「見たことあると思う」少女はこたえた。
「思うって、どういうこと?」
会話を続けていれば、目を離していても声で少女の位置がわかる。遊羽は重ねて問いかけた。同時に冷蔵庫の扉を開け、隙間から覗き込み、プリンの位置を確認した。
テーブルに振り向くと、少女は椅子に座ったままだ。
「カタミミ様は他の人に化けて現れるから見分けがつかないよ。赤ずきんをかぶった人を見かけたからといっても、それが人間なのかカタミミ様なのかは、見た目じゃ判別できない」
少女が喋りはじめたタイミングで腕を冷蔵庫に滑り込ませる。スプーンが置いてあるせいで掴みづらい。二つのプリンを掴むまで、果てしなく長い時間に感じたが、実際には数秒も経っていなかっただろう。
ようやく掴んだプリンを引っ張り出し、冷蔵庫の扉も閉じず、すぐにテーブルを振り返る。少女は先ほどと変わらず椅子にもたれて座っていた。
少女が動いていないことにはホッとしたが、今の言葉で気づいたこともある。見た目だけで判別できないなら、今遊羽と話している赤ずきんの少女もカタミミ様の可能性があるということだ。
「そう……、見てもわからないのね」
遊羽はつぶやきながら、別のことを考えていた。判別の方法は、ある。少なくとも目の前にいる少女が紗枝かカタミミ様かを確認する手段が手の中にある。遊羽のスマホから紗枝のスマホにメッセージを送ればいい。電話してもいい。どちらにしても指先一つで出来る簡単な操作だ。
冷蔵庫の扉にかけた手を止めて、ごくりと唾を飲みこんだ。メッセージを打ち込む時間を稼ぎたい。遊羽はプリンの上に乗っているプラスチックのスプーンをみて、そして食器乾燥棚にスプーンがあることを思い出した。
意を決し、遊羽は冷蔵庫の扉をわざと音を立てて閉めながら、プリンの上に乗っているプラスチックのスプーンを床に落とした。すぐさま足元のスプーンを冷蔵庫の下へ蹴っ飛ばす。
その動作は自分でも分かるくらい不自然でぎこちなかった。遊羽はしまったと頬を歪ませた。大丈夫、少女から遊羽の足元はカウンターで死角になってるはずだ。大きく息を吸って無理矢理に何の気もない表情に戻し、振り返った。
少女は椅子の背もたれに手をかけた格好のまま、にこやかな表情をたたえていた。遊羽は安堵の表情を噛み殺してキッチンシンクへ向いた。
「ええっと、スプーンは……」
わざとらしく声に出し、シンクの縁にプリンを置く。スマホの画面をタッチし、発信履歴から紗枝の番号を探し出して、メッセージアプリを起動する。
乾燥棚にあるスプーンから遠い方から探す。がちゃがちゃと、食器がぶつかる耳障りな音が薄暗いキッチンに響いた。遊羽は少女の気を逸らすために、場つなぎの話をする。
「カタミミ様はどうして人混みに現れるのかな? 紗枝の言ってたような、耳を切り落とした少女を探しているとは思えないんだけど」
「へぇ。なんでそう思うの?」少女は問い返した。
「それは――」
深くは考えていなかった。ただ、そう思っただけだ。
「――ただ、人を探しているんだったら、お祭りの雰囲気もそうなりそうだなーって、思っただけ」
「じゃあ、カタミミ様は何をしていると思う?」少女は遊羽に問いかけてきた。
