのさ。切り落とされた耳と少女を探すためにね!」
「赤ずきん姿で、人間に化けて……?」遊羽はごくりと唾を飲んだ。
もしかしたら左耳の声の主はカタミミ様かもしれない。そう思うと遊羽の顔が引きつった。それを見た紗枝は『遊羽も分かってるんでしょ』と言いたげな表情をしている。
「う、うん。それで……? カタミミ様に会うと、どうなっちゃうの?」
「ん? 別にどうもならないでしょ。少女が生きていたのは、ずっと昔の話なんだしさ。今さら探したって少女も耳も見つかるわけないよね」
紗枝は遊羽に寄せていた顔を離した。
「そっかー……」
遊羽は胸を撫で下ろした。探しているのは自分じゃないし、耳を切り落とした少女とは何の関係もないワケだから、別段、気にする必要もないハズだ。
祭りに参加してる人たちは、赤ずきんをかぶっている。地元の人はカタミミ様を歓迎しているように思える。
「紗枝は……、ここの人たちは、カタミミ様が恐くないのかな?」
「私は別に恐くないよ。地元の人には、恐いというよりも畏れみたいな感情を持っている人もいるかな。どちらかというと縁起物に近い感じ。カタミミ様はずっと昔からこの地で敬われているし、年寄りの人にはカタミミ様に会うと穢れを祓ってくれるって言ってる人もいるよ」
「そうなの……」
いちおう肯定してみるが釈然としない。人間に耳を切り落とされたのなら、人間を恨んでいてもおかしくない気もする。それをお祭り気分で、カタミミ様の真似をして赤ずきんをかぶって歩き回るだなんて……。遊羽には受け入れ難い考えだった。