カタミミ様


 遊羽はとっさにスマホを背中に隠した。眼前には赤ずきんの少女が、目を見開いて固まっている。

 ――ピピッ。

 軽快なスマホの受信音が響いた。遊羽は我に返った。少女も電子音に反応して、『鳴っているけど?』と首をかしげた。タイミング的には紗枝からの返信に思えるが、画面を見るまで断定はできない。

 スマホを握る手に汗がにじむ。目の前にいる少女は、中身が全くの別モノにそっくり入れ替わった存在かもしれないのだ。人のふりをして自分に微笑を向けている。そんなモノが身近にいるなんて、遊羽には耐えられなかった。
 なら、少女を紗枝と思い込んで接するしかない。だからせめて、紗枝だと名乗ってくれれば、それを信よう。遊羽はそう懇願ながら、縋すがるように問いかけた。

「あ……あのさ……、ヘンなこと聞くけど……。紗枝……、だよね? あなた、カタミミ様じゃなくて、紗枝だよね? 赤ずきんをかぶって私を怖がらせているだけだよね?」

 だが、遊羽の言葉を聞いた途端、少女は穏やかな雰囲気を一瞬にして消失させた。そこに人懐っこい笑顔はなく、知らない人間に対する冷徹な視線が向けられていた。すぐに少女はうつむき、目元を赤ずきんが覆った。引き締めた口元だけが見える。

「それを聞いてはいけない」少女は低く冷たい声で言った。
「え……?」
「祭りでは赤ずきんをかぶった人間に『あなたはカタミミ様ですか?』ときいてはいけない。たとえ、相手が人間だったとしてもカタミミ様だったとしても」
「…………」少女の急変に、遊羽は見守ることしかできなかった。
「それが、しきたり」
「そんなしきたり……」あるなんて知らなかった。
「赤ずきんをかぶったモノの正体を聞いてはいけない。人々が歩いて山越えしていた時から、しきたりは続いてるのだから。道標になってくれたカタミミ様は、人間のフリをして助けてくれたんだ。だから、赤ずきんをかぶった人間もまた神聖なモノとして敬われていた」

 少女は冷淡な口調で喋り続ける。

「夜に爪を切ってはいけないとか、蛇を指差してはいけないとか、そういうしきたりのひとつ。だから、きくのは問題ない。それが人間相手に聞いた場合は何もない。だけど、もしも本物のカタミミ様にその質問を問いかけてしまったら、その時は……」
「そ、その時は?」