「そんなの分からないよ……。でも、人混みに紛れるんだから、人と同じ……、お祭りを楽しんでるとか? 違うかな」
「遊びに来てるってこと?」
「ううん、遊びとはちょっと違うような……。お祭りを観察? 監視?」言葉にしたいけど適当な表現が浮かばない。
「いまどきの言葉で言うと、メンテナンスとかね」
メンテナンスという言葉で割と腑に落ちる。カタミミ様がお祭りを見守るだけにしては、人間に対して距離感が近すぎる。
「メンテナンス……? うん。だけど、いったい何を……」
人はカタミミ様に成り代わり、カタミミ様は人に成り代わっている。このお祭りは、カタミミ様と人間の境界が非常に曖昧で混ざり合っている。たぶん、カタミミ様には人間に近づかなくてはならない理由がある。
遊羽にはだんだんと、自分が何を恐れているのか分かってきた。カタミミ様とそれを受容している人たちの関係性が怖いのだ。
「なんだか私、カタミミ様が怖いよ……」
「怖がることないよ。カタミミ様はただの縁起物だと思えばいい」
「縁起物だなんて言われても……」
「今までずっと、そうやって信じられてきたからね」
地元の人がいくら信じていようと、遊羽にはカタミミ様を手放しで信じることができなかった。一方的にご利益を与えるだけの存在だとは思えない。今日たびたび聞こえてくる奇妙な音は、祭りに来てから聞こえ始めているからだ。
いつの間にか乾燥棚に伸ばした手もスマホ操作も止まっていた。メッセージは『プリン』という文字を入力しただけだった。
「信じられない? 昔、赤ずきんをかぶったキツネが山道の道案内してくれたこと」少女はきいた。
「キツネは介抱してくれた少女のために道標になったのかな?」
「少女がいなくなった後も道標を続けたよ」
「いなくなったって……。死んだ後?」
少女はその問いにこたえず、少し間をおいてからいった。
「当初、宮司はキツネを殺そうとしていたんだ。悪いモノが耳に憑いているとは言え、わざわざ耳だけを切り離す必要ない。そんな面倒をしなくても、キツネごと殺してしまえばいい。それでも少女はキツネを殺さないようにお願いした。
権力者に意見を言える時代じゃなかったのにね。少女が自分の命を投げ出してまでお願いしたから、キツネは耳を切り落とすだけで済んだんだ」
少女が喋っている間に、遊羽はカウンターの影でメッセージの入力を完了した。
『プリン食べていい? 神社まで持っていくから一緒に食べよう』
これなら万が一、目の前の少女が受信しても、さっき入力してたメッセージだと言えば、いちおうは不自然ではない。
「そんなことあったんだ……」
メッセージを準備したものの、遊羽は送信を躊躇った。まだ二つの選択肢が残っているからだ。ひとつは『少女の正体をカタミミ様かどうか確認する』、もうひとつは『少女を紗枝として接する』だ。
もし、少女の正体を確認してカタミミ様だった場合、遊羽が正体を知っていることに勘付かれてはいけない。
遊羽は自問した。自分はその状況に耐えられるだろうか。もし耐えられないようだったら、確認するべきではない……。
書き終えたメッセージを見つめ、送信ボタンの上にかざした指が震えた。
「あのさぁ……、プリン、まだぁ?」
「うっひゃぁぁあああっ!」突然の耳元での囁き声に、遊羽は悲鳴を上げて飛び跳ねた。
「きゃあっ!」少女は遊羽の悲鳴に驚いた。
飛び上がった瞬間に、拍子で送信ボタンに指が触れた感触がした。
