人がいる。大皿が敷き詰められたテーブルの傍、椅子に女が座っている。赤ずきんをかぶった着物姿の少女。背筋を伸ばし、遊羽に背中を向けてる。
スマホを握った手に汗がにじむ。ついさっきテーブルの横を通ったときはいなかった。目を離した隙に入ってきて座ったということだろうか。混乱した頭で、なんとか説明できる状況を探す。
台所の格子戸は開いている。そこから入ってきて座ったのだろうか。廊下を歩いてきたら、音で気づくはず。でも何も聞こえなかった。少女は一体どこから現れたのか? テーブルの下に隠れていたのだろうか? 椅子を引く音すら聞こえなかった。
ゆっくり息を吸って、吐き出した。落ち着け。この赤ずきんの少女に見覚えがある。それにこんなことをする人間は、自分の知る限り一人だけだ。遊羽は少女の名前を呼んだ。
「……紗枝?」
呼びかけに応じたように、ゆっくりと振り向く。赤ずきんの少女の顔は紗枝だった。人懐っこそうな微笑をたたえて口をひらいた。
「また会ったね」
「……さっき別れたばっかでしょ? まだ神楽を見てるのかと思ったよ。というか、紗枝まで抜け出してきちゃって、大丈夫?」
「大丈夫だよ」少女はつまらなそうに言った。「別にかまわない、毎年同じだもの」
「居たの、ぜんぜん気づかなかったよ」
「それは人を無視した時の言葉だね」
「ていうか、いつの間に入ってきたの?」
遊羽は開いたままの格子戸をチラリと見た。
「そんなこと聞いて何の意味があるの?」
その通りだ。今さっき入ってきたか、台所に隠れていたかのどちらかだ。それを聞くくらいなら、遊羽への用件を聞いたほうがマシだろう。
少女は椅子の背もたれに寄りかかり、振り向くような格好で遊羽を見つめている。紗枝は話好きで面倒見の良い性格だとは思うけど、人を怖がらせるのが好きな性格でもあるようだ。わざわざ赤ずきんまでかぶって、面白がっているのだろうか。
もしかしたら遊羽が神楽から抜け出して、社務所に逃げるところまで予測されていたのかもしれない。
遊羽が考え込んでいると、少女は沈黙をやぶった。
「何を警戒してるの?」
「警戒? さっき別れたハズの人がいきなり現れたら誰だって驚くよ」遊羽は考えていることを悟られないようにおどけた。「プリンが心配で追ってきちゃった?」
「プリン!?」少女は目を見開いた。「あ、いや……、心配はしてないけど、食べたの?」
「いや、まだだけど……。食べてもいいのかなって?」遊羽のプリンへの関心はとうに失せていた。
「そうだなぁ」少女は唇に指を当てた。「私にもくれるなら」
「うん……、分かった」
まずいことを言ってしまったと遊羽は思った。話の流れからプリンを取り出さないわけにいかなくなった。冷蔵庫を開けるということは少女に背を向けることなる。そのことに今更ながら気づいた。
目を離した隙に真後ろに立たれたらとか、姿が消えたらとか考えると、少女から目を離すのが怖かった。プリンを取り出すことを先延ばしにするために、遊羽はいった。
「さっきね、カタミミ様は人混みに赤ずきん姿で現れるって言ってたけど、紗枝は実際にカタミミ様を見たことあるの?」
カタミミ様は赤ずきんをかぶって、人混みにまぎれて現れるといわれている。だとしたら、その容姿は誰になるのだろうか。のっぺらぼうではないはずだ。人に化けた姿は誰も知らない人物か、それとも実在の人物か。
スマホを握った手に汗がにじむ。ついさっきテーブルの横を通ったときはいなかった。目を離した隙に入ってきて座ったということだろうか。混乱した頭で、なんとか説明できる状況を探す。
台所の格子戸は開いている。そこから入ってきて座ったのだろうか。廊下を歩いてきたら、音で気づくはず。でも何も聞こえなかった。少女は一体どこから現れたのか? テーブルの下に隠れていたのだろうか? 椅子を引く音すら聞こえなかった。
ゆっくり息を吸って、吐き出した。落ち着け。この赤ずきんの少女に見覚えがある。それにこんなことをする人間は、自分の知る限り一人だけだ。遊羽は少女の名前を呼んだ。
「……紗枝?」
呼びかけに応じたように、ゆっくりと振り向く。赤ずきんの少女の顔は紗枝だった。人懐っこそうな微笑をたたえて口をひらいた。
「また会ったね」
「……さっき別れたばっかでしょ? まだ神楽を見てるのかと思ったよ。というか、紗枝まで抜け出してきちゃって、大丈夫?」
「大丈夫だよ」少女はつまらなそうに言った。「別にかまわない、毎年同じだもの」
「居たの、ぜんぜん気づかなかったよ」
「それは人を無視した時の言葉だね」
「ていうか、いつの間に入ってきたの?」
遊羽は開いたままの格子戸をチラリと見た。
「そんなこと聞いて何の意味があるの?」
その通りだ。今さっき入ってきたか、台所に隠れていたかのどちらかだ。それを聞くくらいなら、遊羽への用件を聞いたほうがマシだろう。
少女は椅子の背もたれに寄りかかり、振り向くような格好で遊羽を見つめている。紗枝は話好きで面倒見の良い性格だとは思うけど、人を怖がらせるのが好きな性格でもあるようだ。わざわざ赤ずきんまでかぶって、面白がっているのだろうか。
もしかしたら遊羽が神楽から抜け出して、社務所に逃げるところまで予測されていたのかもしれない。
遊羽が考え込んでいると、少女は沈黙をやぶった。
「何を警戒してるの?」
「警戒? さっき別れたハズの人がいきなり現れたら誰だって驚くよ」遊羽は考えていることを悟られないようにおどけた。「プリンが心配で追ってきちゃった?」
「プリン!?」少女は目を見開いた。「あ、いや……、心配はしてないけど、食べたの?」
「いや、まだだけど……。食べてもいいのかなって?」遊羽のプリンへの関心はとうに失せていた。
「そうだなぁ」少女は唇に指を当てた。「私にもくれるなら」
「うん……、分かった」
まずいことを言ってしまったと遊羽は思った。話の流れからプリンを取り出さないわけにいかなくなった。冷蔵庫を開けるということは少女に背を向けることなる。そのことに今更ながら気づいた。
目を離した隙に真後ろに立たれたらとか、姿が消えたらとか考えると、少女から目を離すのが怖かった。プリンを取り出すことを先延ばしにするために、遊羽はいった。
「さっきね、カタミミ様は人混みに赤ずきん姿で現れるって言ってたけど、紗枝は実際にカタミミ様を見たことあるの?」
カタミミ様は赤ずきんをかぶって、人混みにまぎれて現れるといわれている。だとしたら、その容姿は誰になるのだろうか。のっぺらぼうではないはずだ。人に化けた姿は誰も知らない人物か、それとも実在の人物か。
