「だれもいない……、か」

 顎から滴り落ちる汗をぬぐいながら、九十九遊羽は周囲を見回していた。
 四月最後の土曜日、日向は暖かくて日陰は寒い。遊羽は木陰を選んで歩きながら行き交う人の顔を見回していた。待ち合わせは鳥居の前だった。だが、見知ったクラスメートの顔はなかった。
 時刻は午前十時十七分。十七分の遅刻だ。
 連絡を取ろうにもスマホは圏外だった。遊羽はひとりため息をついた。ここで待っていても仕方ない、歩いて探そう。そう思った矢先、耳元に女の囁き声がした。

「…………ねぇ」
「あ、おはよ――」

 振り向いたざまに挨拶する。が、そこには誰もいない。遊羽は口元に半笑いを浮かべたまま硬直していた。明らかに自分に向けられた声だと思ったからだ。
 通行人がいぶかしげな視線を向けてくる。遊羽は取り繕うように咳払いをして、周囲の視線を振り払った。

 空耳かな? たまたま遠くの話声が風に乗って聞こえた。それを勘違いした。そう思うしかなかった。しかし、耳元で囁かれた実感が耳に残っている。
 ふたたびスマホに視線を落とした。電波表示のやはり圏外のままだ。クラスメートに連絡がとれない以上、探し出して合流するしかない。そう思い、遊羽は祭囃子の鳴り響く神社に歩を進めた。