宮司が切り落とした耳は軽く十を超えている。数えていなかったので、正確な数はわからない。数えていれば気が紛れたかもしれない。まだ、宮司は切り落とし続けている。
遊羽は救いを求めるように、赤ずきんに指先を滑り込ませた。布のポケットを探り当てた。ひんやりした金属の感触に触れ、鈴が転がる振動が指先に伝わる。
「音から逃げるように崖から落ちる人もいたし、自分の耳を引き千切る人もいた。そうしたことが起こるから、偉い宮司が呼ばれて、音の正体を突き止めることになった」
宮司は呼ばれてきたの? たまたま通りかかったのでは? 遊羽は疑問に思った。
「方法は単純だった。この山の全ての人間に、魔除けの鈴が入ったずきんをかぶせる。旅人や商人にも、通りかかるすべての人にも赤ずきんをかぶせた。
そのとき、すべての人が赤ずきんで耳を覆っていた。そして人の耳から追い出したものを捕える。そのはずだった」
それは実際にあった出来事? この土地の伝承? それとも今作った話? どうでもいいけど、そんな話は聞きたくない。
「しかし、何も捕えらずに十日が過ぎた。本当に捕らえられるのか、と人々に疑心が生まれだしていた。宮司は焦り出していた。そのとき、山から左耳を怪我した一匹のキツネが下りてきた。血まみれの左耳を岩や木に擦りつけながら弱々しく歩いてるところを、神社の娘が介抱していた」
遊羽は宮司を見ていられなくなって、足元の玉砂利を睨んだ。左となりに座る紗枝の足が視界に入る。赤い着物の裾から覗く草履はきっちりと揃っていて、喋り続けているはずなのに、まるで微動だにしていない。呼吸すらも感じない。
「人々はキツネを見て決めつけた。このキツネが元凶に――」
震える指で鈴を転がしていた。気を紛らわすための行動だった。と、そのとき指先をすり抜けるようにして、ひとつ鈴が転げ落ちた。赤い布を飛び出し、玉砂利の隙間に吸い込まれていく。
(あっ――)
――かしゃん。
その音に遊羽はハッとした。頭の中に渦巻いていた暗雲がふと晴れた。今すぐ立ち去るべきだ。
遊羽は救いを求めるように、赤ずきんに指先を滑り込ませた。布のポケットを探り当てた。ひんやりした金属の感触に触れ、鈴が転がる振動が指先に伝わる。
「音から逃げるように崖から落ちる人もいたし、自分の耳を引き千切る人もいた。そうしたことが起こるから、偉い宮司が呼ばれて、音の正体を突き止めることになった」
宮司は呼ばれてきたの? たまたま通りかかったのでは? 遊羽は疑問に思った。
「方法は単純だった。この山の全ての人間に、魔除けの鈴が入ったずきんをかぶせる。旅人や商人にも、通りかかるすべての人にも赤ずきんをかぶせた。
そのとき、すべての人が赤ずきんで耳を覆っていた。そして人の耳から追い出したものを捕える。そのはずだった」
それは実際にあった出来事? この土地の伝承? それとも今作った話? どうでもいいけど、そんな話は聞きたくない。
「しかし、何も捕えらずに十日が過ぎた。本当に捕らえられるのか、と人々に疑心が生まれだしていた。宮司は焦り出していた。そのとき、山から左耳を怪我した一匹のキツネが下りてきた。血まみれの左耳を岩や木に擦りつけながら弱々しく歩いてるところを、神社の娘が介抱していた」
遊羽は宮司を見ていられなくなって、足元の玉砂利を睨んだ。左となりに座る紗枝の足が視界に入る。赤い着物の裾から覗く草履はきっちりと揃っていて、喋り続けているはずなのに、まるで微動だにしていない。呼吸すらも感じない。
「人々はキツネを見て決めつけた。このキツネが元凶に――」
震える指で鈴を転がしていた。気を紛らわすための行動だった。と、そのとき指先をすり抜けるようにして、ひとつ鈴が転げ落ちた。赤い布を飛び出し、玉砂利の隙間に吸い込まれていく。
(あっ――)
――かしゃん。
その音に遊羽はハッとした。頭の中に渦巻いていた暗雲がふと晴れた。今すぐ立ち去るべきだ。